第1話
文字数 3,713文字
月の光がきれいな明るい夜、フクロウの子供たちは、狩りの練習をします。
白フクロウの兄弟たちも、ならんで木の枝にとまり、地上を見おろしていました。ヒメネズミやモグラのわずかな動きも見のがすまいと、黄色い目をらんらんと光らせています。
ところが、弟のかしこい白フクロウだけは、兄たちと反対に天をあおぎ、あきもせず星空を見上げていました。
見かねた母さんフクロウが、ネズミをつかまえてきてくれました。
「ほら、これをお食べ。練習しないと狩もうまくならないよ」
「星をおぼえる勉強のほうが大事です」
かしこい白フクロウは胸をはってこたえました。
ところが母さんは
「いくら星をみても、ほんのちょっとだってお腹がふくれるわけじゃないんだからね」ととりあいません。
白フクロウはがっかりしました。
「フクロウの賢者は星を見れば未来がわかるのに」
「未来がわかってもお腹がふくれないのはいっしょだよ」
白フクロウは大きく首をふりました。この夏、台風で木がたおれて、父さんフクロウが死にました。
「台風で木がたおれるとわかっていたら、父さんも死ななくてすんだんです。お腹をふくらませるより、未来を知ることのほうがずっと大事です」
母さんフクロウは、ネズミをおいて、遠くの空をながめました。
「そうかねえ。わかったからっていいことばかりとはかぎらないよ」
「それなら、父さんはどうして死んだんです?」白フクロウは母さんの足もとのネズミに目をむけました。
「なぜそのネズミはつかまったのです? 今日ぼくのお腹におさまることが、そのネズミの運命なんですか?」
母さんは、大きなためいきをつきました。
「なぜ、なぜ、なぜ。小さいころから、おまえはそればかり」
「ぼくはもっともっと知りたいんです。そして賢者の弟子になりたいんです」
白フクロウは兄弟や友達と遊ぶ時間をおしんで、勉強しました。
やがて、白フクロウの兄弟たちは、木のうろを出て、旅に出ました。
兄弟たちが、とうに自分のすみかを決めておちついても、かしこい白フクロウは、まだ旅をつづけていました。
おさないころは、白黒のまだらもようだった羽が、真っ白い雪のような大人の羽毛にはえかわるころ、とうとう、賢者の森にたどりつきました。
朝もやにけむる緑の森の、頂上スギの、上から三番目の枝に、老賢者がいました。
「かしこい白フクロウよ。おぬしがくるのをまっておったよ」
灰色の羽は、みすぼらしくふぞろいで、黄色い目は、うっすらにごって白くなっていましたが、話す声はしっかりしていました。
かしこい白フクロウは、感激して、けれどつつしみぶかく、四番目の枝のはしっこにとまって、礼儀正しくおじぎしました。
「ありがとうございます。賢者の知恵を教わりにきました」
ゆっくりと老賢者は肩にうずめていた頭を上げました。
「賢者の知恵とはなんじゃ」
「未来を知る知恵です」
「では、知るかくごはできているのかね」
白フクロウは、老賢者が自分をためしているのだと思いました。
「はい。もちろんです。そのために寝ることも食べることもおしんで学んできました」
老賢者は「では」とつづけました。
「たとえ、明日、世界がほろぶと知っても、食事をすることができるかね?」
「はい」
「いつもどおりに?」
かさねての問いに、白フクロウは、おのれの胸のうちに問いかけました。何の不安も心配もうかんできませんでした。
「はい。いつもどおりに」
「かくごはかたいようじゃな」老賢者は、目を細めました。「今日からすぐにはじめよう。時間があまりないのでな。わしの命は、あとひと月。ちょうどおぬしに教え終わったその日につきるのだ」
その日から、老賢者は、食事をするまもおしんで、奥義を教えてくれました。といっても、老賢者は目がよく見えないので、うすのろのモグラもなかなかつかまえられないのでした。白フクロウはじぶんの食事のあいまに、老賢者が食べやすい小さなへびやバッタをつかまえてきました。
あるとき白フクロウは、脱皮したばかりのやわらかいバッタをつかまえました。めったにない、ごちそうです。白フクロウは食べずに、老賢者のもとへ持って帰りました。
老賢者は、やわらかいバッタを、ゆっくりあじわうようにのみこみました。見ていた白フクロウののども、いっしょに、ごくりとなりました。
白フクロウは、ごほんとせきばらいをして聞きました。
「そのバッタは、わたしがこの森にこなければ、今もとびはねていたのでしょうか」
