友達が目覚めた日 ①

文字数 4,030文字

友達が目覚めた日 1
押してだめなら、引いてみる。

そんな格言が世界にあるように、少女はある時より、こんな格言を掲げた。

『見つからないなら、作ればいい』



(そう…、欲しいものはこの手で作る)

少女はそう改めて決意を固めると、目の前の作業台に横たわる「それ」を見下ろした。

正直、根を詰めすぎなのではないかという程に、少女は作業に熱中していた。

…普段なら、きちんとお風呂へ入り、手入れされているであろう長い紫髪は、汗のせいか前髪がぴったり額にくっついて、不潔さを醸し出していたし、顔に至っては、作業の過程で出たのであろう煤が付着して、とても年頃の少女の身だしなみとは思えない様な有り様なのだから。

しかし、少女はそれを気にも止める素振りは見せずに、せっせと作業台の上の「それ」に、手をかざしてはブツブツと何事か呟く。

横たわる「それ」は、人の形をしている。
金色の髪の毛、きっちり整った顔立ち。胸の前で手を組んで、少女のなすがままにされている。

やがて少女の作業は終わったらしく、額に浮いた汗を手で拭った。

「あとは、仕上げですよね」

少女は作業台から少し離れると、予め準備していたのか…壁に立て掛けた簡素な杖を手に取る。

少女の纏った決して弛む事のなかった緊張という名の糸は、もしも目に見えたならこの日、この時、この瞬間こそぴんと張っていたであろう。

ぐ、と杖を握り、作業台…否、そこに横たわる「人形」へ向ける。
杖を中心に、どこからともなく風が起こる。
そこに微量の魔力が集まっている事は、魔法に携わる者なら直ぐに判っただろう。

「命の神様、お願いよ。これが最後のチャンス、なんだから…」

思いきり杖を振り上げ、そのまま「人形」の真上に振り下げて。

「この子に、かりそめの命を!」

杖から発せられた光が、「人形」を取り巻く。その光景は、まるで妖精の戯れのよう。
やがて光は収まり、少女は緊張の糸が切れたのか、がくんと作業台の端に手をついた。ふー…と大きな息を、吐き出して。

変化は間もなくして起こった。先ほどから微動だにしなかった、あの「人形」のしっかりと閉じられた二つの眼が、ゆっくり開いたのである。それと同時に、少女の耳に聞こえてきた呼吸音。

「…あ、あは、成功した」
少女の言葉を聞いてか聞かずか、「人形」は上体をゆっくり起こすと、開かれたブルーの眼差しを少女へ向けると

「おはよう、ナコ」

女とも男ともとれる、透き通った声帯で話しかけた。
ナコと呼ばれた少女はこの時を待ち望んでいたのだろう、目覚めたばかりの「人形」の手を取り、うんうんと頷く。

「おはよう、クリス!…私の事がわかる?」

ナコは、恐る恐る尋ねた。ここまでは成功とはいえ、肝心の「記憶」というものが「人形」…クリスに備わっていなければ、面倒な事になる。

「安心して、ナコ。みんなわかっている」

その不安を取り除く様に、クリスは微笑んでみせた。その笑顔に、思わずナコにも笑顔が浮かぶ。

「ナコ。本名はナタデココ・レミル。この魔法世界"エワン"でも有名な魔技師、レミル一族の落ちこぼれ。ナコは人形に簡単な命を吹き込む事しかできない。…おまけに凄く内気で恥ずかしがり屋、友達なんか一人もいない。…人間の友達ができないなら、作ってしまえという事で、私、クリスを産み出した。ちなみに、私は完璧な魔法生物を目指して作ったから、この行為は落ちこぼれという烙印を撤回するための手段としても活用できまさに一石二鳥なわけで…」

「わー!わー!…なっ、なんでそんな事まで…!」

ナコは慌ててクリスの口を塞ぐ。

しかし、ナコの手をあっさりと掴んで退けたクリスは、目覚めたばかりだからか…ぎこちない動きで作業台から降りると

「生命を吹き込む魔法の最中に雑念全開だと、余計な知識を与える。…授業で習ったはずだよ」

と、ナコのずれていた眼鏡を丁寧に直した。

「…はぁ。先生みたいな事を言うんだね」

いかにも不満、という顔つきと口調でナコはクリスを少しだけ睨んだが、直ぐに綻んだ口元に手を当てて、ふふふ…と笑う。

「けど、いい友達になれそう…これから、よろしくね」

煤だらけの顔で、精一杯の笑顔を見せるナコにつられて、クリスも微笑んだ。



ぐー………



「あ」
「あ…っ」
突然鳴った腹の虫にクリスが呟き、ナコはぽっ、と顔を赤らめた。
魔法生物には、所謂食欲というものはない。今の腹の虫は必然的にナコのものとなる。

「お腹が、空いているの?」
神妙な顔付きで、クリスは呟く。幾ら友達として作られた存在とはいえ、元々、魔法生物は主人に服従するものなのである。

「そういえば。…クリスに会うために、集中していたから一日何も飲み食いをしてないわ」

思い出したら、一気に空腹が襲って来たらしく、ナコはその場にへなへなと座り込んでしまった。

「水と、食べ物持ってくるから」

地べたに崩れ落ちたナコに目線を合わせるように屈み、気遣う。
魔法生物として、産まれたばかりではあったが…クリスはナコを心から気遣っていた。

しかし、クリスの発言にナコはふるふると首を振り、情けなく眉をハの字にしならせ、同様に情けない口調で信じられない事を口にする。

「食べるもの、ない。買うお金も、ない」

「…は?」

クリスは思わず声を裏返らせてしまった。
…食べるもの、そしてそれを買うお金がないとか、ナコはそんなに貧乏だったっけ?
顔をしかめるクリス。その真意な様子に、まるで何か、いたずらをして叱られてしまった子供のようなそんな表情でナコは口を開く。

