十四、闇の世界を握り潰せし

文字数 1,070文字

――詩を書いた。

「闇の世界を握り潰せし」

私は其処に何かの兆しがないかと眼前の闇を只管に凝視す。
――(なに)(ゆゑ)か、吾なるものが憤怒の燃え盛る炎と化し、全身には蝋燭の炎が最期の瞬間に一際輝くのに似て力が(たぎ)るのは。
さうして吾は内部の囁きに唆されるやうに眼前の闇の世界を無性に握り潰したき。
――闇の世界? 其は何ものぞ。ちぇっ、そんなものは犬にでも呉れちまえ。
吾ながら珍しくをかしかったので、
思はず苦笑するも、忌忌しき闇の世界はまんじりともせず黙して語らず。
――嗚呼、かうして吾なるものは滅び行くのか! 吾は愈愈(いよいよ)最期の時を迎えしか!
さう私は独り言ちてはむんずとか細い手を力なく伸ばしては内部に滾る力を一心に手に込めて闇の世界を握り潰せし。
すると、闇の世界は静寂を邪魔せしものの出現で憤怒の声を上げし。
――何するものぞ! 世界と呼ばれしこの吾をだ、握り潰して変へやうとする不遜な輩は! 吾が貴様に変へられやう筈もない! ぶはっはっはっ。
だが、ふと漏らしたその哄笑で世界は存在を始めし。
さう、存在しちまったのだ。
闇の世界は虚しく響く哄笑を発せし為に
図らずも意に反して存在を始めし。
その刹那、闇の世界は呻き。
――しまった!

このやうにして
世界は始まりし。
だが、宇宙は未だ微睡みの中。
待つのは巨大な巨大な巨大な鉄槌を振り下ろせし神の一撃のみ。
さうして宇宙は始まりし筈が、
当の宇宙は生まれたがらずあり。
而して神の一撃は振り下ろされたし。
さうして宇宙、開闢す。

けれども、闇の世界は私とともに再び業の中に埋没す。

 この詩が闇尾超の断末魔か。最期に闇尾超は世界を握り潰したといふのか。其の思ひと共に闇尾超は浄土へと出立したのか。余りにも苛烈な人生といふ外なし。遂に闇尾超は杳体の何たるかの扉を開き、虚体を超克した。これは見事といふ外にない。闇尾超よ、やったな。
 私は自然と涙が零れ落ちてゐた。この涙は哀しみといふよりも歓喜によるものに違ひないのだ。一足先に闇尾超は埴谷雄高を超えていった。何たることだ! 闇尾超は確かにこの世の秘儀を見たのだ。いつまでも捉へられぬ存在を遂に闇尾超は引っ捕まへた。こんなに嬉しいことはない。
 さらばだ、闇尾超。貴君の成し遂げたことは直に世界を震撼させる。今は何のことか分からぬ人も遂には闇尾超の偉業に頭を垂れるのだ。さうして誰もが覚醒し、此の世の不合理に対しての道理を見出し、己の有意性を保つに違ひない。闇尾超よ、お前はど偉いことを成し遂げてしまった……。
                                          完
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