二日目 朱矢神社(2)

文字数 3,911文字




 さて、状況整理と参りましょう。
 まず、朱矢には彼の『血塗られた』因習が存在する。それだけでも大きな収穫だ。だがもっと足りない。もっと何か情報を入手せねばならない。あたしの研究が進む第一歩を、もう少し確実なものとするためには何が必要なのか。
 それは、因習の手段と、その明言が必要だった。
 あたしの今回の目的は因習の研究と――可能であるならば、その因習の排除。
 もし、人喰らいの因習が今もなお続いているというならば、その因習は速やかに排除せねばなるまい。
 排除せねばならないということは、その因習をはっきりとしておく必要があるし、それが誰によって行われているかと言うこともはっきりしておかなくてはならなかった。
 言うことは可能だ。資料だって揃っている。だがそれで諦めて貰える程甘くは無いだろう。実際の所、あたしはそう思っていた。ならば人を殺すことも顧みない。本来は日本の警察機関が働く場所だが、そもそもそんな因習が残っている時点で警察も糞も無い。確実に普通通り動いていないのは確かだ。
 だったらこっちだってその手段を行使しても問題は無いだろう。そのためのサバイバルナイフだ。サバイバルナイフ一つだけじゃあ心許ないが、この空き家には生憎調理器具がそれなりに揃っている。それは勿論、包丁も何種類か揃っているということだ。

「ま、それは向こうから手を出されたら、で問題ないでしょ」

 こちらから手を出すのはフェアじゃあない。フェアである状態に持ち込めば良いだけの話だ。
 状況整理と言ったところだったが、案外それほど内容も進んでいない。ただ因習があることは明らかになった、というだけ。
 ならば、次は資料を探しに行くだけか。
 そう思い、私は次の場所へと向かう。
 目的地は、旧朱矢中学校。現在は廃墟と化した場所だ。
 朱矢中学校は平成二十五年に閉鎖された中学校だ。中学校の建物自体は百年近い築造年があるらしいためか、黒露市の文化財に認定されている。その為そう簡単に破壊することもできないようで、整備こそなされているが、今や廃墟と化している。
 その朱矢中学校はかつてあたしが通っていた中学校でもあるわけだ。はっきり言っていい思い出はあまりない。いじめられていた、とかそういうわけじゃあなくて、ただ単純に人が少なくて思い出の内容自体が少ないためだ。
 旧朱矢中学校は入館が自由となっている。管理は有志によって行われているが、それでも清潔感は保たれており、有志がきちんと掃除していることがよく分かる。
 中に入ると木造の床のぎしぎしと軋む音が校内に響き渡った。校内には誰も居ない様子だった。まあ、こんな辺境の中学校の跡地なんて誰も利用しないだろう。
 図書室まで到着すると、人が居た。最初あたしはぎょっとした目線でそちらを見つめてしまっていたが、その人はこちらににっこりと笑みを浮かべて言った。

「いらっしゃいませ、図書室です。……その様子ですと、はじめまして、で宜しいでしょうか?」
「……え、あ、うん。そうなるわね。自由に使っても?」
「ええ、問題ありませんよ。ここは集落の皆さんにも、それ以外の方にも使っていただいていいように、自由解放しておりますから」
「そう。なら、自由に使わせて貰うわね」

 そう言って、あたしは歴史書のコーナーへと向かう。歴史書、つまり村史を探すためだ。
 かつてこの朱矢は村だった時代はある。今こそ黒露市の一地域であるが、村だった時代も存在しているというわけだ。そして、因習が書かれている内容は、村史に記載されているということだ。
 あたしは歴史書のコーナーをひたすら何度も見ているが――しかし、見つけたい内容は見つからない。
 そこであたしは思い返す。確か鍵付きの書庫に入っていたような気がする。となると……今そこに居る司書に許可を得ねばならないのか。そいつは厄介だな。もし怪しまれたら今後の調査に影響を及ぼす可能性すらある。
 だが、一応確認しておく必要はあるだろう。そう思って、あたしはカウンターへと向かう。

「ごめんなさい、ちょっと確認したいことがあるのだけれど、鍵付きの書庫を見ることは出来る?」
「鍵付きの書庫……ですか? 確か、一個も存在しないはずですが」
「存在しない? そんなことは無いわよ。だってあたしは数年前ここで見たはずだもの」
「そうは言われましても。……ああ、でも鍵付きの書庫に入っていた書物は全て大類家が持ち出していたような……」

