そのコーヒーはどんな味?
文字数 1,991文字
帰りに、飯塚先輩からカフェに誘われた。
飯塚先輩は文芸部の2年生。コント職人の台本書いている方の風貌。
文芸部は純文学派とラノベ派に二分されていて、そして推理小説派は、私と先輩の二人だけ。
先輩と一緒に学校を出て大通りを歩く。1月の風は冷たいけど、お喋りをしていれば気にならない。
「秋山さん、前に『カフェ☆すばるの事件簿』好きって言っていたよね」
「はい。意外と複雑な後味の推理もので。お正月にやったドラマも面白かったですよ」
「俺も観た。事件が解決したのに、マスターがいろんな仮説を蒸し返すんだよなぁ。最初のちょっとした聞き込み情報で、事件とはまったく無関係な会社の助成金不正取得を突きとめたのには驚いたけど」
「そうそう “仮説が滴る ” 」
「 “シリアスとコメディの配合 はいかが” とかね」
二人でお約束セリフを言い合う。
先輩は足を止めて、
「ここ。この喫茶店、カフェすばるに似ていると思わない?」
あ、本当、ドラマのカフェすばるにそっくり。
7階建てオフィスビルの1階にあるレトロな喫茶店、その名は『喫茶ひいらぎ』。
「入ろうか」先輩の後に続く。
カランコロンと鳴るタイプのドア。これもよし。先輩と目配せをして頷 き合う。
店内も古く、やる気の無さが漂う、そして微かにジャズ?
テーブル席につく。
小柄なおじさんマスターが、カウンターの禿 げたおじさん客とぼそぼそ会話している。ドラマと違ってイケオジではないが、そこは目をつむろう。
キツネっぽいウエイトレスさんも小説通り。
私たちは小説に則 り、ブレンドコーヒーを注文した。
私と先輩はコーヒーに砂糖とミルクを投入し、一口ごとに「重厚なボディ」「芳醇なフレーバー」などと小説のセリフを言い合った。
「先輩、カフェすばるの再現率75%、合格でございます」
「ようございました」胸に手を置く先輩。
「ウエイトレスさんから “刑事さん、事件を持ち込まないでください!” が出れば100%でした」
「無理だ。しかしお客さんが全然入ってこないね。この店、大丈夫なのかな」
私たちは小声で話していたつもりだったけど、カウンターのおじさん客が振り返り、
「この喫茶店、閑古鳥 でつぶれそうって思った? 実はマスターはこのビルのオーナーだよ。入居している会社から家賃がいっぱい入ってくるの。あんまり所得が出ると税金がかかるから、この赤字喫茶店は税金対策なんだって。悠々自適 ってやつ」
マスターを見ると「そんなことないよ」と首を軽く左右に振りながら余裕の笑み。
私はそのとき「へえ」という顔をしただけだったけど、帰ってからお風呂の中で「知らないことがあった」とじわじわ悔しさのようなものがこみ上げてきた。
私は負けず嫌いなのだ。
***
週明けに私は、隣の席の黒田君に喫茶ひいらぎの話をした。
黒田君はクイズ部の金融経済担当。あだ名は「黒田総裁」。お父さんは公認会計士らしい。たっぷりとしていて貫禄がある。
「それ、あるある。赤字経営にもメリットがあったりする。そして店舗が所有か賃貸 かで全然違ってくる。税金対策のコーヒーかぁ、味わってみたいな」
今度は私が黒田君を喫茶ひいらぎに案内した。
店に入る前に黒田君は、
「大通りに接面 していて立地もよし」
店内に入るや否や、
「設備投資していないこの古さ、ローンの匂いがしない。あったとしてもビルの修繕費ぐらいか」
とブツブツ。黒田君は早口だ。
そして私たちはまた、ブレンドコーヒーを注文した。
黒田君はそのまま砂糖ミルク無しで一口飲むと、
「これが節税の味か~」と唸 った。
私もブラックのまま飲んだ。私は負けず嫌いだから。
「節税の味ってどんな味なの?」
「資本の重厚感、貸借 のバランスの良さ、維持力を約束したどっしり感。ローンの雑味 も無くすっきりとして後味がよい」
「例えば、他の店はどんな味がするの?」
「駅前にオープンしたカフェあるでしょ、あそこ家賃高いだろうしローンも抱えてそうだから、ちょっと酸っぱい味がしそう」
「酸っぱい味?」
「あー、資金繰りきついんじゃないかと想像すると自然に酸味が」
「あそこお洒落でお客さんいっぱい入っているよ?」
「流行っている店は従業員の人件費もそれなりだし」
「外見と内情は別なんだね」
「そう、派手さに騙されちゃいけない、FC 残酷物語もある。超地味でも家族経営の商店の方が持久力があったりする」
「知らない世界だ……」
***
そのあと私は急カーブで進路変更し、大学は経営学部へ進んだ。
簿記に興味が湧いたからだ。
簿記という公式ルールをマスターし、仮説を組み立て将来を推理する。
利益が出たといっても、それは本業で稼いだものなのか、経費の削減、リストラなのか。
リアル推理小説のつもりで決算書を読んでいる。
文芸よりこっちの方が私には合っていたみたい。
今でも古い喫茶店を見ると喫茶ひいらぎを思い出す。
みんな元気かな?
