第1話 心魂の元

文字数 8,991文字

 藍褐 天藍(あいかち てんらん)はいつもの様に色んな惑星模型や闡幽士のポスター、惑星から取れた素材が散見する部屋を出て洗面台へ向かう。顔を洗うと毎度の事、母親が自身の醒魔技能を使いタオルを浮かせ渡してくる。そのままリビングへ入るとL字のソファの横には角が揃えられた広告が積んであった。一番上の新オープンのレストランとそのメニューを目に入れ、テーブルへと目線を移らせる。
「・・・」
「有難うは?」
 メニューに脳内を奪われ、お礼を忘れていた。あのくらい自分でも出来ると胸底では思い苛立ちとこっぱずかしさが態とらしい態度となって表れ、椅子を引きながら適当に答えてしまう。
「あ・り・が・と・う・ございますぅ」
「はい、どういたしまして♪」
 何でか知らないが嫌味のようなお礼の時は嬉しそうにする母。
「朝ごはん出来てるから早く食べなさい♪」
「分かってるよ」
 聞こえない様に溜息をし席に座りご飯を口に運ぶ。
「天藍おはよう」
 既に食べ終えた父はソファの中央で新聞を広げていた。
「おはよっ父さん。てか母さんに言ってよ!タオルぐらい自分で取らせろって。可笑しいだろこの年になって母親にこんな事してもらってるなんてさ。知られたら笑われるだろ!」
「いやいや、好きにさせてやれ。世話を焼きたいんだろ。あっそうだ。ママ!今日は仕事が遅くなるから先に皆で夕飯食べて・・」
「はいはい。分かったわよ。じゃぁ今日は外食にでも行きましょうか♫」
 母は父の話を遮り妹と弟の朝食を小さな踊りをしながら盛り付ける。
「ちょっとそれは狡いじゃないか?」
 新聞をくしゃっと閉じ信じられないと言った顔で振り向く。
「私たちを寂しくさせる罰ですよっ!」
 母はおたまで父を指し頬を膨らませる。
「達を付けるな達を!」
「あらいいじゃない、こういう時はお父さんに嫉妬させなくちゃね」
 言い合いをしていると妹の(あき)が降りてきた。その後を縫うように弟の(あきら)が現れる。
「ねぇ朝っぱらからパパとママは何してんの?てかお兄ちゃん今日は早いんだね」
「あっホントだ!兄ちゃん早起きだね」
「おう!おはよっ」
「「おはよ」」
 何時もと同じでハモる妹と弟。
「そりゃそうよ四月から三年生なんだし、終業式の日くらいはちゃんとしてほしいものだわ。二人は今度中学生になるんだからしゃんとしなさいね。あと、今日は4人で外食よ!」
「ホントに?!やったね兄ちゃん!」
「そ、そうだな」
「お兄ちゃんは嬉しくないん?」
「いや・・俺もうれしいぞ」
「えっ・・・お父さん居ないんだぞ・・・」
「え~その顔してる時は嘘ついてる時の顔だよ~」
 妹の丹は父の嘆きももろともせずに天藍に指摘する。
「゛ん゛ん。今日は早く起きたんだ、盛近(もりちか)先生のとこに挨拶してから学校に行きなさい」
「はぁわかったよ・・」
 朝食を食べ終えた天藍は制服へと着替えて隣の空五倍子(うつぶし)道場へと足を運んだ。石畳を抜けると道場では激しい殴打の音が重なっていた。道場の入り口から様子を伺いひと段落した時に入った。
「おはようございます。盛近師範」
「おう、今日は寝坊助ではないようだな」
「えぇまぁ」
「どうだやっていくか?」
「いえ、今日は終業式なので」
「そうだな、じゃあ帰って来てからやろうかね。沙羅(さら)も切り上げて行く準備しなさい」
「はい!」
 天藍は玄関前で待っていると妹と弟が家から出てきたところだった。
「兄ちゃん沙羅さん待ってるの?」
「そうだよ」
「じゃぁ僕たちは先に行ってるね」
「既にお兄ちゃん沙羅さんに手を出していたりして・・・」
