女子な単語をどれでも全部並べて

文字数 1,980文字

 高校の文芸部部室にて。部長と部員の二人きりで使うにはやや広い空間で、L字型に並べた長机それぞれの辺に陣取り、思い思いに過ごしていた。
「先輩、先輩。(うしお)先輩?」
 一年生部員の川中優子(かわなかゆうこ)に話し掛けられ、部長の潮はパソコンの画面から目線を起こした。
「何だ」
「暇そうにしてますよね。手、動いてないですし」
 川中は読みかけの推理小説を開いた状態で伏せると、気易い調子で指差してきた。
「ぼーっとしていた訳ではないぞ。構想を練っていた」
「そうでした? でも中断させられて怒らないってことは、あんまり捗ってなかったんじゃあ」
「ま、そうかな。いいから、用があるのなら言ってみろ」
「はーい。ゲームしませんか」
「ここにゲーム機はないが、トランプかオセロの類か?」
「違います。言葉のゲームで、正式な名称を知らないんですけど、ありなしゲームっていえば伝わります?」
「多分。単語をAとBの二グループに分けていき、グループAにあってグループBにないものを当てるとか、あるいはグループに共通する法則を見付けるとか、そういう遊びか」
「それですそれです。やりません?」
「……何か企んでいそうだな。目が輝いてる」
「そ、そんなことないですよ~」
「ごまかさなくていい。何を企んでいようと、受けてやるよ。ところで勝負するからには、賞品があった方がいいと思うんだが、何かあるのかな」
「うーん、考えてませんでしたけど……」
 川中は服のポケットや学生カバンをペタペタと触ったかと思うと、何やら取り出してきた。手のひらサイズの直方体が二つ。
「ガムじゃだめですか。未開封のもあります」
「ガムか……」
「味は、私の好みのコーヒー味!」
「そういや、川中は女子にしては珍しく、コーヒー味が好きなんだったっけ」
「女子にしては珍しい? ……言われてみれば確かに。周りにいないわ」
 大げさに愕然とした様子で頭を抱える川中。そして目を向けて聞いてくる。
「で、だめですが、コーヒーガムでは」
「いや、何でもいいんだ。何か賭けた方が張り合いがあると思っただけだから。ただ、川中が提供するのなら、僕も負けた場合を考えないとな。何かあったっけ……」
 ポケットまさぐろうとする潮を、川中が「いいですいいです」と言葉で止める。
「しかし……」
「先輩の貴重な時間をもらってるんですから。それより早く始めましょう」
「待て。勝負の付け方は? そっちが単語を二つ一組で出題していくとして、僕はいくつまで聞いていい?」
「そうですね……このガム、六枚入りですから、一組目で当てられたら六枚丸ごと、二組目なら五枚という風に減らしていって」
「なるほど、七組目で0枚になるから、それまでに当てられなければ僕の負けだな。よし、やろう」
「では、最初は……折角だから『先輩』にあって、『後輩』にはない」
「一組目で当てるのは至難の業だが、一応、考えてみるか。先に来る単語とあとの単語、どちらかのグループの共通点を見付ければいいんだよな」
「はい」
「……あとのグループBは動詞になる、というのはどうだ」
「動詞? ああ、『後輩』に『する』を付けて、『こうはいする=荒廃する』ってことですか。面白いですけど違います。解答は一組につき一回きりなので、次言いますね」
「分かった」
「えっと……そうだ、『コーヒー』にあって、『紅茶』にないです」
「コーヒーに紅茶……ティー……モカ……ダージリン。うーん、先輩か後輩とのつながりが見出せんな」
「次、言いましょうか?」
「まだだ。そうだな……あっ。これはどうだ。グループAはテレビ業界言葉になる」
「はい?」
「違うのか。『先輩』は『パイセン』、『コーヒー』は『ヒーコー』って。後輩をハイコーと言ったり、紅茶をチャコーと言ったりはしないだろ、多分」
「知りませんけど、どっちにせよ、私の用意した答とは違っていますよ」
「そうか。次を頼む」
「三つ目は……他の人が来ちゃうかもしれないから、早く当ててくださいねってことで、『小説』にあって、『絵日記』にはない」
「『小説』に『絵日記』か」
 川中が伏せた文庫本に目が行く潮。
「推理がお酢入り、スパイが酸っぱい」
「な、何ですかそれ」
「気にするな、連想ゲームだ。ううむ、思った以上に難問だ。『先輩』だの『コーヒー』だの、直前まで口にしていた単語を並べただけに見えて、実は計算されているな」
「難しく考える必要はないですよー」
「と言われてもな。ストレートに受け止めるにしても、手掛かりが。先輩・後輩は部活、コーヒーはおまえの好きな味、小説は……まあ文芸部なんだから、僕も川中も好きな物だよな」
「そうそう」
「……まさかとは思うが、グループAは川中優子が好きなもの、とか言い出すんじゃあるまいね?」
 潮はいつでも笑ってごまかせるように心構えをしつつ、聞いた。そこへ即答が返ってくる。
「いえ。当たりですっ、『先輩』!」

 おしまい
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