Nothing ventured,nothing gained.

文字数 3,798文字

監督や担任、両親とも話した結果、トライアウトに挑戦させてもらえることになった。開催日までの間、引退はしていたが、学校のグラウンドや設備を借りさせてもらい、ギリギリまでできることをした。
トライアウトの場所は東京都の大学で行われる。山下は兵庫県在住なので、新大阪から新幹線に乗り、開催日の二日前に東京入りした。早めに行ったのは、東京の空気は兵庫とは違うから肺を慣らしたいと良く分からない理由で現地入りした。
開催日当日、早めに球場に入り、アップを済ませた。さすが、大学だ。自分の通っていた高校とは違い、専用の球場で行う。そんなことに感動していると集合の合図があった。
「おはようございます。皆さん今日は各自全力で悔いのないトライアウトにしましょう。」
きっと偉いであろう中年の責任者から挨拶があった後、トライアウトが始まった。周りを見てみると自分が最年少であった。
独立リーグのトライアウトは二次試験まである。二次試験に合格した人は独立リーグのドラフト会議にて指名される。つまり、その時に指名されれば、合格であり、無ければ不合格である。紙での通知は無い。なんとも粋な合格発表だろうか。一次試験の内容は五十メートル走、六十メートル送球、その後野手はシートノック、投手はブルペンにて球速測定などが行われる。山下はここにおいても両方での挑戦。関係者からは何度も確認されたが無事に受験することが出来て良かった。
五十メートル走 六・二秒
六十メートル送球 問題なし
その後先にシートノックを受けることになった。左で遊撃手の位置へと向かう姿を見て、周りの受験者は目を丸くした。
「君、ショートやってるん?」
「はい、初めて見ますよね?セカンドの方ですか?ゲッツーの時は慣れないと思いますが、よろしくお願いします。」
「おう、お互い頑張ろうな。ところで君の名前は?」
「山下翔です。高校三年です。」
「高校生!若いね。俺は曽根悠馬、大学生です。」
大学生か、緊張であまり周りの人を見れていなかったが、多くは曽根さんと同じくらいの歳で大学生であろう。みんな体格が一回りは大きいわけだ。
いよいよシートノックが始まった。はじめはオールファーストからスタート、捕球後ファーストへと送球するだけだが、左投げには工夫がいる。その工夫とは捕球時の姿勢にある。正面であれば捕球時に左足を少し浮かせておく。そうすることで一塁側へ素早く体重移動ができる。シングルで捌くときも一緒の感覚だ。逆シングルは送球が楽なのであまり深くは考えない。
シートノック中は、各選手が大きな声を出している。山下自身はこの文化があまり好きではない。連携の為、お互いに大きな声を出す必要は分かるが、ノック中にもはや何を言っているのか分からない大きな声は必要がない文化だと思っている。自分は大声大会に出場しに来たわけではない。野球をしに来たのだ。心の中で自身の野球論をつぶやいていると、次は山下の順番が回ってきた。
「はい、お願いします!」
必要な声は大きく出す。
「カンッ!」
ノックバットから放たれるボールは山下のほぼ正面に向かってくる。「オッケー、イージーボール。」グラブを下から出し、捕球後は軽快なステップでファーストへ送球。
周りと遜色なくプレーしている姿を見て、他の受験者は興味半分でその姿を見ていた。
オールファーストが無事に終わり、次にゲッツー連携が始まった。六―四―三、四―六―三、
内野手にとって腕の見せ所だ。自分もこの練習は人一倍努力してきた。ここにも山下の工夫が存在する。前の人が終わり、自分の番が来た。立ち位置は二塁ベースと三塁ベースを直線で結んだ線よりも後ろ側、内野がアンツーカーであれば、芝生から一歩手前くらいの位置である。
「次は、君の順番だよ。」
「ノック受けるならもう少し前にいないと誰が受けるのか分からないよ。」
立ち位置がみんなとは違うので順番が来ていることを知らないと思った受験者が声をかけてくれた。
「いえ、自分はいつもここら辺なので、大丈夫です。ノックお願いします!」
「カンッ!」