「おぬしが今ここにいるのも運命。バッタの命が今日終わることも運命じゃ。運命は変えられぬ。だがしかし」
賢者は言いかけて首をふりました。
「おぬしにもわかるときがくるであろう」
勉強は食べながらもつづきました。夜は星空を見上げて星を読み、昼間は星の動きを計算し未来を読み解く術を習いました。
最後の授業が終わった夜。白フクロウは、老賢者のために、ホタルブクロのコップで泉の水をくんできました。二、三日前から老賢者はなにも食べられなくなっていました。
老賢者は、冷たくすきとおった水を、のどをならしてごくごくと飲みました。
「ああ、うまい水だ」
満足そうにほほえみ、そのまま永遠に目を閉じました。
もう動かない師匠のなきがらを前に、白フクロウの目の前がじわりとにじみました。
今日、いくことを白フクロウも老賢者本人も知っていて、そのとおりにいったのに、何を悲しむことがあるでしょう。
いつもどおりに? そう重ねて問う老賢者の言葉がよみがえりました。
「そうだ。食事をしよう」
白フクロウは、つぶやいて飛び立ちました。太ったネズミを見つけて飛びかかりましたが、失敗しました。二度目に、やせてみすぼらしいヒメネズミをつかまえて、飲みこみました。
一口に飲みこんだヒメネズミは、すじばっていて、あじけなく感じました。
なにかをうしなったのは確かでした。でもそのかわり、白フクロウはすべての未来を見通す奥義を手に入れたのでした。
頂上スギの木で暮らすようになった白フクロウのもとに、「未来を教えてください」と相談者がおとずれるようになりました。
若いヤマバトは、結婚の相談にやってきました。
「あたしは木の芽月の三日目に生まれたんですが、よい夫にめぐりあえるでしょうか」
「ふむ。なるほど。まもなくであうでしょう。たくさんの子供と孫に恵まれる星のもとに生まれていますよ」
白フクロウの言葉を聞いたヤマバトは、うれしそうな顔で帰っていきました。
ヤマバトの結婚を占うことなど、朝飯前です。かしこい白フクロウの頭の中には、過去と未来の何十年分ものエフェメリス(天文暦)がはいっているのでした。
カワセミのおばあさんには、今年川があふれるかどうかを聞かれました。おばあさんは、「もう一ついいでしょうか」と魚のひものをさしだしました。白フクロウがうなずくと、おばあさんははずかしそうに声をひそめました。
「町にでていった息子は、嫁と孫をつれてもどってくるでしょうか」
白フクロウは、カワセミの息子の誕生日を聞き、頭の中のエフェメリスをめくりました。
カワセミの息子はだいぶ前に亡くなっているようです。
そう答えようとして、白フクロウは、カワセミの色あせた緑色の羽が、かすかにふるえているのに気づきました。不安ににごった目は、どこを見るともなく、ゆらゆらと視線をおよがせています。
「息子さんは、……帰ってきません」
「そうですか」
その声には、驚きも悲しみも感じられませんでした。かくごしていたのかとも思われましたが、うなだれて帰っていくせなかは、ぐったりとしおれていました。
それから白フクロウは、質問に答える前にかならず「未来を知っても後悔しませんか?」とたずねるようになりました。
けれど、いくら確認しても、未来を知って、ふらふらと今にもたおれそうな青い顔で帰っていくものもいました。うれしい未来ばかりとはかぎらないからです。
そのうちに白フクロウは、「まだ未熟ですから」と相談を断るようになりました。
星空は広いし、学ぶことはたくさんあります。
うすぼんやりとした明日は、星の動きを読み解くことで、くっきりとあざやかになります。正確に星を読むことができさえすれば、遠くはるかな未来も、見通せるようになるのです。十年後に裏のがけがくずれることを白フクロウは知っています。
賢者の森にフクロウは、かしこい白フクロウしかいませんが、秋になったら、若いメスのフクロウがやってきます。彼女がおくさんになることも白フクロウは知っていました。でも勉強にいそがしくて、彼女についてくわしく調べてみようとは思いませんでした。
カエデが色づき、谷川の水がきりりと冷たくなり、栗やドングリを集めて、リスが枝をはしりまわっています。
深い青空の広がる秋の朝、若いメスのフクロウがやってきました。かしこい白フクロウより、ひとまわり小さい、お嬢さんでした。
「気持ちのいい朝ですね」
彼女が先にあいさつしてきました。そんなふうに話しかけられるのが久しぶりだったので、白フクロウは、ちょっとどきまぎしながら答えました。
