第1話

文字数 1,133文字

 隣の客はよく柿食う客だ。
 これは有名な早口言葉の一つだ。
 ここ山形県庄内は、柿も美味しい。庄内を代表する秋の果実「庄内柿」は、正式には『平核無柿(ひらたねなしかき ― 平らで種の無い柿)』といい、渋柿の王様と呼ばれている。農林水産省の調べでは、平成18年には数ある柿の品種の中で全国第3位の生産量を誇っている。その果実は甘く、舌で溶けるほど柔らかく、そして種がないのが特徴である。

 また、柿が赤くなれば医者が青くなる、と言われるほど柿は身体に良い果物とされている。特にビタミンAとCを多く含み、含有量はみかん類にほぼ匹敵する。ビタミンCは、庄内柿1個で1日の必要量を摂取できる。さらに柿は、老廃物や過剰塩分を尿と共に体外へ排出する作用があるカリウムも多く含まれている。これらが柿が美容・健康に最適な健康食品のひとつとされている理由である。
 ところがだ。ここ庄内では前述とは違った意味で、柿が赤くなれば医者が青くなる。
 この時期、庄内で慢性腎不全を担当する腎臓内科医、透析を担当する透析医は、しばしば患者さんの高カリウム血症で苦労する。腎不全や透析の患者さんは、体液の電解質をコントロールする腎臓の働きが程度の差はあれ総じて低下している。体内のカリウムを尿中にうまく排泄できずに、血液中のカリウム濃度が上昇する。これが高カリウム血症だ。困ったことにカリウムの濃度が極端に上昇すると、心臓が止まる。
 前述の高カリウム血症の主たる原因は、庄内柿の食べ過ぎだ。「柿は控えめに」の注意は、庄内の人たちにはなかなか通用しないらしい。命に関わっても、庄内柿は美味しくて止められない。ここ庄内では、正確には「隣の客はよく庄内柿食う客だ」なのだ(笑)。
 また、毎年この時期になると、中性脂肪の値が跳ね上がり、さらに糖尿病が悪化する働き盛りの患者さんがいる。聞くと仕事は外回りの営業で、この時期、行く先々で庄内柿を振舞われて、食べない訳にはいかない。1件の訪問先で1個、「美味(うめ)えの」と言うと「もう1個け(「け」→庄内弁で「食べろ」の意味)」と2個食べる。かくして柿の食べ過ぎとなる。果実の甘味の素である果糖は、その代謝過程で中性脂肪産生と直結している。
 地元で採れた産物「柿」に、地元の名前「庄内」を付けて、それがまた美味しく、地元の誇りでもある。「体に悪い?」そんなもん関係ねえの~。
 羨ましいと思う。

 さて写真は 2015年11月3日、冷たい雨の降る晩秋の庄内柿である。

 庄内柿は丸くない。平べったく四角い。庄内には収穫されずに放置された庄内柿をあちらこちらで見掛ける。

 私は晩秋に、冷たい雨に晒される庄内柿を見ると、甘い味より迫り来る冬を感じる。

 んだんだ。
(2022年10月)
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