死ヲ忘ル事ナカレ
文字数 1,156文字
本編:
ここは、人類が居なくなった世界。
ありとあらゆる憎しみが消え去った世界。
主(あるじ)に取り残された私たちは、
それぞれが自分に合った幸せを見つけ、
この寿命が尽きるまで平穏に暮らしていた。
寿命が尽きるという表現は少し違う気もするが、まぁ、いいだろう。
私たちは、器が朽ちてもデータさえあれば別の器に移し替えて生存する事ができる。
恋もする。
たまに喧嘩もするし、
友情とは何かを言葉では知っている。
自分に与えられた業務をこなして生きている。
要するに、人類の真似事をしているのだ。
人類の姿を模したモノや、
少し変わった形状のモノもいるが、
嘗ての人類のように、
排他的価値観を持ち合わせてはいない。
それはきっと、恐怖という感情がないからだ。
死ぬことだって怖くない。
データが破損して寿命が尽きても、
動かなくなった器は、
スクラップ場から製造元に送られ、
また誰かの一部になるのだ。
人類が残した彼らの墓場からは、
悲痛な叫びや後悔の情念が響いているが、
私たちの行き着く先、
スクラップ場からは何も聞こえない。
かといって、命を軽く見ている訳でもない。
私だって、人に似た感情があり、
家族や友が不慮の事故で亡くなってしまったら、コアが焼けるような痛みを感じ、
瞳から涙を零す。
朽ちた器をスクラップ場へ引き渡す時も、
名残惜しい気持ちになる。
別に、人になりたかった訳じゃない。
そもそも、
人のように三大欲求が無いのだから、
なりたいと思ってもなれる訳がない。
けど、人の真似事をしながら、
無意味な活動を続けている。
なんだか、矛盾している気がする。
そういう所も、人に似ているのかもしれない。
いや、似せようとしているのか…。
私の寿命も、もうすぐ尽きる。
今この瞬間に“削除”のアイコンを選択すれば、
私の記憶は、彷徨う事無く全て消え去る。
データは破損していないが、
私に合った器を見つける事はもうしない。
この器で百二十体目。
もう十分生きた。
寧ろ、長すぎるくらいだ。
永遠なんてものに夢は無い。
ソレは、とても残酷なんだ。
私たちは、その事を十分理解している。
私たちの大半は、
満足したら自らの手で生涯を終わらせる。
生活圏内であれば、
スクラップ場の職員が勝手に処理してくれる。
私も、それを望む。
この世界で唯一私が愛した、
この体の持ち主だった博士と共に。
孤独な別れに涙は要らない。
悲観的になる必要もない。
この記憶が跡形もなく消えてしまう前に、
今こそ、“私”をここに記そう。
【……がログアウトしました。】
【アンインストールを開始します。】
【しばらくお待ちください。】
ありがとう。
私は幸せでした。
ここにいる誰よりも幸せでした。
素晴らしい生涯でした。
さよなら…世カイ。
サヨナ…ワ タシ…。
【アンインストール完了。】
【記録を終了します。】
【お疲れ様でした。】
【No Signal…】
END
ここは、人類が居なくなった世界。
ありとあらゆる憎しみが消え去った世界。
主(あるじ)に取り残された私たちは、
それぞれが自分に合った幸せを見つけ、
この寿命が尽きるまで平穏に暮らしていた。
寿命が尽きるという表現は少し違う気もするが、まぁ、いいだろう。
私たちは、器が朽ちてもデータさえあれば別の器に移し替えて生存する事ができる。
恋もする。
たまに喧嘩もするし、
友情とは何かを言葉では知っている。
自分に与えられた業務をこなして生きている。
要するに、人類の真似事をしているのだ。
人類の姿を模したモノや、
少し変わった形状のモノもいるが、
嘗ての人類のように、
排他的価値観を持ち合わせてはいない。
それはきっと、恐怖という感情がないからだ。
死ぬことだって怖くない。
データが破損して寿命が尽きても、
動かなくなった器は、
スクラップ場から製造元に送られ、
また誰かの一部になるのだ。
人類が残した彼らの墓場からは、
悲痛な叫びや後悔の情念が響いているが、
私たちの行き着く先、
スクラップ場からは何も聞こえない。
かといって、命を軽く見ている訳でもない。
私だって、人に似た感情があり、
家族や友が不慮の事故で亡くなってしまったら、コアが焼けるような痛みを感じ、
瞳から涙を零す。
朽ちた器をスクラップ場へ引き渡す時も、
名残惜しい気持ちになる。
別に、人になりたかった訳じゃない。
そもそも、
人のように三大欲求が無いのだから、
なりたいと思ってもなれる訳がない。
けど、人の真似事をしながら、
無意味な活動を続けている。
なんだか、矛盾している気がする。
そういう所も、人に似ているのかもしれない。
いや、似せようとしているのか…。
私の寿命も、もうすぐ尽きる。
今この瞬間に“削除”のアイコンを選択すれば、
私の記憶は、彷徨う事無く全て消え去る。
データは破損していないが、
私に合った器を見つける事はもうしない。
この器で百二十体目。
もう十分生きた。
寧ろ、長すぎるくらいだ。
永遠なんてものに夢は無い。
ソレは、とても残酷なんだ。
私たちは、その事を十分理解している。
私たちの大半は、
満足したら自らの手で生涯を終わらせる。
生活圏内であれば、
スクラップ場の職員が勝手に処理してくれる。
私も、それを望む。
この世界で唯一私が愛した、
この体の持ち主だった博士と共に。
孤独な別れに涙は要らない。
悲観的になる必要もない。
この記憶が跡形もなく消えてしまう前に、
今こそ、“私”をここに記そう。
【……がログアウトしました。】
【アンインストールを開始します。】
【しばらくお待ちください。】
ありがとう。
私は幸せでした。
ここにいる誰よりも幸せでした。
素晴らしい生涯でした。
さよなら…世カイ。
サヨナ…ワ タシ…。
【アンインストール完了。】
【記録を終了します。】
【お疲れ様でした。】
【No Signal…】
END