「クリスを作るために、まず、魂の入れ物……身体を作らなくちゃいけなくて」
「うん」
「絶対、失敗できなかったから」
「うん」
「……全財産はたいて、高級な素材ばかりを使ったの」
「はぁ」

まだ産まれたばかりのクリスにすら、はっきり判った事があった。
実は、この娘すごーくバカなのではないか、と。

「ナコ。友達を作っても、自分が生きていかないとあんまり意味がないよ」

クリスは、なんとかしなければという様子で立ち上がると、何も言わずに玄関口を目で探ると、そちらに歩き始めた。

「え、あ、ちょっと」
「なに?」

思わずナコは立ち上がり、呼び止めてしまう。
友人たる自分を置いて、何処へ行こうと言うのか。魔法生物として考えたとしても、主人を置いて何処かへ行くなんて、有り得ない事なのに。

「何処へ行くの?」
「…軽く、仕事を。ご飯食べなきゃナコは死んじゃうでしょ」
「そ、そんな。悪いよ。…家まで帰れば、お金くらい」

そこまで言いかけたナコの額に、クリスのでこぴんが飛んだ。あぅ、と情けない声を上げて額を押さえる彼女に、クリスはあくまで冷静に述べた。

「レミルの家に?私を作ったからお金がありませんって言うの?"お前は金銭感覚もなってない、やっぱり落ちこぼれだ"って言われて、いい嘲笑の的だよ」

最もらしいクリスの意見に、黙るしかなかった。嬉しいのだか、悲しいのだか…想像以上に、この魔法生物の完成度は高いらしい。
しかし彼女も負けてはいない。

「クリス一人に、大変な事させられない。私も行「そんな身なりじゃ、仕事なんか貰えないよ。…私が仕事をしている間、お風呂に入って着替えていてね」

今度は、先ほどよりも強い口調でたしなめられた。確かに髪の毛はべたべた、顔は煤だらけ、服は汚れている。正論だ。
ナコはがっくりと肩を落とし、わかりましたというように頷く。それを見て安心したのか、クリスも軽く頷くと、そのまま家を出ていった。




それから、約一時間。
丁度入浴を終え、先ほどと全く同じ服装のまま(同じ服が何着もあるのだろうか…)、濡れた髪の毛をタオルで拭いていたナコの元に、クリスが帰宅した。
仕事が無事見つかったのか、手には籠。
その中には、一日とはいえ絶食していたナコにとってとても魅力的なパンや果物が、申し訳程度に入っていた。

「生き返っ、た…」

それらを食べたいだけ食べ、ぽんぽん、とお腹を叩きながら、椅子の背凭れに寄りかかるナコ。
はしたないよ、と軽く注意しながらも、クリスは何か別の話題があるらしく、直ぐ隣に備え付けられた椅子に座りながら、話をし始めた。

「それでね、さっきの話の続きなんだけど…」
「カンタービレで、何でも屋を…?」

カンタービレとは、ナコの住む町、アニマートの直ぐ隣にある冒険者の為の町であり、各種ギルドを始め、闘技場、酒場、露店の並ぶ…所謂歓楽街に近い町である。

「いつまでも落ちこぼれって言われるナコを見るのは、嫌だからね」

クリスはまるで、ずっと前からナコの側にいて、彼女を取り巻く状況を知っているかの様に話した。

「自立しちゃえば、落ちこぼれなんて言われないものね」
「で、でもー…」

何でも屋って、それは名ばかりで、実はほとんど魔物と戦ったりするんじゃ?
考えただけで背筋が冷たくなったらしく、ナコは自分の肩をぎゅ、と抱きながら話の続きを待った。

「…カンタービレで何でも屋を開いてる人に話を聞いたら、危険な事ばかりじゃないんだって」

クリスの話はこうだった。
確かに、何でも屋という名前がついてくる以上多少は危険も伴うかも知れないが、ナコは見た目からして、か弱い女性(クリスには性別はないが、どちらにも見えるだろう)

なので、危険な仕事は少なく、むしろお使いレベルの依頼が多い、と。

「できそうでしょ」
「うんー…あ。クリス、あなたは何をしてきたの?」
「おばあちゃんの荷物をね、家まで運んであげたの」

その籠の中の食べ物を、お礼ですってくれたんだよ。と、クリスは嬉しそうにつけたした。

確かに、いけるかも知れない。とナコは感じた。今までバイトなどをしたとして、社交性のなさや体力のなさから失敗続きで、そのたびレミルの家からは呆れられる毎日だったが、今は状況が違う。
頼りになる友人がいるのだから…

少し戸惑いながらも、ナコは深く頷いた。
――友人を求めると同時に、今までの自分を変えていきたいとも思っていたから。


わたし、がんばるよ。
もう、みんなに、落ちこぼれなんて絶対言わせない。
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