ボールは正面よりも少しセカンドベースより、右投げなら捕球後、スナップスローで送球する中、左投げの山下はボールの正面へ入り、グラブをシングルの位置に出す。そのままボールはグラブの中へ入ったと思ったらセカンドへと向かっていた。予想外のプレーにセカンドは落球していた。セカンドはノック前に話した曽根さんだった。目を丸くしている。普通なら逆シングルで捕球しスナップスローをするところを、山下はグラブトスをしたのだ。それも打球の勢いをそのままに。これは自分自身でたどり着いたゲッツーの取り方。セカンドベースに近い距離ではないとできないが、工夫の一つだった。スナップスローには左の場合、体反転させる必要があるのでタイムロスが生じる。そこで考えたのが、自身の立ち位置とグラブトスだった。掴んではいけない。グラブを開いたまま、面で打球の方向を少し変えてあげる。そうすると自分が投げるよりも早くセカンドへ渡せる。しかし、打球速度が速いとボールの速度も速くなる。慣れていないと捕ることは難しいだろう。トライアウトという場でこのようなプレーはしない。きちんと捕って送球するいわゆる日本の守備だ。この場合は、トリッキーなことをした山下が悪いのか、落球したセカンドが悪いのか。初めて顔を合わしプレーするこの場でこのような思いやりに欠けるプレーした方があまり良くない気もする。
「すみません。いつもはこんな感じでしてて、、、」
山下は曽根さんの元へ駆け寄り謝りに行く。
「いいよ、いいよ。取れなかった俺も悪いし、ごめんね。」
「いえ、思いやりに少し欠けることだったと」
「そんなことより、すごいね。プロ野球というかメジャーに近いプレーというか」
「はぁ、ありがとうございます。」
少し、嬉しかった。内野をすると決まった日からYouTubeでありとあらゆる動画見た。中でもMLBの選手には目を引かれるものがあった。打球をすべて正面で捕りなさい。両手を揃えなさいと堅実な守備を教える日本とは違い、体のバネを生かしたような超人的なプレー、エラーも目立つが、そのアウトを取りに行くプレースタイルに魅かれた。野球はゴロをエラーせずに捕るスポーツではない、アウトを取るスポーツなのだと気づかされたものでもある。
「別に気にせずに、自分のプレーをしてくれていいよ。俺もそうするし。」
優しい人だ。この人は合格するだろう。してくれないとおかしいと思っていると、トライアウトの関係者から声をかけられた。
「山下君はどこにいるかな?」
「はい、僕です。」
「君は、投手希望もあるんだよね。各球団からどれくらいの能力か知りたいから、希望をするのならブルペンに入ってくれと言われてるのだが、どうする。」
ドラフトは内野手で指名し、入団後に投手にもなる。これは可能なのだが、高校時代の記録があれど、実際の目で見ないことには、投手としての能力は測れない。財政が厳しい独立リーグにおいてギャンブルでの獲得に利益は無いのだ。
「はい、可能であればお願いします。」
「じゃあ、今すぐブルペンへ行ってくれ、ほとんどの選手は終わっているから少し急ぎ目でお願いするよ。」
「はい、分かりました。今すぐ向かいます。」
チューブなどのアップは事前に済ませていたので、ブルペンにすぐ入り投球を開始した。野手をした後なので、感覚を投手へと移行させなければならない。十五球ほどたち投げを行った後、キャッチャーの方に座ってもらい、本格的にピッチングを開始した。持ち球は、ストレート、カーブ、縦と横のスライダー、ツーシームだった。Maxは152キロ。今日のブルペンでも平均150キロ近くは出せた。三十球ほど投げたところで、
「オッケーです。ここらへんで終わりましょうか。」
と言われたので、投手としての試験は終了した。これで、一次試験の内容すべてが終了した。周りの受験者はすでに終わっていたようで、ベンチやダグアウトで少し休憩しながら結果を待っている。
「これで、皆さん一次試験は終了ということで、結果を整理したいので、十五分後に再度ここに集合してもらい、結果発表ということでお願いします。」
山下も慣れない環境のせいか、少し披露を感じた。しかし、今は結果の方が気になり椅子に座って休むということが出来なかった。

ソワソワしながら待っていると、曽根さんが声をかけてきた。
「お疲れさま、投手もやってるの?本当に珍しいというか」
「そうですよね、皆さんは各ポジションに絞って勝負しにきているのに、自分みたいに複数受験は少しズルいような気もします。」
「まぁ、そう思う人いるかもしれないね。でも俺はできるならした方が良いと思うよ。多くの選手がいて君みたいな選手が出てきていないのは、練習量や気持ちの面、技術力とか色々な壁があって、それじゃあプロにはなれない、スタメンをとれないと思って、諦めたんだと思う。でも君は今それをできている。できているのなら問題ないと思うけどね。それが合格するかは別だけど。」
そう言われるのは初めてだった。これまでの人生で馬鹿にされたり、スタメン獲得の度に、お前がいなければと言われたこともある。初めて会う人にこのようなことを言われると嬉しかった。それだけでも、今回受験した価値があると思えた。
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