#1 〇〇が描きたいんですと言うけども

文字数 1,937文字

漫画家さんと新作の打ち合わせの際に
「〇〇が描きたい」と言われることがままあります。

作家のやる気と利益を最大化することが目標の編集者としてのミッションは
作家の「描きたい」欲求を満たしつつ、読者の「読みたい」に合わせていくこと。

でもだからといって、たとえば「サッカーが描きたい」と言われたときに、
何も考えることなく「じゃあサッカーにしましょう」というのは危険です。
サッカーが人気だからとか、もう世にたくさんサッカー漫画があるから、とかそんな次元の低いどうでもいい理由ではなく。

結果としてネームをああでもないこうでもないと何度も直した挙句、
連載という形にならないでしょう。

その理由はけっこうシンプルで
「〇〇が描きたい」の「〇〇」のレイヤーを混同しているから。

3つのレイヤーに分けて考えて整理することで
たとえそれが「〇〇」そのものでなくても
結果的に漫画家さんと読者どちらにとっても益のある作品になりうるという私論を持つようになったのでメモ。

【レイヤー1】は「テーマ」(伝えるべきこと)
【レイヤー2】は「ジャンル」(伝える舞台)
【レイヤー3】は「キャラクター」「ストーリー」(伝える媒体と紹介者)

採番したけど、これは

です。

です。
むしろ読者が摂取・理解し面白がる順番は3→2→1です。キャラ大事。

漫画を描くということを、ビルを建てるということに喩えるならば
「テーマ」は「なぜその建物を建てる必要があるのか。誰のためにどんな未来予想図と需要で?」…思想のデザイン
「ジャンル」は「どんな建物を建てるのか。」…人生のデザイン
「キャラクター」や「ストーリー」は「デザインや間取り」…生活のデザイン
になるのかもしれません。
「サッカーを描きたい」というのは「お寺を建てたい」と言っているのと同じレイヤーです。

話を漫画の打ち合わせに戻します。
「サッカーが描きたい」と言われたときに
編集者としてやるべきだと僕が思うことは
この漫画家さんが【レイヤー2】についての要望を言っているなと理解して、
ではなぜサッカーを描きたいと思ったのか、
サッカーを通して世界(読者)に何を伝えたいのかという【レイヤー1】を深堀りしていく対話です。
その結果、【レイヤー1】(テーマ)としては「組織のルールよりも個の欲望が世界を動かすのだ」ということを世界に伝えたいのだとわかったとします。
そのときに僕はこういう質問をします。

では、そのテーマが読者に十全に満たせることができるのであれば、サッカー漫画じゃなくてもいいですか?

その返答が

YES

、サッカーを描くべきだと思います。

NO

、サッカーを描くべきではないと思います。


逆説的な考え方ですが、レイヤー1が心の底から伝えたいものであれば、どんな手段でも伝わると思っているので、好きなもの、詳しいもの、描いていてテンションの上がるものを描けばいいと思うからです。
マーケティングに長けているのならともかく、僕みたいな普通の編集者が口を出すべき領域ではない。描きたいものを描けばよい。
反対に、レイヤー1が固まってないならば、絶対にその企画はうまくいきません。いくら好きなものでレイヤー2を満たしても、きっと読者の心を動かすものにはならないと思います。
だから「NO」と答えたら、(YESになるまでは)サッカーを描かせてはいけないのです。

長々と書きましたが、要は、テーマをいちばん伝えられるジャンルにしよう。そのテーマとジャンルを毎話飽きずに楽しんでもらえるストーリーやキャラクターを出そう。
ということの言い換えですね。

創作において衝動や欲求はいちばん大事なものです。

眼鏡の中年が描きたい。
チアガールが描きたい。
うちのきゃわいい猫が描きたい。
大いにけっこうです。

でもそれらの欲望がレイヤー2または3であることを自覚して、
レイヤー1についてじっくり考えるべきで、
それこそが「描きたいものを描く」ための有効な方法だと思います。

打ち合わせ時には、今どのレイヤーについて話をしているのかを
お互いが理解しあって対話をしている状態が理想です。

ついでに「レイヤー0」(=この作品がどうなったら成功か)という「共通目標(成否判断)」の設定も、そもそもの打ち合わせを始める前に設定すべきですね。

…という話を、なかなか連載ネームが通らないという後輩に相談を受けて
返答しているときに思ったのでメモとして残しておきます。


















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