「出してないわ!さっさと行け二人とも」
「「はーい」」
「ったく」
 2人と入れ違いになった沙羅。
「待ったー?」
「あぁまぁ」
「こういう時は否定すんのよ」
「分かりましたよ」
「はぁ・・・・てか家に入門してから長いわね」
「まぁね惰性かなぁ」
「うちは惰性でやれるほど軟じゃないんですけど!」
「いや、分かってるよ爺さんの功績もさ入門時もそうだけどその内容の厳しさもさ・・・でも」
「あぁ、持病の事?」
「そうそう、本当は然るべき方法でなきゃ得られない星気光が先天的に生成されるって病気。かといって醒魔技能は使えない。でも星気光の御かげで身体強化出来るからな下駄履いてる気分なんだよな」
「いっっっっつもそんな事言ってるわね。お爺ちゃんがそんなんで面倒見るわけないでしょ。それはあんたも分かってる事でしょ」
「まぁそうなんだが」
「てか、あんた来年から三年で進路とか考えてるの?」
「おう!闡幽士になろうと思ってさ」
「人気だもんねその職業」
「沙羅はどうなんだ?」
「私はねー道場継ぎたいから普通の高校に行こうかなって。それで剣道とか居合とか柔道の昇段試験を受けようかなって。天藍はどうして闡幽士になりたいの?」
「ん?・・んーと。他の星に行けるってワクワクすんじゃんか。どんな生き物が生息しているとかさ。気高い山とかさ。未知を切り開いた時のその瞬間その光景を体感する一人目になりたい。それに、何時か分からないけど小さい時に観たテレビに映った闡幽士のパーティのインタビューの映像が鮮烈で、お互いに信頼しきった瞳、地球上にはない景色を語った時の表情!その時の写真!それが忘れられないんだ!だから、自分で体験してみたいんだ。まぁ一時期兵役しなきゃいけないけど父も母も戦闘向きの醒魔技能じゃないから仮に戦争が起きたとしても前線に行く事は無いんじゃないかな・・・なんて思うけど・・」
「案外楽観的なのね。私だったら碌な能力じゃ前線に送り出すけど」
「お前酷いな・・・」
「いやでも天藍は持病の御かげで免除にならないの?」
「まぁそうなるのかなぁ。その方が両親は喜ぶと思うからいいけどさ」
 丁度、親友の家に通りがかると(けい)が出てきた。
「おっ瓊!おはよ」
 通りがかりの近所のおばさんたちはちらちらと瓊を見てひそひそと話し目はあざ笑っていた。見送りに来た瓊の母の目は汚物を見るかのようで睥睨した。おばさん達はそそくさとその場を去る。天藍はその視線の元を目尻で捉えるが表情を変えず手を振っていた。
「あぁ・・おはよう」
「瓊はどうするんだ進路」
 扉が閉まるまでずっと凝視する母親に薄気味悪さを覚えたが、構わずに話を続けた。
「んーと僕は闡幽師になろうかなって。ええっと師匠の師の字のほうね」
「それって闡幽士よりも上の資格でしょ実技と筆記があるやつよね」
「お前よく知ってるな。興味無いもんだとおもったよ」
「そりゃテレビでさんざんやってれば嫌でも覚えるもんよ」
「その方が親も喜ぶと思って」
 下を向いて呟く。横顔から見える眸は瞳孔が開ききっていた。
「喜ぶねぇ」
 ポツリと放った沙羅の言葉が空気を打った。瓊は奥歯を噛み口角が下がった。
「まぁまぁいいじゃんかいいじゃんか本人がなりてぇって言ってんだしさ」
「そう・・じゃ私は先に行くから」
 何かが気に食わなかったのか早歩きでその場を後にする。
「瓊、俺はさ本当にやりたい事しても良いと思うんだ」
 天藍は声のトーンを下げ瓊の左肩に手を置きながら言った。
「そういってくれるのは嬉しんだけどさ。自分の醒魔技能が良くない可能性を考えるとさ闡幽師の方を持ってた方が選択肢が増えると思ってるんだ。闡幽師の場合、講師としての側面があるから。闡幽士の場合は他の惑星に行かないとお金稼げないから」