 先を越されたか。あたしは心の中で舌打ちする。
 仕方が無い。何も収穫は無いが、これ以上ここに居る理由も無い。そう思ったあたしは司書に一礼するとその場を後にするのだった。
 旧朱矢中学校を後にしたあたしは、そろそろお昼時だということに気づいた。当然だがこんなところにコンビニなど無い。強いて言えば個人経営の商店があるぐらいだろうか。あたしはそこへ向かうことに決めるのだった。


 ◇◇◇


 日下商店。
 立派な木造の看板が掲げられたそこには、堅物の男性がカウンターに立っていた。
 手作りのお弁当と飲み物(ペットボトル)を購入して、外に出る。
 日下商店からあたしのすみかまではそう時間はかからない。あたしは歩きながらこれからのことを考えるのだった。
 朱矢の村史は既に大類家が所有している。それは恐らくあたしのような因習を調べる人間から調べる手段を奪わせるためだろう。そして大類家に向かった人間を――『儀式』に使っているのだ。
 かつて、キリストはワインとパンを血肉の代わりに食したと言われている。
 この集落でもそれに近いことは行われている。
 かつては全ての集落で行われていたことが、今は大類家のみが行うこととされている、というのがあたしの見解。あくまでも、なので証拠も何一つ存在しない。
 ただ、あたしが数年前にここに訪れた時に残されていた村史には因習の記録が残されており、現に因習の犠牲になるはずだった人間も存在しているという。その頃に行方不明になった男子学生がいたことから、結局は彼が『儀式』の生け贄として捧げられたのだと言われているのだが。
 家に入り、電気を点ける。
 手を洗い、喉をうがいして、その後は食事の時間だ。手作りのお弁当とはいえ、まさか朱矢でこんなものが食べられるとは思いもしなかった。
 ちくわの天ぷらに、白身魚のフライ、シャケの切り身に、卵焼き、ミートスパゲッティにハンバーグ、ご飯には醤油風味の鰹節に海苔がのせられている。漬物はサクラ大根。うん、オーソドックスだが、こういうのでいいんだよこういうので。
 ちくわの天ぷらを一口。さくり、と衣の揚がった食感がする。揚げたてといった感じだろう。少し時間が経過してしまうと脂がしみこんでしまいサクサクとした食感が無くなってしまうからな。あたしも料理はしないけれど、こういうものには口うるさいんだ。
 ご飯は少し固めに炊かれている。それもまた有難い。あたしは固い米が好きなんだ。

「……さてと、取りあえず今日得た情報をまとめることにしましょうかね」

 弁当をある程度食べ終えたところで、あたしは鞄からルーズリーフと万年筆を取り出した。パソコンでまとめるのがメインだけれど、実際にメモ書きをするのはルーズリーフだ。なぜならずっとパソコンで書いていると、実際の『書き文字』を忘れてしまう、と大学の教授から聞いていたからだ。それを律儀に守っているのか、と言われればその通りだ。あたしはそういうことを守って生きている。……生き方は波瀾万丈そのものだけれどな。
 情報は二つ。
 大類家が何らかの因習についての情報を保有していること。
 そして、大類家が因習を未だに続けているということ。

「……ああ、そういえばもう一つあったな」

 もう一つ。
 それは亜貴という少女が穢れに触れないようにしているということ。その穢れが、あたしみたいな他からやってきた人間(実際は、朱矢で生まれた人間だけれど、そのことに気づいていないのか、気づいているのか分からない)だということ。

「それにしても……相変わらず、ここは胡散臭いというか何というか」

 朱矢の胡散臭さは生まれた頃からずっと思っていた。
 『因習』については詳しく知らなかったけれど、朱矢の外に出てはならないということは良く言われていた。なぜそうなのかと訊ねたところ、昔からそう決まっているから仕方ないでしょう、としか言われなかった。普通に考えて思考停止しているとしか言えないのだが、思えばそれは『因習』の所為だったのだろう。
 残りの弁当を食べようとした矢先、声が聞こえた。

「……ごめんください」

 まさかこんな空き家に誰がやってくるのだろうか、なんて思っていたのだが声を聞いていると、誰か聞き覚えのある声にも思えてきた。

「……まさか、亜貴ちゃん?」

 あたしは急いでそちらへと向かう。
 玄関に亜貴ちゃんと思われる少女の影が浮かんでいた。
 引き戸を開けると、亜貴ちゃんは涙を流しながらそこに立ち尽くしていた。

「どうしたの、急に……突然」
「ごめんなさい、ごめんなさい。けれど、どうしても話をしたくて」
「いいわ、取りあえず入りなさい」 

 あたしは彼女を家に招いた。とにかく話を聞いてあげようと思ったのだ。そもそも泣いている状態の彼女をそのまま置いてやることなんて出来なかった。出来るとするならば、そいつは悪魔だと思う。それぐらいの所業だ。
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