「そうですね」
白フクロウの兄弟たちも、ならんで木の枝にとまり、地上を見おろしていました。ヒメネズミやモグラのわずかな動きも見のがすまいと、黄色い目をらんらんと光らせています。
ところが、弟のかしこい白フクロウだけは、兄たちと反対に天をあおぎ、あきもせず星空を見上げていました。
見かねた母さんフクロウが、ネズミをつかまえてきてくれました。
「ほら、これをお食べ。練習しないと狩もうまくならないよ」
「星をおぼえる勉強のほうが大事です」
かしこい白フクロウは胸をはってこたえました。
ところが母さんは
「いくら星をみても、ほんのちょっとだってお腹がふくれるわけじゃないんだからね」ととりあいません。
白フクロウはがっかりしました。
「フクロウの賢者は星を見れば未来がわかるのに」
「未来がわかってもお腹がふくれないのはいっしょだよ」
白フクロウは大きく首をふりました。この夏、台風で木がたおれて、父さんフクロウが死にました。
「台風で木がたおれるとわかっていたら、父さんも死ななくてすんだんです。お腹をふくらませるより、未来を知ることのほうがずっと大事です」
母さんフクロウは、ネズミをおいて、遠くの空をながめました。
「そうかねえ。わかったからっていいことばかりとはかぎらないよ」
「それなら、父さんはどうして死んだんです?」白フクロウは母さんの足もとのネズミに目をむけました。
「なぜそのネズミはつかまったのです? 今日ぼくのお腹におさまることが、そのネズミの運命なんですか?」
母さんは、大きなためいきをつきました。
「なぜ、なぜ、なぜ。小さいころから、おまえはそればかり」
「ぼくはもっともっと知りたいんです。そして賢者の弟子になりたいんです」
白フクロウは兄弟や友達と遊ぶ時間をおしんで、勉強しました。
やがて、白フクロウの兄弟たちは、木のうろを出て、旅に出ました。
兄弟たちが、とうに自分のすみかを決めておちついても、かしこい白フクロウは、まだ旅をつづけていました。
おさないころは、白黒のまだらもようだった羽が、真っ白い雪のような大人の羽毛にはえかわるころ、とうとう、賢者の森にたどりつきました。
朝もやにけむる緑の森の、頂上スギの、上から三番目の枝に、老賢者がいました。
「かしこい白フクロウよ。おぬしがくるのをまっておったよ」
灰色の羽は、みすぼらしくふぞろいで、黄色い目は、うっすらにごって白くなっていましたが、話す声はしっかりしていました。
かしこい白フクロウは、感激して、けれどつつしみぶかく、四番目の枝のはしっこにとまって、礼儀正しくおじぎしました。
「ありがとうございます。賢者の知恵を教わりにきました」
ゆっくりと老賢者は肩にうずめていた頭を上げました。
「賢者の知恵とはなんじゃ」
「未来を知る知恵です」
「では、知るかくごはできているのかね」
白フクロウは、老賢者が自分をためしているのだと思いました。
「はい。もちろんです。そのために寝ることも食べることもおしんで学んできました」
老賢者は「では」とつづけました。
「たとえ、明日、世界がほろぶと知っても、食事をすることができるかね?」
「はい」
「いつもどおりに?」
かさねての問いに、白フクロウは、おのれの胸のうちに問いかけました。何の不安も心配もうかんできませんでした。
「はい。いつもどおりに」
「かくごはかたいようじゃな」老賢者は、目を細めました。「今日からすぐにはじめよう。時間があまりないのでな。わしの命は、あとひと月。ちょうどおぬしに教え終わったその日につきるのだ」
その日から、老賢者は、食事をするまもおしんで、奥義を教えてくれました。といっても、老賢者は目がよく見えないので、うすのろのモグラもなかなかつかまえられないのでした。白フクロウはじぶんの食事のあいまに、老賢者が食べやすい小さなへびやバッタをつかまえてきました。
あるとき白フクロウは、脱皮したばかりのやわらかいバッタをつかまえました。めったにない、ごちそうです。白フクロウは食べずに、老賢者のもとへ持って帰りました。
老賢者は、やわらかいバッタを、ゆっくりあじわうようにのみこみました。見ていた白フクロウののども、いっしょに、ごくりとなりました。
白フクロウは、ごほんとせきばらいをして聞きました。
「そのバッタは、わたしがこの森にこなければ、今もとびはねていたのでしょうか」
「おぬしが今ここにいるのも運命。バッタの命が今日終わることも運命じゃ。運命は変えられぬ。だがしかし」