「俺はそこまでの資格は要らんからなぁ」
「天藍の場合は取れなさそうだけど・・・」
「なんだと!?お前ぇ。まぁ確かに法令の暗記とか出来なさそうだけどさっ」
「あははは。でも天藍は運動神経が良いから腕のいい闡幽士になるかもね」
「期待してろよ」
「じゃぁまた帰りな」
 そのまま下駄箱で別れて教室へ向かった。
 孫の沙羅と天藍を見送った後、空五倍子盛近は仏壇の前で手を合わせ写真に向かって一言投げかけていた。
「なぁあの子は何処に向かうのかね・・・少し怖いな」
 終業式も終わり校門で待っていると、生徒の大半が校門をくぐってもなを出て来る気配のない瓊が気になり校舎の中まで入り探すことにした。すると数人の聞き覚えのある男子生徒の怒鳴る声が聞こえてきた。
「お前の所為だろうが!責任とれよな!屑一家がよ!」
 そう叫び終わると瓊の左頬を殴った。殴ったのは学校で問題児扱いされている鴨頭草 克(つきくさ すぐる)であった。連れは笑ったり野次を飛ばしたりして、まるでこうなる事は自業自得と言わんばかりな態度であった。呆気に取られていると蹴りを入れそうになった為止めに入った。
「何してんだっ!」
 「何って制裁だよ」
 「制裁って瓊は何もしてないだろ!」
 「何もしてないだぁ?ふざけんなよ!俺の尊敬してた兄ちゃんはこいつの家族に殺されたも当然なんだよ!血は繋がってないけどさ。近所の兄ちゃんだったけどさ。頭良かったんだよ。唯一俺に優しくしてくれたんだよ。先生になりたいって言ってさ。それで去年、此処に配属されてこいつの担任になった」
 「そうだった・・のか」
 「そうだよ!こいつ家の親はモンスターペアレントで有名で小学校の時も何人も先生が辞めたよな!去年だって皆はまたかって顔して、大人は仕方ないって感じ出してよぉ!向き合おうともしなかった。兄ちゃんはこの間死んだよ」
 天藍は息を飲み、瓊は蹲り瞼を力いっぱい閉じて耳を両手で塞いだ。
 「・・・」
 「てめぇの親が教師を一年で辞めたろくでなしてってあちこちでしてたってなぁ兄ちゃんが泣きながら俺に話してくれたよ・・・」
 「だからって瓊は関係ないだろう!」
 「うるさいなっお前もっ」
「わるがったよ。僕がわるかったから。もう止めてよぉ」
「もう辞めろよ。こんな事したってその人は戻ってこないだろ」
「お前もそのたちかよ。良いよなこの痛みを喪失感を体験してないお前らは・・・・言葉だけはいっちょ前だよ」
「ちっしらけたわ。もいいわ。そういえばお前、進路さ闡幽師とか言ってたよな」
「・・・」
「なぁって」
 またしても怒号が教室を響かせる。連れも眉間に皺を寄せ瓊を無言で見つめていた。瓊は声に身体を条件反射の様に震わせた。
「そう・・そうだよ」
「俺もお前と同じ所に行くわ。せいぜい残りの一年楽しめよ・・とことんいじめてやるから」
 近づき口角だけが笑った表情で詰めた。瓊は頽れ腕で戦慄した顔を隠し奥歯を噛み喉に力を入れた。
 問題児の三人はそのまま教室を後にした。
「おい。いいのかよ。あんなこと言ってさ」
「何がだよ」
「だって彼奴の家」
「そんな事分かってるんだよ。俺にはもう大切なものは何もない」
「だからってさ」
「そうだよ。そこまでムキにならなくてもいいじゃんかよぉ」
「お前らだって兄ちゃんに良くしてもらったろ?」
「そうだけどさ・・・今日限りにしようぜ。なぁって」
「俺は許せそうにない。一人でもいい。彼奴の家庭が壊れるなら何だってしてやる。それに彼奴がボンボンなのも見てて腹も立つんだよ」
