第2話

文字数 1,866文字

 そういえば、俺の家族や勤めていた会社の連中はどうしているだろうか。
と言っても俺はただの平社員であくまで歯車の一つでしかなく、俺の代わりになる人間などごまんといるはずだから、大袈裟な事態になりそうにはないな。
ならば、家族はどうだ。息子はまだ一歳になったばかりで父親の必要性などこれっぽちも、むしろ俺の顔も覚えていないだろうから、残念ながら心配なさそうだ。では妻は、あいつは・・・あいつは人一倍諦めがいいし切り替えの早い賢い奴で、まして女で、男より順応性に優れているらしいから、既にどこか適当な働き口を見つけたかもしれない。それに、俺が働いて持って帰る金なんてのはほんの僅かで、それも、三分の一ほどは俺の酒代に消えているとぼやいていたから、あいつが働いた金をすっかり生活費に充てたのであれば、或いは俺がいない方がゆとりのある暮らしができているかもしれない。・・・なんだか腹が立ってきた。俺がいた頃より裕福に暮らしていそうだ。くそ。そりゃ確かに、俺が酒を飲まなければ毎日の昼飯が絵に描いたような日の丸弁当にはならなかったかもしれない。が、俺にはこれといった趣味もなかったから毎晩をやり過ごすのには酒でもなければやってられなかった訳で・・・
 まぁいいか。今更になって腹を立てても仕方がないし、どれだけ言い訳をしたところで俺はあいつらに詫びることも出来ないのだ。俺は消えてしまったのだから、もう俺にどうこうできることなどないのだ。俺などいないのだ。

 それはそうと、そうだ。肝心なことを忘れているじゃないか。
 そもそも、どうしてこんなことになってしまったのか、だ。消えてしまったことの直接的な理由ではない。存在を失ったことの理由はわかっているからいいのだ。それこそ、もうどうしようもない。恨んで元に戻るならいくらでも恨もう。
 しかしそうではなくて、最も根本的なところでだな、何故、何がどうしてどうなってあんなところへ行ってしまったのか、だ。それが問題だ。そうだ。問題はこれだ。あぁ、何故今までこんな重大なことに気付かなかったのだ。これこそが気付かなければいけないことではないか!
 俺は、何をしていた?
 あれは、いつ、どこにいた時のことだ?
 どんな服を着ていた?
 何か持っていなかったか?
 思い出せ。考えろ。思い出すんだ。
・・・えーと、俺は、俺は会社に居て、いや、会社ではなかったか。では休日で家に居たのか?それも違う気がするな。はて。それならば俺は学生だったか?いやいや、サラリーマンだったな。妻と息子がいたのだ。そう、だったか?息子はいくつだ。歳もわからぬ息子は俺の息子とは言えないな。では、妻と二人で暮らしていたサラリーマンで・・・妻か。つまり家内だな。嫁さんだ。どんな、女だったかな。たしか、髪が長くて色白で・・・いやいや待て。妻だとか家内だとかいう以前に、俺は結婚していたのか!顔も思い出せぬ女と結婚などするか?となれば俺は独身で一人暮らしをしていたのだ。社員宿舎、ではなくて、安アパート、でもなくて、では実家か、実家におったのだ、両親と三人で・・・親父はまだ生きていたか?お袋は?兄弟はいなかったか?・・・俺に、家族はいたか?俺に・・・
俺は・・・


 そうか。
 俺は消えたんだ。
 わかっていることといえば、これだけか。
 どこでどうやってどんなふうに生きてきたどんなような人間なのか、まったく失ったのだな。
 存在が無くなるというのは、こういうことか。
 実に虚しいことだ。
 虚しいとは、こういうことか。













 ふと気がついた時、俺の周りには何も無かった。
・・・いや、逆か。俺が何も無いところにいたのだ。
見渡せる限り「そこ」には何も無かった。
何も、というのは、何も、という意味だ。わざわざ説明をするとすれば、建物や自動車や草花、天井や床も以ての外で、すべからく空も風も太陽も、一切合切、何も、無いのだ。
しかしそこに、俺は居た。床が無いわけだから立っていたというのではなく直立姿勢をしていたというのが正しいだろう。それも、落ちている感覚も浮いている感覚もなく、だ。
「ここは、どこだ?」
俺はそこがどこなのか考えた。考えてしまった。そんなところがこの世にあるなどと聞いたこともなかったし、いや、だから、そもそもそんなところは無いのだ。そうだ、無いのだ。だから俺は消えたのだ。存在しないところに俺が存在できるわけはなく、ましてそれに気付いてしまった。だから、消えたのだ。
 つまりそこは、がらんどう。
がらんどうは何も無い。俺などいるはずもない。だから俺は消え























ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み