打ち上げ

文字数 2,619文字

 まゆみ
 
 舞台の打ち上げに行ったお好み焼き屋。一、二年生ばかりのサークルなので、アルコールは抜きなのに、異常に盛り上がっている。それは、文化祭での上演が大成功だったからだ。
 エリカは登場からカーテンコールまで、観客を魅了したし、サークル女子みんなで考えた心の声のパートに客席はどよめいた。幕が下りた瞬間に起こった拍手は客席の女性たちから始まり、すべての観客に広がり、沸騰した。

 あの騒動の日の夜、涼介先輩との打ち合わせを終えた後で、エリカに電話をした。

 「先に帰ってごめんね、まゆみ」
 「それより、大丈夫エリカ?」
 「うん、ちゃんと明日は稽古に行くよ」
 「良かった…。エリカのお芝居、すごく良いよ。私、舞台に立つエリカが見たい」
 「ありがと、まゆみ」
 「賢一先輩のこと、まだ怒ってる?」
 「先輩に腹が立ったというより、ああいう意見が常識にみたいになってることに腹が立ったんだ。だって、思い通りにならないことの方が多いのに、女は。社会人になったら、もっと増える。なのに…」

 そうだった。エリカは理系への進学を親に諦めさせられている。弟が理系だから、二人ともだと学費の負担が大きいと、言われて。なんで、私が諦めなきゃいけないの、と泣いていた。それなのに、文系なら同じ学部に勧めると私は内心喜んでいたのだ。ごめん…

 あの騒動があった翌日の稽古で、賢一先輩は不愉快な発言をしたことを全員に、とりわけ女子に向かって頭を下げた。そして、涼介先輩も姑息な手段を使ったことをわびた。そして、エリカは暴力をふるったことを謝った。その後の稽古では、みんな気合が入っていて、雨降って地固まる、というベタなことわざを思い出した。

 「脚本を一部変更したい。主人公がどうすべきか迷って考え込むシーン、ここに女子の本音をいろいろ短い台詞にして、音声だけで挿入したいんだ。台詞は、女子全員で考えてくれないか?」

 稽古終わりに、脚本・演出の賢一先輩に言われ、女子だけ稽古場に残って話し合った。出るは出るは、前日のエリカの行動は、私達の心の蓋を開けてくれたようだった。それを録音し、時間内に収まるように編集したり、そこまで賢一先輩に託されていた。

 「男の脳のフィルターをかけたくないんだ」

 悔しいけれど、賢一先輩は、エリカに相応しいような気がしてきていた。


涼介

 終わった。無事に片付けが終わり、貸切っておいたお好み焼き屋に全員を引率して、俺の今回の公演はようやく終わる。ありがたいことに、打ち上げの会計は東雲が引き受けてくれた。
 よく働いてくれたお礼になるかわからないが、俺は東雲のためにお好み焼きを焼いた。女子校育ちのためか、男子と距離を置いていた東雲だが、二人でやらなければならない仕事が多かったためか、俺との距離は縮まってきたと思う。色白の頬を膨らませてお好み焼きを頬張る東雲は可愛い。

 「なぁ、東雲のことも下の名前で呼んでいいか?」
 「へ?あ、いいですよ、別に」
 「じゃあ。こっちも焼けたよ、まゆみ、ほら、あーん」
 「えっと、そういう使い方?」

 まゆみの頬が少し赤くなったと思うのは、ずうずうしいかな?

 エリカと賢一が二人で外にいる。賢一も仕切り直しかな、がんばれ。


賢一

 エリカが盛り上がるテーブルを離れて外へ出た。荷物はそのままだから、外に涼みに行ったのだろうか。俺も目立たないように外へ出た。店の前の細い通りの反対側にいたエリカの横に並んだ。

 「お疲れ様でした。最高だったよ」
 「ありがとうございます」

 エリカは返事をしながら、店の中を見ている。視線の先には、涼介と東雲の座っている席が見える。

 「いいコンビだったな、あの二人も」
 「えっ…」

 エリカの表情に影が差した理由に、俺は気が付かなかった。

 「まゆみは、ずっと私にべったりだったんです。バレンタインには毎年チョコをくれて、エリカが男の子と付き合っても、片思いさせてくれって言われてました」
 「え?あ、そ、そうなのか。じゃ、涼介、残念だったなぁ」
 「そんなことありませんよ。まゆみの表情を見てください。嬉しそうですよ」
 「そっか、女子校ってそんな感じになるのか?」
 「まゆみは小学校から女子校だから、男の人が苦手だったんです。以前は、私のことを本当に好きなのかと思ったこともありました。でも、ふざけたふりしてキスしようとしたら、体を引かれました」

 体は自分の性的嗜好に正直に反応したということか? 

 「先輩、心は嘘をつくことがあるんですよ、自分を守るために。でも、体は嘘をつかない」

 心は嘘をつく。男が苦手な自分を守るために、自分は女を好きなのだと思い込んだってことか。

 「おまえの心も嘘をついたことがあるのか?」
 「高校時代、何人かの男の子と付き合いました。頑張ってキスもしましたけど、体は硬直しちゃって」

 エリカは自嘲気味に笑いながら、店の中の二人を見た。二人は、さっきより接近している。

 「東雲を好きだったの…か?」
 「いまでも、愛しています…」

 エリカの横顔に通り過ぎる車のライトがあたり、その時、目尻に光る物が見えた気がして、あせった。

 「お、俺の告白が失敗したのは、タイミングの問題じゃなかったんだな」
 「すみません。でも、先輩の脚本は好きです。勧誘チラシの裏の脚本を読んで、このサークルに興味を持ったんです」
 「あの、チラシの裏にプリントしたのを読んでくれたのか」
 
 エリカは俺の方に顔を向けて、こくんと頷いた。あぁ、俺も、いまでもエリカを愛している。

 エリカのことを芝居にしよう。西部劇に出てきそうな、流浪する孤高のガンマンみたいな女の話だ。ラストの台詞では、夕焼けをバックにするんだ。

 「なぁ、エリカ、次回作…」

 エリカはすでに店の中に戻っていた。


まゆみ

 翌年、感染症の流行のために、大学のサークル活動は停止になった。私達の演劇サークルの公演は、あの時ただ一度きりで、賢一先輩も涼介先輩も卒業して行った。オンライン授業になったこともあり私達も会えなくなっていたんだけど、その間に、いつのまにか、エリカは芸能事務所に入って本気で俳優を目指しだしていた。
 
 「知らなかった…」
 「ごめん、ちょっと恥ずかしくて言えなかった」
 「エリカならきっと成功するよ。実は、私も恥ずかしくて言ってないことがある」
 「そう…」
 「涼介先輩と付き合ってるんだ。この私がよ、信じられないでしょ?」
 「ううん…」
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