 二人は煮え切らないと言った表情をしながらも別れた。一人で家に帰った問題児は大きく開いた壁に転がった瓶を蹴りいれた。痛む甲、埃を被った瓶、それを睨め付ける開いた瞳孔。自然と笑みがはちきれた。
「うぅぅ・・ぅうぅ」
 問題児が去るのを確認し依然と泣き止まない瓊の肩を寄せる天藍。
「さぁ帰ろう。瓊。お前が悪いとは思ってないし理解してる人もいるだろ」
「゛う゛うぅぅ」
「登下校一緒に居ようぜ。なっ?」
「・・・う・・ん。あり・・がとう」
「ほら立ってさ。帰ろう」
 其の日は少し遅れて道場へと顔を見せた。師範はいつもより気合が入っており疲れた足で帰宅した。するとアイスを片手に妹が話しかけてきた。
「お兄ちゃん!闡幽士の専門校に行くんでしょ?」
 「いやぁまだ決まった訳じゃないけどさ。そのつもりだよ」
 「でもママとパパのどっちかでも受継げたら安泰そうだけど」
 「あぁ手で丸めた物を自在に動かせる醒魔技能か」
 「あと、パパの投げた物の方向を決められる醒魔技能」
 「両方だったら面白いね」
 「物を丸めて投げたら曲がって曲がって命中!!プロ野球選手も手も足も出ないね!」
 「それだったら父さんの醒魔技能で十分だろ・・・」
 「そ・・・・そうね・・」
 「姉ちゃんバ」
 「゛あ゛あ゛ん?」
 「お姉ちゃん天然だよ~」
 (弟よ先は長く大変だが頑張れよ)
 「てか二人はどっちが良いんだ?」
 「便利なのはパパのよね~」
 「まぁ便利だけど」
 「テッシュとか動かずにごみ箱へシュートできるでしょ」
 「お姉ちゃんらしいね」
 「弟は?」
 「僕は隔世遺伝か初出の醒魔技能がいいな」
 「お爺ちゃんは何だっけ」
 「ゴミとか埃を丸めるやつよ」
 「おばあちゃんは確か自分の体重の三割までの重さの物を浮かせられるんだっけか」
 「そうそう」
 「な~に。おばあちゃんとおそろいがいいの~?」
 「違うよ。お父さんの方の爺ちゃんだよ」
 「筋繊維強化でしょ?でも星気光の運用でも同じこと出来るじゃない」
 「二重掛けにして正義の味方みたいな超パワーを得たい!」
 「またこの子は・・・アニメや特撮じゃないんだからさ。ちなみに過去に同じ事して全身骨折したり一生寝たきりになった人間を知ってるでしょ?テレビ番組とかネットニュースで散々流してるんだから。そんな事考えてるとダーウィン賞に載るよ」
 「あはは、まぁいいじゃないもしかしたら出来てしまうかもしれないよ?」
 「またぁお兄ちゃんがそんな事言うから直らないのよ。たまにはびしっと言ってよね」
 「はっはっはっ。努力するよ」
 6時過ぎに帰ってきた母は私服に着替えて子供3人を呼ぶ。
 「3人とも準備はい~い~?いくわよ~」
 「俺と翠は出来てる。丹はまだみたい」
 「ごめーん。お待た」
 「じゃぁ行きましょう」
 四人で新しくできた近くのレストランに入り山盛りのポテトに500グラムの10種のチーズハンバーグ、ライス大盛りドリンクバーセットを頼む妹と弟、母はパスタ2種類にパフェ3つ、天藍は卵を6個使ったハンバーグinオムレツとオムライスを注文した。
「兄ちゃんはジュース飲まないの?」
「あぁ身体に悪いからな」
「でも此処のフレッシュ果汁で砂糖不使用ってかいてるよ」
「そうなん!よく見て無かった」
「頼む?」
「まぁそうだな」
「すいませーんドリンクバー追加でお願いします」
「はい、かしこまりました。グラスはディスペンサーの横にありますのでそこからお取り下さい」
「はい、ありがとうございます」
