沼の話

文字数 1,620文字

 わしの子供の頃の話や。村の子供がバタバタ死んでいくちゅうことがあった。みな、十六になるかならんかの年齢までに急に熱が出てころっとおっ()んだり、身体の丈夫なやつでも気がおかしいなって川に身を投げたり。
 山奥の小さい村に、二百人くらいがちぢこまって生きとった。となり村は関係ない、この村の子供だけなんや。医者にみせるも原因はようわからへん。平家の落人をこの村で匿ってた祟りかもしれんとか、大人が勝手なこと色々いうて、祈祷師呼んでお祓いもしてもろた。せやけどやまへん。しょうないから子供は小学校出したらすぐに大阪や京都へ奉公にやって、十六の時分にこの村におらんようにしとった。
 それがな、穴掘りの子ぉだけは大丈夫なんや。村自体が貧しかったけど、なかでも二軒ある代々の穴掘りはえげつない貧乏や。貧乏人の子だくさんいうて子供もぎょうさん、二軒だけで十二人ほどはおって、そのどれもがぴんぴんして十六過ぎても元気に穴掘っとる。
 あいつらのとこだけなんで大丈夫なんや。そら穢れたやつらやし、人間やないから仲間の悪鬼に護ってもろとんのやろ。そう言うて村のもんは納得しとった。えげつないこと言いよるよな、穴掘って仏さんを埋めたり、落葉にまみれた墓の掃除をするのは誰かがやらんならん仕事やのに。
 穴掘りの二軒は村の共同井戸を使わせてもらえなんだ。二軒は村の一番低い湿地のとこにあったんやけど、その湿地の一部が沼になっとって、穴掘りたちは沼の水を汲んで煮炊きや洗濯をしとった。村の墓地は沼のそばにあったから、まあ、死人が出たらすぐ仕事にとりかかれる、ちゅうわけやな。
 ある日、京都の大学の偉い先生が村長に電話してきたんや。この村出身の子ぉから話を聞いた。ぜひ村に滞在し、奇病の調査をさせてほしいと。しかし村長は頑として首をふらなんだ。昔から余所(よそ)もんにたいする排他的な空気があったし、十六までに子供が死によるておかしな噂を広められたらかなわんからな。村を出ていった子供が差別されよる。どうかおかしな話を広めないでほしいと、逆にお願いする始末や。
 出ていった子は都会で所帯持って、ほとんど帰ってこなんだ。そらそうやな。広い世界を知ったら村自体が穴蔵そのものやし、いらんわな。そんなんで若いもんがどんどん減っていって、戦後は市に吸収されて今はK村の地名だけが残っとる。
 わしは戦争に行ったけど運よく死なんで帰ってきて、戦後は火葬場の役人になった。親戚のやつらも一緒や。立派な火葬場が建設されて、仕事にあぶれんで済んだのは幸いやったな。
 このホームには十年くらい前から世話になっとる。コロナ騒ぎのとき、ふつうに顔つきつけてしゃべってた人が急にえげつない咳して死んでいく、そういうことが幾度かあったのに、わしは一度もかからなんだ。わしもワクチン打たれそうになったけど、注射が嫌いやから全力で拒否した。はしかやインフルエンザもワクチンは打ったことないけど、かかったことない。生まれてこの方、大きな病気したことないのや。親戚のやつらもだいたい丈夫やし、長寿や。
 小さい時分から沼の水を飲んでたからちゃうかと、わしは思てるんや。雨がふれば墓地にしゅんだ水が沼に流れ込む。テレビで、免疫がどうのこうの言うとった。わしは学がないからうまいこと説明できんのやけど、仏さんから浸みでた水で、うまい具合に免疫がついてるのとちゃうやろか。
 わしは明日、百十六歳になる。国内最長齢いうことでいろんなしらん人に、市長にも県知事にも盛大に祝ってもらえるらしい。テレビも取材に来るねん。長寿の秘訣はなんですかって今までさんざん何度も訊かれたことを、明日またしゃべらんならんのやけど、いつも通り「なんでも好きに食べて、よく笑うこと」って答えるつもりや。沼の話はよう言えん。
 せやから、この話は日記に書きつけとく。わしが死んだら棺桶と一緒に焼いてもらうつもりや。ああ、なんか眠なってきた。ほな、寝るわ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み