中編

文字数 6,985文字

「……あ、シンゴ君」
モミジが小声で言いました。
彼の名前はシンゴ。3人のクラスメイトでした。
「シンゴー!」
その瞬間、ユメの顔はパァっと輝きました。シンゴに向かってブンブンと千切れそうなほどに手を振ります。
「今まで学校にいたの?」
ひょこひょこと東屋(あずまや)にやってきたシンゴに、モミジが聞きました。3人は、一度家に帰ってから公園に集合していたのですが、シンゴはランドセルを背負ったままでした。
「あはははは、宿題忘れちゃったからさ、居残り!」
「シンゴってほんっと宿題忘れ多いよねー!」
「お前が言うな」
嬉しそうにシンゴに軽く体当たりをしたユメに、すかさずリュウトが口を挟みます。睨み合う二人。
「みんなで何やってんの?」
「えーっと……」
モミジが慌てて目を泳がせました。
シンゴは3人が魔法使いだなんてもちろん知りません。ハロウィンの魔法(いたずら)の相談をしていた、なんて言えるはずがありません。
「宿題!リュウト君に宿題教えてもらってたの!」
テーブルに広げられたノートを指しながら、モミジは言いました。
「ふーん。リュートは頭いいからいいよなー」
ユメに負けない位に勉強が苦手なシンゴは、直ぐに信じてくれました。
「オレにも宿題教えてくれよ」
「こないだ教えた」
「そーなんだよ!リュートの教え方、先生よりうまいんだよ!もう忘れたけどさー!」
「忘れんな」
学校では口数の少ないリュウト。そんなリュウトでしたから、どうしてもクラスメイト達も少し近づきがたく感じていました。そんな中でも、シンゴは特に気にする様子もなくリュウトに接していました。
「だからお前には教えたくないんだ」
「そー言うなよー。授業で1回聞いただけじゃ覚えらんないんだよなー」
「そもそも授業聞いてないだろ。いつも鼻くそばっかりいじって」
ユメやモミジのような魔法使い以外で、リュウトが"普通に"会話をする、唯一と言っていいほどの相手。それがシンゴでした。
「あはははは!リュートは目もいいんだなー!」
「せーかくは悪いけどね」
「うるさい、ばか」
再び睨み合う二人。
リュウトのことは置いておいて、ユメは自分と気が合うシンゴが好きでした。恋愛感情とかの好きではなく、友達として好き。なにせ、勉強が苦手同士、シンゴの悩みがユメにはよくわかったのです。
何を考えているのかわからない上に、自分を見下すリュウトとは違って、一緒にいて気が楽なのでした。
「オレなんか毎日かーちゃんに叱られてばっかだぜ?早く宿題しろーっ!とか、また居残りかー!ってさ」
「宿題忘れるシンゴが悪いんだよー」
「お前が言うな」
三度(みたび)睨み合う二人。
「あーあ、ずっとマンガ読んでても怒られない世界にいきてーなー!じゃあなー」
「えー、もう帰るの?」
ユメが残念そうに言いました。
「早く帰んねーと、母ちゃんに居残りさせられたのがバレちゃうからなー。ゴリラみたいにウホウホ毎日怒るんだ、ウチの母ちゃん」
両手で胸を叩く真似をしながら、シンゴはまたひょこひょこ歩きながら公園を出ていきました。その姿を、ユメとモミジは笑って見送りました。
「ずっとマンガ読んでても怒られない世界だって。ユメもさんせー!」
「ウホウホ毎日怒るって、おもしろい事言うね。シンゴ君」

ーーおもしろい?

モミジが何気なく言った一言を、全員が聞き逃がしませんでした。
「……ねぇ!それにしようよっ!シンゴをマンガの国に連れてってあげよう!」
「え?マンガの国?」
「そんな国あるか、ばか。でもーー」
その時、リュウトはようやくノートから顔をあげました。
「毎日叱られてるシンゴを、叱られなくするのは面白いかもしれない」
「うんうん!きっとシンゴもビックリするよね!」
それぞれ考え方は違っても、幼くして魔法使いになることができた3人です。その心の中には、無限の可能性がつまった遊び心を持っているのです。
そんな3人ですから、面白いと思ったことを見逃さないセンサーは、大人顔負けの感度と言っていいでしょう。
シンゴの登場で、3人の中に様々な魔法(いたずら)の種が蒔かれ、一気に様々な芽を出し始めました。
「図書室の本を全部マンガにしちゃうのは?あ、教科書もマンガにしちゃえば授業も全部マンガになるね!」
「シンゴ君の鉛筆を勝手に宿題する鉛筆にしちゃうのはどうかな?」
「どこに発想の転換があるんだよ。シンゴが怒られないようにする方法は、それだけじゃないだろ」
その早さが、やはり他の子ども達とは違うのです。
「じゃあさーー」
「あ、でもそこは……」
「少し考えろ、ばか」
さてさて、3人はどんなハロウィンの魔法(いたずら)を考えるのでしょうか。
いつの間にか、風は止み、木々のざわめきは止まっていました。まるで木々達も、3人の魔法(いたずら)に耳をすませているようでした。