 堪能した4人はレストランを出て車へと戻る。家に帰る途中、コンビニの硝子にもたり掛かかりパンを食べている自分と同い年くらいの同性が目に入った。よく見ると瓊を虐めると放ったあの男子だった。左頬はブルーベリーを潰した色をして、シャツの首周りはサイズとは不釣り合いなほどよれていた。それに左手で口に運んでいた。
 其の日は嫌なものを見てしまったと思い、いつもより早く床に伏せた。
 やがて、三年に上がり高校受験や闡幽士専門学校への入学を目指し少しぴりついた空気が濃くなっていった。出来るだけ瓊と一緒にいたが放課後だけ手が出せないと分かると下駄箱を接着剤で開けなくされたり、教科書はシュレッダー、体操着は燃やされ、模試の時に筆箱を隠すといった陰湿なものに。一人でトイレに行けば水を掛けられ見えない所に暴行や火傷を負わされた。
 それでも瓊は天藍に弱音を吐くことは無かった。沙羅も次第に一緒に登校するようになったが二人きりになった時にはいつまでも一緒という訳にはいかないと釘を刺されるしまつ。皆は瓊が虐められてるのを知ってはいたが自分の事で精一杯なのか危うい事には近づきたくないと思ってるのか見て見ぬふりをしていた。話しかけもせず、手を差し伸べもしなかった。きっと問題児の方にも目を付けられたくなかったのだろう。
 そして、卒業まで数か月と迫った今日も一緒に下校した。瓊を家まで送り届け天藍は道場へと向かう。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「今度の模試も良さそうかしら」
「うん。前よりも手ごたえはある・・かな」
「・・母さん。今日も・・・体操着を燃やされちゃって」
「そうなの。予備はあるんだから持って行きなさい。貴方はやっぱり強い子ね。さすがお兄ちゃんね。まぁそういう事をする子は無視するのよ。ちゃんとした躾を受けて無いんだから。世の中には自分で選んだ仕事も碌に出来ない、続けられない人が居るんだから。貴方が闡幽師になりたいのだってお父さんに憧れたからでしょ。お母さんはちゃんと分かってるわ。だからちゃんと資格を取るのよ」
「それに無理してあの子とも仲良くする必要は無いのよ。付き合いは同じレベルの人とって言ってるでしょ闡幽師になれば自ずと出来るわ。心配いらないわよ」
「そう・・だね」
「別に憧れてなんてない。心配なんてない。なんで、なんでいつも決めつけるんだよ・・・くそ・・・」
 気付けば窓に雨粒が当たりトントンと少し先ではざあざあとその二重奏が瓊の聴覚を包んだ。自身へと向けら
 れた言葉は心と共振し頭を支配し責め立てる。自分では肯定してしまいそうになり天藍の言葉で否定をする。あの日からこれが続き今はもう日常になりつつあった。瓊は自分でもこんな不安定な状況で模試の成績が上がっている事が不思議でならなかった。日が出るといつもの様にカーテンを閉め模試の勉強を始めるのだった。
 天藍は試験勉強の休憩がてらに近くのコンビニへと向かった。何気なく新作の飲料とスイーツを眺め珈琲とブドウ糖の飴を買い外に出た。すると例の問題児とすれ違った。この日は帽子を深く被りこの間のように服が寄れていた。俯いたまま店内を回り割引された安い食パンと牛乳を買っていた。レジで会計を済ませたと思ったら店員が腕を掴み騒ぎ立てた。問題児は痛さで顔を歪め引き離そうとしていた。
 天藍は迷わず店内に入り事情を聴いた。
 「一体どうしたんですか?」
 「いやぁこいつがレジに通してない商品があって」
 「それは本当なんですか?」
 「いやっ違う!これで全部だって!」
 「じゃぁこっち来て証明してくれよ!」
 「分かったからよぉ。てぇ放せよなっ」
 問題児は思いっきり腕を振りほどき、さすっていた。
 「この、クソガキがよっ!さっさとこっちこいやっ!」
