第1話

文字数 589文字

 ドブ、もしくは夏の水田とか、そういったところにいっぺんは落ちてみるものだ。

 人はその思い出を恥じ、伏せる。しかし割と多くの人が子どもの頃や、もしくは長じてからもドブにハマっていたりするものだ。でも、なぜ自分が――と、ドブなり水田なりへ落ち、天を仰ぎ見そして、帰ってからも叱られる。ああ、ダブルパンチ。なんて夏休みだ! そう、狙い目は夏休み。水かさも増え、ドブも田んぼもハマるための水量が十分である。いつでもおハマりください、だ。

 落ちたあとの話をしよう。人はその経験を隠しているが、ひとたびドブトークとなると『秘密の打ち明け話』にも似たムードをだって醸し出せる。ドブにハマった人って結構多いんだよね、そうだろう、いやそうであってほしいっていうかそうあるべきだ! ――この期待は話をさらに弾ませる。本当はみんな話したいのだ。「おれ、笑っちゃうんだけどさー」と、酔いの回ったタイミングで切り出そう。「中二の頃、田んぼに自転車で突っ込んでさー」「え、マジー? アタシもねー実はねーウフフ」あとはお好みに、である。

 そう、この話題は大変とっつきやすく、またシリアス要素が皆無なのでTPOを選ばない。意中の人とのドブトーク。あの子も実はハマっていたんだ。ドブで深まるふたりの縁。ドブが深けりゃ絆も深い。あの夏の苦い思い出は無駄じゃなかった。今からでも遅くはない。行こう、あの夏のドブへ。
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