にごたん7

文字数 4,473文字

【アシンメトリィ】
【涙の理由を】
【歩くような速さで】
【次回作にご期待ください】




「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「さゆるん、なにさっきから笑ってるの」
「んー、おかしくておかしくて」
「はぁ?」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
 あたしの横でさゆるんは笑う。腹を抱えて笑う。
 学校の帰り道。歩道。あたしとさゆるんの脇を自転車が何台も通り過ぎていく。
 ききーっと音を立てて自転車の一台があたしたちの前方で止まる。
 後ろを振り向いてあたしたちを見る自転車の主。うちのクラスの男子、ぴこただ。
 ぴこたはそのまま制止してガムをくちゃくちゃ噛んでいる。
 で、さゆるんを人差し指をまっすぐ伸ばして、指さす。
「おめー、バッカじゃねぇの」
「ぷ、ぷぷ」
 震えるさゆるん。自分の肩を抱いて震えている。
 一方のぴこたはさゆるんを指さしたポーズのままだ。
「ぷぷぷぷぷぷ。あは。あっひゃひゃひゃひゃひゃ」
 肩を抱いて身体を折り曲げ笑うさゆるん。
 さゆるんは身体を折り曲げたまま前方にいるぴこたを指さす。
 指さすその手も震えている。
 お互いに指を指す、さゆるんとぴこた。
「うーん。シンメトリィ……じゃ、ないわね。はぁ。全く、うちのさゆるんは……」
 お互いに指を差し合っても、これじゃ釣り合いが取れてない。
 つまり、シンメトリィじゃなくて、非対称、アシンメトリィだ。
 わかるかしら。
 一方は格好つけて指さしポーズ。
 一方はそれに笑い転げて指さしている。
 そう、えーっと、言いにくいことを言うと、ぴこたはさゆるんに惚れていて、それでこんなポーズをキメたりして、精一杯格好つけてるの。
 で、一方のさゆるんは、あたしの彼女よ。笑えるでしょ、格好つけ男。
 そう、女の子同士だけど付き合っているのよ。って、内緒だけど。
 なぜ内緒かと言うとね、それはつまりあたしはさゆるんと付き合っていると思っているけどさゆるんはあたしと付き合っていると思っていないかもしれなくて、でも既成の事実は……ああ、でも規制されちゃうから、えーっと、まあ、とにかくそういうことなのよ!
 どうよ!
 ねぇ。
 どうよ!
 とかその前に。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「うぅうぅぅぅうううう。えっぐ。ひっぐ。うえええええええん」
 男泣きっていうか泣き出すぴこた。よほどショックだったらしい。
 なにがショックって。
 いや、もう、本当にさゆるんは笑い転げてる。好きな子に笑われたらショックよねぇ。
 しかし。
 笑って。
 転げている。転がっている。
 ゴロゴロ転がっている。転がる転がる。
 さゆるん、お前はパンダかッ!
 ゴロゴロ転がるな、ここは歩道。道路。道ばたなのよ。
 あと、笑うな!
 違法ななにかを取り込んでるみたいじゃないの。
 もう、この子ったら。
 うーん。それにしても。
 昨日までさゆるんってこんな子だったかしら?

 あたしが黙考している間も、ぴこたの涙は止まらない。
 ここは、さゆるんのスイートエンジェルであるあたし(だって付き合ってるんだもーん)がこのクラスのブタメン男子・ぴこたの豚泣きの、その涙の理由を聞いてあげなくちゃならないわけ。それがエンジェルであるあたしのエンジェルな所以。ていうか、格好つけて噛んでいたガムも飲み込んじゃってブヒブヒ鳴き出したものだから、あたしも笑んじゃう。笑んじゃうとエンジェルで、んんんんんん、非対称。アシンメトリィ。
「ブヒ! ブヒヒヒヒヒ! ブヒブヒ! ブフ! ブフーラ、ブヒブヒブヒ」
「うん。うん。うん。ううん? う、うん。うん。そうなのね」
 聞いてあげる、あなたの豚声。イケメンボイス以外には死を。でも、そこはさゆるんの彼女であるあたしが、スイートなエンジェルだから聞いてあげるのよ。いや、声だけじゃなくて、内容もね。BGMはさゆるんの笑い声になっちゃうけど。って、あれれれれれれ、なんだかあたしも楽しくなってきちゃったわ。なんだろ。あたしの思考って、それこそ歩くような速さをキープした、徹頭徹尾学校では真面目な優等生……って、自分で言うのもなんだけど、ギャルでいるのはここらへんじゃリスクが高すぎるのよね。ここらへんっていうか、えーっと、界隈? うちの学校でさゆるんみたいな地味だけど可愛い子っていうポジションの子と一緒にいるとなると、ギャルになってギャルガード(あたし命名。ギャルになってその力によりガードする)も出来るけど、どちらかというと真面目二人組になって、目立たないようにいつでもどこでも二人一緒という空間を構築することが「ブヒヒヒヒヒ! ブヒブヒ! ブフーラ、ブフブフ、ブヒブヒブヒブヒビブ」ああ、もううるさいわね、気が散るから黙ってよ、もうこの豚。「ブヒヒヒヒヒ!」ああ、だからうるさいって。ぴこた。あんたねぇ。「ブフーラマハブフマハブフーラララララ」なんかあんたさっきから呪文唱えてない? 唱えてない? 唱えてなくなくなくない。「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」ああ、そういえばなんでさゆるんは「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。ひー。ひー。ふー。ひー、ひー、ふっふふー」笑ってるんだろう。なんであたしはうぅうぅぅぅうううう。えっぐ。ひっぐ。あれ? あたしまで涙が止まらない。ブヒ! ブヒヒヒヒヒ! ヒイイイイイイイイイ。辛さがウリのお菓子を食べたみたいにひいいぃぃぃなにこれあひゃひゃひゃひゃひゃひゃ笑えるのかしら「ブヒヒヒヒヒ!」そう、そうよね、違うわ、あたしは泣いて「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」あたしの涙の理由を「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」ん-、待ってね。これ、反復してないかしら。込み入った思考がどんどん混濁したなか「ブヒヒヒヒヒ!」で反あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。ひー。ひー。ふー。ひー、ひー、ふっふふー復してなあひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。ひー。ひー。ふー。ひー、ひー、ふっふふーいかしひゃひゃひゃひゃひゃひゃら? 待って。このテクスト全体を俯瞰するのよ。だんだんとごちゃごちゃに「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」ああ、そうよね、さゆるん。言わぬが花よね。うん。なんだか恍惚としひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。ひー。ひー。ふー。ひー、ひー、ふっふふーてきブヒヒヒヒヒたわひゃひゃひゃひゃ。ところで自転車ってどういうことだったのかしらね。自分で動かさなきゃこの文章は生まれないわ。でもそのじだヒイイイイイイイイイいもいずれおわるだんとごちゃうん。うん。うん。ううん?