飯塚先輩は文芸部の2年生。コント職人の台本書いている方の風貌。
文芸部は純文学派とラノベ派に二分されていて、そして推理小説派は、私と先輩の二人だけ。
先輩と一緒に学校を出て大通りを歩く。1月の風は冷たいけど、お喋りをしていれば気にならない。
「秋山さん、前に『カフェ☆すばるの事件簿』好きって言っていたよね」
「はい。意外と複雑な後味の推理もので。お正月にやったドラマも面白かったですよ」
「俺も観た。事件が解決したのに、マスターがいろんな仮説を蒸し返すんだよなぁ。最初のちょっとした聞き込み情報で、事件とはまったく無関係な会社の助成金不正取得を突きとめたのには驚いたけど」
「そうそう “仮説が
「 “シリアスとコメディの
二人でお約束セリフを言い合う。
先輩は足を止めて、
「ここ。この喫茶店、カフェすばるに似ていると思わない?」
あ、本当、ドラマのカフェすばるにそっくり。
7階建てオフィスビルの1階にあるレトロな喫茶店、その名は『喫茶ひいらぎ』。
「入ろうか」先輩の後に続く。
カランコロンと鳴るタイプのドア。これもよし。先輩と目配せをして
店内も古く、やる気の無さが漂う、そして微かにジャズ?
テーブル席につく。
小柄なおじさんマスターが、カウンターの
キツネっぽいウエイトレスさんも小説通り。
私たちは小説に
私と先輩はコーヒーに砂糖とミルクを投入し、一口ごとに「重厚なボディ」「芳醇なフレーバー」などと小説のセリフを言い合った。
「先輩、カフェすばるの再現率75%、合格でございます」
「ようございました」胸に手を置く先輩。
「ウエイトレスさんから “刑事さん、事件を持ち込まないでください!” が出れば100%でした」
「無理だ。しかしお客さんが全然入ってこないね。この店、大丈夫なのかな」
私たちは小声で話していたつもりだったけど、カウンターのおじさん客が振り返り、
「この喫茶店、
マスターを見ると「そんなことないよ」と首を軽く左右に振りながら余裕の笑み。
私はそのとき「へえ」という顔をしただけだったけど、帰ってからお風呂の中で「知らないことがあった」とじわじわ悔しさのようなものがこみ上げてきた。
私は負けず嫌いなのだ。
***
週明けに私は、隣の席の黒田君に喫茶ひいらぎの話をした。
黒田君はクイズ部の金融経済担当。あだ名は「黒田総裁」。お父さんは公認会計士らしい。たっぷりとしていて貫禄がある。
「それ、あるある。赤字経営にもメリットがあったりする。そして店舗が所有か
今度は私が黒田君を喫茶ひいらぎに案内した。
店に入る前に黒田君は、
「大通りに
店内に入るや否や、
「設備投資していないこの古さ、ローンの匂いがしない。あったとしてもビルの修繕費ぐらいか」
とブツブツ。黒田君は早口だ。
そして私たちはまた、ブレンドコーヒーを注文した。
黒田君はそのまま砂糖ミルク無しで一口飲むと、
「これが節税の味か~」と
私もブラックのまま飲んだ。私は負けず嫌いだから。
「節税の味ってどんな味なの?」
「資本の重厚感、
「例えば、他の店はどんな味がするの?」
「駅前にオープンしたカフェあるでしょ、あそこ家賃高いだろうしローンも抱えてそうだから、ちょっと酸っぱい味がしそう」
「酸っぱい味?」
「あー、資金繰りきついんじゃないかと想像すると自然に酸味が」
「あそこお洒落でお客さんいっぱい入っているよ?」
「流行っている店は従業員の人件費もそれなりだし」
「外見と内情は別なんだね」
「そう、派手さに騙されちゃいけない、
「知らない世界だ……」
***
そのあと私は急カーブで進路変更し、大学は経営学部へ進んだ。
簿記に興味が湧いたからだ。
簿記という公式ルールをマスターし、仮説を組み立て将来を推理する。
利益が出たといっても、それは本業で稼いだものなのか、経費の削減、リストラなのか。
リアル推理小説のつもりで決算書を読んでいる。
文芸よりこっちの方が私には合っていたみたい。
今でも古い喫茶店を見ると喫茶ひいらぎを思い出す。
みんな元気かな?