あっという間に、10月31日になりました。
ハロウィンの魔法(いたずら)が決まってから、3人はこっそり集まって何度か練習をしました。必要な小道具は、画用紙で作ったり、お小遣いを出し合って買ったりしました。
準備や練習の中で、ユメはモミジの手先がすごく器用で絵や工作が上手な事を知りました。カボチャのお面なんて、お店に並んでいるものと同じ位に上手に作れるのです。
リュウトがお芝居をするのが苦手なことも知りました。本人は「台本が悪い」と言っていましたが、ただ恥ずかしいだけだと直ぐにわかりました。
1人で挑戦した去年のハロウィンの魔法(いたずら)よりも楽しい。ユメはそう思いました。
さあ、いよいよ本番です。3人はどんなハロウィンの魔法(いたずら)を実行するのでしょう。
「あれ、リュートは?」
時刻は午後4時。待ち合わせ場所は、いつもの公園の東屋(あずまや)でした。ところが、予定ではモミジと一緒に来るはずだったリュウトの姿がありませんでした。
「今日、来れないって」
オレンジ色に赤い紅葉の模様が入ったリュックを背負ったモミジが、申し訳なさそうに言いました。
「え?! なんでぇ?!
「塾のテストだって」
「またぁ?!
ピンク色に紫の水玉の模様が入ったリュックを背負ったユメは、呆れて声を挙げました。事情は人それぞれありますから、仕方のないことなのですけれど。
「3人でやんなきゃダメなんだよ!?マツボッコリもらえないよ!」
「わたしもリュウト君にそう言ったんだけど、"考える"のは3人でやったからいいだろ、って」
「……」
確かに、師匠(せんせい)からの命令(オーダー)にあったのは、"3人でハロウィンの魔法(いたずら)を考えること"でした。
「リュウト君の"魔法"、コレに詰まってるって」
そう言って、モミジはリュックの脇ポケットからスプレー缶を抜き取りました。
「……ま、いっか」
不安が残るユメでしたが、仕方がないと諦めました。むしろ、演技が下手くそなリュウトがいない方が、のびのびできると考え直しました。それこそが"はっそうのてんかん"だと、心の中でちょっと得意になったりして。
「じゃあ、2人でやろ!」
「うん。リュウト君の台詞は?」
「ユメが言うよ」
「ユメちゃん、台本考えるの上手だね。わたし驚いちゃった」
「えへへ~…モミジもお面作るのすっごい上手!」
2人はニヤニヤしながら、お互いにリュックを開けて、衣装と準備した小道具を出しました。

衣装①【魔女の黒マント】
衣装②【カボチャのお面】
小道具①【魔法入りクッキー】
小道具②【魔法入り芳香スプレー】

「よーし!それじゃあ始めよー!」
シンゴの家の前です。そこには、30cm程の木の枝のような杖を持ち、帽子をかぶり、マントを身に纏った2人の小さな魔法使いの姿がありました。
「……なんだか緊張するね」
「だいじょーぶ!"はっそうのかんてん"はバッチリだから!」
「はっそうのてんかん、だね」
そんなユメに、ドキドキしていたモミジの心はあっという間にほぐされたのでした。
2人は、最後の仕上げに手作りのカボチャお面をかぶると、シンゴの家のインターホンを押しましたした。
「……はーい」
少し、時間を置いてから、女の人の声が聞こえました。
「シンゴ君のお母さんかな?」
「たぶんね」
2人は小声で言いました。
「はーい、お待たせしまーー」
そこまで言って、ドアを開けたシンゴの母親は言葉を飲みました。カボチャのお面をかぶった小さな魔女が2人立っていたのです。
シンゴの家庭では、ハロウィンが浸透していませんでしたから、母親が驚くのも無理はありません。ちなみに、その事はシンゴから確認済みでした。
「わ、ホントにゴリーー」
「わあーーーッ!」
体格のいいシンゴの母親の姿を見て、思わずこぼしそうになったユメの本音に、モミジが慌てて叫び声を重ねました。
「シンゴのお友だーー」
「トリック オア トリート!」
今度はシンゴの母親の声に、気を取り直したユメが元気よく重ねました。
「お菓子くれなきゃいたずらしちゃうよ?」
モミジが言いました。
「え?トリック、何?」
ハロウィンが浸透していないのですから、当然10月31日にお菓子を準備しているはずがありません。
「お菓子くれなきゃ、いたずらしちゃうよ!」
今度はユメが、もっと大きな声で言います。
「お菓子……ごめんなさいねぇ。お菓子、準備していないのよ」
「……お菓子、くれないの?」
「ごめんさいね」
「いたずら、しちゃおうか?」
「うん。いたずらしちゃおう!」
全てユメの台本通りでした。ユメはポケットに忍ばせていた紫色の風船を取り出すと、フーッと膨らませ始めました。
「はい、お菓子をどうぞ」
一生懸命風船を膨らませるユメの隣で、モミジは家で手作りしてきたクッキーの袋を広げました。
「お菓子がない時は、クッキーをおひとつどうぞ」
「……あら、そういうものなの?」
ハロウィンをよく知らないシンゴの母親は、疑うことなく袋から1枚クッキーをつまんで、口に放り込みました。
「……うん。美味しい」
「ぷはーッ!それじゃあ、いたずらもどーぞ!」