「ぷぷぷぷぷぷ。あは。あっひゃひゃひゃひゃひゃ。ひー。ひー。笑った笑った!」

 さゆるんは転げた体勢からずびゅーんと鞭がしなるような動きで飛び上がる。
 そしてスカートひらりと翻し、立ち上がった。
「なんだかここまで来ると次回作にご期待ください、みたいな『打ち切りエンド』はしづらいよね」
「はぁ。いきなり笑いがやんだかと思ったらなにを言っているのかしら」
 あたしも通常モードに切り替わる。そう、歩くような速さだ。歩くような速さで、考え、しゃべるのだ。それで、あたしとあたしの大好きなさゆるんとの日常が元に……。
「ブヒヒヒヒヒ。ブフーラマハブフマハブフーラララララ」
 もはや呂律の回らない舌で呪文を唱え続けるぴこたは、自転車を倒し、その場でのたうち回っている。
「わかるかしらッッッッッッ?」
「ん? どしたの、さゆるん」
「涙の理由を!」
 ああ、さゆるんがなぜだかいきなり泣いている?
「涙の理由? わからないわ、なにがなんだかわからないけど、とりあえずさゆるんが泣いているその理由という、いや、笑っていた理由、それら、あなたの感情の揺れ動き全てがわからないわ」
「わからなくていいの」
「はい?」
「最初は考えたわ。私も」
「あたしだって考えたわよ」
「そうじゃないの。正確にはこの作品の作者は、考えないことを最初は考えた。しかし、それが反転してしまわざるを得なかったの。考えることを考えない、つまり、この作品そのものを『ナンセンスギャグ』として片付けないとならない理由が『生じてしまった』のよ」
「ど、どういうことなの! 教えて、さゆるん!」
「笑い続けてたでしょ、ずっと。または、泣いていたり。で、同じモチーフを反復して話しているし、モチーフどころか、コピーアンドペーストしたかのように同じ言葉が繰り返され、それがやがて地の文にオノマトペが強制介入されるようになる」
「うん。そういう小説もあるよね」
「そう。これは小説」
「小説だね」
「現実でこういう状況下に置かれることは……」
「あ……」
「そう。ないのよ。諸事情によってね」
「そっか! ここで反復されるのね!」
 あたしは叫んだ。
「作者の次回作にご期待ください!」
「そう、これは虚構よ。フィクション。マンガみたいに。しかも諸事情あって打ち切られるマンガみたいな」
 そうなのだ。諸刃の剣だったのだ。ギャグとは、笑うという行為によって、上下関係が生じてしまう。もしも、もしもだが、『無意味に笑う』ひとがいるとしよう。だが、その場合も、それが客体化されることによって、お笑いの内部での上下関係が生じてしまう。ギャグとは、テクスト内では完結され得ない。常に『読まれること』が前提となる。テクスト内で「笑う/笑われる」という二つの階層にわかれるだけでなく、簡単に言うとそのボケとツッコミを笑う「他者」が、「読者」がいてはじめてギャグが成立するのだ。まっすぐの視線ではなく、上を見上げたり、下を見下ろしたり。この階層を希求してしまうのが、ギャグであり、お笑いの内部と言ってもそれは開かれたものであり。
 だからここであたしが大きな声で、
 「これはナンセンスギャグなんです! この解説編も含めて!」
 と、言わなくてはならない状況下が、今の整備化されつつある『健全なるインターネット』では、必要とされる。そうしないと、健全じゃなくなってしまう。
「うぅぅぅ……、あたし、涙が出てきちゃう」
「でも、その涙に理由なんかないでしょ」
「ないわ。全く、ない。馬鹿らし過ぎる……」
「ね。二十世紀初頭の焚書の話もそうだけど、世のクリエイターって、一体なにといつも戦っているのかしら」
 さゆるんが不意にあたしの手を握った。
「敵はまだ、誰だかわからないわ。でも、その敵はきっと大きくて強いはず! 敵は一ひねりに不適切コンテンツとしてこのテクストをもみ消すくらいにッ。さぁ、あの夕日に向かってダッシュしましょう! 敵はきっとその先に待っているのだから」
「うんっ! 戦いましょう、一緒に!」
 これは不適切コンテンツなんかじゃない! 韜晦してるからおかしくたって大丈夫なのよ。

 そう、そしてあたしとさゆるんと作者の、クリエイターとしての生死を賭けた戦いが始まったのであった!
 ……先生の次回作にご期待ください。

〈完〉
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