賢者は言いかけて首をふりました。
「おぬしにもわかるときがくるであろう」
勉強は食べながらもつづきました。夜は星空を見上げて星を読み、昼間は星の動きを計算し未来を読み解く術を習いました。
最後の授業が終わった夜。白フクロウは、老賢者のために、ホタルブクロのコップで泉の水をくんできました。二、三日前から老賢者はなにも食べられなくなっていました。
老賢者は、冷たくすきとおった水を、のどをならしてごくごくと飲みました。
「ああ、うまい水だ」
満足そうにほほえみ、そのまま永遠に目を閉じました。
もう動かない師匠のなきがらを前に、白フクロウの目の前がじわりとにじみました。
今日、いくことを白フクロウも老賢者本人も知っていて、そのとおりにいったのに、何を悲しむことがあるでしょう。
いつもどおりに? そう重ねて問う老賢者の言葉がよみがえりました。
「そうだ。食事をしよう」
白フクロウは、つぶやいて飛び立ちました。太ったネズミを見つけて飛びかかりましたが、失敗しました。二度目に、やせてみすぼらしいヒメネズミをつかまえて、飲みこみました。
一口に飲みこんだヒメネズミは、すじばっていて、あじけなく感じました。
なにかをうしなったのは確かでした。でもそのかわり、白フクロウはすべての未来を見通す奥義を手に入れたのでした。
頂上スギの木で暮らすようになった白フクロウのもとに、「未来を教えてください」と相談者がおとずれるようになりました。
若いヤマバトは、結婚の相談にやってきました。
「あたしは木の芽月の三日目に生まれたんですが、よい夫にめぐりあえるでしょうか」
「ふむ。なるほど。まもなくであうでしょう。たくさんの子供と孫に恵まれる星のもとに生まれていますよ」
白フクロウの言葉を聞いたヤマバトは、うれしそうな顔で帰っていきました。
ヤマバトの結婚を占うことなど、朝飯前です。かしこい白フクロウの頭の中には、過去と未来の何十年分ものエフェメリス(天文暦)がはいっているのでした。
カワセミのおばあさんには、今年川があふれるかどうかを聞かれました。おばあさんは、「もう一ついいでしょうか」と魚のひものをさしだしました。白フクロウがうなずくと、おばあさんははずかしそうに声をひそめました。
「町にでていった息子は、嫁と孫をつれてもどってくるでしょうか」
白フクロウは、カワセミの息子の誕生日を聞き、頭の中のエフェメリスをめくりました。
カワセミの息子はだいぶ前に亡くなっているようです。
そう答えようとして、白フクロウは、カワセミの色あせた緑色の羽が、かすかにふるえているのに気づきました。不安ににごった目は、どこを見るともなく、ゆらゆらと視線をおよがせています。
「息子さんは、……帰ってきません」
「そうですか」
その声には、驚きも悲しみも感じられませんでした。かくごしていたのかとも思われましたが、うなだれて帰っていくせなかは、ぐったりとしおれていました。
それから白フクロウは、質問に答える前にかならず「未来を知っても後悔しませんか?」とたずねるようになりました。
けれど、いくら確認しても、未来を知って、ふらふらと今にもたおれそうな青い顔で帰っていくものもいました。うれしい未来ばかりとはかぎらないからです。
そのうちに白フクロウは、「まだ未熟ですから」と相談を断るようになりました。
星空は広いし、学ぶことはたくさんあります。
うすぼんやりとした明日は、星の動きを読み解くことで、くっきりとあざやかになります。正確に星を読むことができさえすれば、遠くはるかな未来も、見通せるようになるのです。十年後に裏のがけがくずれることを白フクロウは知っています。
賢者の森にフクロウは、かしこい白フクロウしかいませんが、秋になったら、若いメスのフクロウがやってきます。彼女がおくさんになることも白フクロウは知っていました。でも勉強にいそがしくて、彼女についてくわしく調べてみようとは思いませんでした。
カエデが色づき、谷川の水がきりりと冷たくなり、栗やドングリを集めて、リスが枝をはしりまわっています。
深い青空の広がる秋の朝、若いメスのフクロウがやってきました。かしこい白フクロウより、ひとまわり小さい、お嬢さんでした。
「気持ちのいい朝ですね」
彼女が先にあいさつしてきました。そんなふうに話しかけられるのが久しぶりだったので、白フクロウは、ちょっとどきまぎしながら答えました。
「そうですね」