パンッ!!

風船を膨らまし終えたユメは、シンゴの母親の顔の前で、勢いよく風船を割りました。
「きゃあ!」
シンゴの母親の悲鳴と一緒に、辺りにキラキラした粉が舞い上がりました。





シンゴの母親が目を開けると、そこに小さな魔女の姿はありませんでした。
「……変ねぇ」
シンゴの母親は、首を傾げながらシンゴの部屋に戻りました。お説教の続きをするためです。なにせ、シンゴと言ったらマンガばっかり読んで、ちっとも宿題をしないのですから。
「シンゴー!さっきの続きだけどねー」
シンゴの部屋のドアを開けた母親は、続ける言葉を失いました。
そこには、いつものようにランドセルを床に放り出したまま、ベッドに寝転がって大笑いしながらマンガを読んでいるシンゴの姿はありませんでした。
「……なんだよ母さん。ノックもしないでさ」
そこにいたのは、整然と参考書が並べられた机で勉強しているシンゴでした。しかも、いつものように"母ちゃん"と呼ばないのです。
「アンタ、宿題やってるの?母さんって……何?その呼び方」
「宿題?呼び方?なに言ってるんだよ。来月の全国統一模試の予習に決まってるだろ」
「模試?予習?」
シンゴの母親は混乱していました。何かが違っているはずなのに、何が違うのかがわからないのです。
「今回こそ全国50位以内に入るんだからさ。邪魔しないでくれよ」
「……あ、ああ。そう。そうね。そうだったわね」
シンゴの母親は、自分が間違っているんだと思い直しました。自分の息子は、成績優秀な子だったと。
「ごめんなさいね。母さん、なんだかボーッとしちゃって。邪魔してごめんね」
そう言うと、シンゴの母親は部屋を出ていきました。




ーーシンゴの母親に、シンゴが勉強熱心になっている夢を見せる

それが、3人が考えたハロウィンの魔法(いたずら)だったのです。
シンゴを怒られないようにしようと決めた時、ユメとモミジは、魔法を使って"シンゴを変えよう"としました。それを、リュウトが止めました。
「シンゴを変えたって、シンゴのお母さんがビックリするだけ。それは怒られないのと違うだろ。シンゴを怒られないようにするなら、シンゴのお母さんを変えた方がいい」
そう言って、リュウトが考えたのが、今回の魔法(いたずら)でした。
シンゴのお母さんが、夢の中で勉強熱心になったシンゴを見れば、きっと気味悪がる。そうすれば、目が覚めてからも、シンゴを怒ることが少なくなる。そんな計画でした。
ユメがシンゴの母親に"眠らせる魔法"をかけ、その後にリュウトが"幻をみせる魔法"をかけることで、シンゴの母親は"幻の夢を見る"手筈でした。
しかし、この魔法(いたずら)には大きな問題がありました。
魔法使いが守らなければならない5大要件の③"人間に直接魔法をかけてはいけない"に違反してしまうのです。そこで、リュウトが考えたのがーー
「……シンゴのお母さん、本当にゴリラみたいだね」
「今は本当のゴリラだよ、ユメちゃん」
シンゴの母親を、一度ゴリラに変えてから魔法をかける、というものでした。
そのために、モミジが変身魔法をかけたクッキーを作り、最初にシンゴの母親に食べさせたのです。
"直接魔法をかけてはいけない"というのは、曖昧なところがある規則(ルール)なのですが、リュウトはクッキーを食べたらゴリラに変身するという間接的な魔法を最初に使うことで、この問題をクリア出来ると考えたのでした。
モミジのクッキーを食べた時からゴリラになってしまったシンゴの母親は正確には"人間"ではないですし、きっと魔法使いの仕業だなんて思ってもいないでしょうから。
本当は、ユメの後にリュウトが幻を見せる魔法をかける予定でしたが、代わりに"幻をみせる魔法入りの芳香スプレー"を急遽準備。それを眠る母ゴリラに吹き掛けたのでした。もちろん、ユメとモミジまで吸い込まないように注意しながら。

「ゴリラって、こんな風に寝るんだー。人間と一緒だね」
「……どんな夢、見てるのかな?」
玄関に寝転んで、気持ち良さそうに眠る母ゴリラを見下ろしながら、ユメとモミジは顔を見合せました。
「きっと、シンゴが天才になってる夢だよ。あはは、シンゴが天才だって!」
「シンゴ君、今日は叱られないですむかなぁ?」
「だいじょうぶ!天才を叱る親なんていないよ!」
「……そう、だね」
どうしてでしょう。何気無いはずのユメの言葉を聞いたとき、モミジの頭にはリュウトの顔が浮かんだのでした。
「このあと、どうなるんだっけ?」
ユメが聞きました。
「リュウト君の話だと、シンゴ君のお母さんが、偽物のシンゴ君だって気がついたら、魔法は全部解けるって」
「えぇ!? そんなのすぐじゃん!気づかないわけないもん!」
「うん。きっと勉強熱心なシンゴ君を気味悪がって、今のシンゴ君に優しくなるって」
「じゃあ、隠れよ!」
「どこに?」
「なはははは!」
その時、家の奥の方から大きな笑い声がしました。
「そうだ!シンゴのトコで遊んでよう!」
「でも、シンゴ君のお母さんはどうするの?ゴリラの時に誰かに見られたら大変だよ」
「う~ん。じゃあ、こうしよう!」
そう言うと、ユメは自分のマントを母ゴリラに掛けました。
「モミジのマントも貸して」
そして、モミジのマントも使って体全部を覆い隠すと、仕上げに頭につけていたカボチャのお面を外して、母ゴリラの顔にかぶせました。
「これでゴリラだってわかんない!」
「……そうだけど」
「行こ!」
ユメはモミジの手を引くと、靴と帽子を脱いでシンゴの家に上がりました。
シンゴの家には前に一度だけ遊びに来たことがあったので、シンゴの部屋の場所は知っていました。
「シンゴー!」
「おわぁ!なんだよいきなり!」
ベッドに寝転んでマンガを読んでいたシンゴは、驚いて飛び上がりました。
「遊びに来たよ!」
「いいけどさー。マンガ読むか?」
「読むー!」
「……」
いきなり押し掛けるユメもユメですが、いきなり押し掛けられてもそんなに動じないシンゴもシンゴ。本当に、この二人は似ていると、モミジは思いました。

そして、それは数分後ーー

ドタバタと慌てたような足音が聞こえてきたかと思うと、シンゴの部屋のドアが勢いよく開けれました。
「……シンゴ?」
そこには"ちゃんと"人間に戻ったシンゴの母親が立っていました。
「なはははーーあ、母ちゃん。どーしたんだ?」
「お邪魔してまーー」
「良かったぁ!」
モミジの挨拶をかき消すように、シンゴの母親は叫ぶと、ユメ達が居ることも気にしないでシンゴに抱きつきました。
「なんだよ母ちゃん!」
「良かったぁ!本当に……夢で良かった!」
その言葉を聞いた時、ユメとモミジは顔を見合せました。
「アンタいいよ!そのまんまでいいからね!そのまんまでいてね!」
「なに言ってんだよ母ちゃん!やめろよ!」
シンゴの母親はシンゴを力任せに抱き締めて、泣きながら頬擦りしていました。嫌がるシンゴでしたが、その力は相当だったようです。
「帰ろっか?」
ユメが言いました。
「……そうだね」
モミジが返しました。
「お邪魔しましたー」
二人は声を揃えて言うと、玄関に落ちていたマントとカボチャのお面を持って、シンゴの家を出ました。
魔法(いたずら)、大成功!」
「……うん」
元気よく拳を突き上げるユメとは対照的に、モミジの心には、シンゴの母親が流していた涙の理由(わけ)が引っ掛かっていたのでした。


後編へつづく。


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