 再び店員は思いっきり腕を掴み引きずる様にして引っ張っていった。
 「くそが、辞めろよっ」
 「ちょっと!強引過ぎやしませんか?俺も同行します」
 その行動に堪らなくなり割って入るが無愛想に返事される。
 「別にどうぞ。ほら、早くこの商品以外取ってないって事、証明しろって」
 問題児をスタッフルームに無理やり投げ込む。帽子が外れた時、問題児は天藍と気付き視線を逸らしたかと思えば俺を睨んだ。問題児は腹や背中を触られる度、顔が強張っていた。
 「だから、無いだろ上着の中もズボンの中もさっ」
 それでも必要に疑う店員に天藍も仲裁に入る。
 「これはやり過ぎでしょ。いくら何でも」
 溜息を衝きながら座る店員。眉を八の字し侮蔑を宿した目線を向ける。
 「はぁ、これだからピュアな子は。こういう子に限って盗むんだよ。まぁ今日は取ってないみたいだけど」
 「一度だって取ってねぇって!」
 店員は耳を塞ぎ、更に呆れたといった態度になる。
 「ほらな、直ぐにキレる。大抵お前みたいな値引き商品しか買わない子供は万引きしてんだよ。それにお前の様な満足に服も買えない家庭環境じゃ何しでかすか分からんしな。商品に細工したりさ」
 「そんな事してないって言ってんだろっ!」
 叫びと同時に机越しに居る店員に飛び掛かった為、殴らない様に机に抑えた。
 「うわっ暴力かよ。子供は良いよな殴っても少年法で守られるもんなぁ」
 「辞めるんだ」
 「コイツ外まで連れて行くんで」
 「おっありがとなっ」
 「おいって放せよっ」
 「今日のは店員が悪いけど暴力じゃお前が後々苦しむんだぞ」
 「そんな事考えて生きてねぇよ」
 「笑えよ。いい気味だって思ってんだろ」
 「・・・笑わねぇよ」
 天藍は深い溜息を吐き切ると心中を吐露した。
 「俺が居ない時、瓊を虐めてるだろ」
 「あぁ虐めてるよ」
 「もう、辞めろよ。瓊が苦しむ理由が無い」
 「どうした。彼奴がお前に縋ったのか?泣いてさ!」
 「どういうつもりなんだよ!いつもいつも」
 「だ・か・ら制裁って言ってんだろが!」
 「お前の事情からすれば分からなくもない」
 「・・・ならほっ」
 「だけどさ、お前本当は分かってるんじゃないの?あいつが周りに気を使って親の目にいつもびくびくして顔色伺っている事」
 「それに、八つ当たりもあるんじゃないのか?自分と違うって」
 「何だよお前!何なんだよお前!お前に何が分かるんだよ!俺の・・俺の何が分かるんだ・・よ。ほっといてくれよ!なぁ!」
 「そうやって暴力を振るうのか?瓊に対しても、気に食わない誰かに対しても。それにお前、利き手は左なのか?」
 振り上げた腕は止まり、身体も硬直する。眉間に皺が寄り、頬に力が入り瞳が細くなる。
 「俺さ警戒してたんだよ。お前が瓊のロッカーとか机の中に生き物の死骸とか女子の物を入れるんじゃないかってさ。でもそんな事は無かった。どうしてだ?俺だって思いつくのに」
 心底にあるものを放つと拳から力が抜け襟を掴んだ手は天藍を突き離した。
 「くそっ!気持ちわりぃんだよ」
「一生彼奴に引っ付いてろ」
 天藍は名前も知らない無頼の少年の背を見つめていた。するとコンビニの店員が従業員専用の扉を出て他の店員と話し声が聞こえてきた。
「いんでんすかぁ。さっきみたいな事して店長から怒られますよぉ」
「いやぁちょっとしたストレス解消だよ。それにあのガキが来なくたった方が気分が良いしな!」
「いやぁ彼奴も何回も同じことされてるのに良くこれますよね」
「だなっ。てかさっきあのまんま殴られれば数日休めて彼奴を警察に突き出せたのになぁ。もしかしたら美紀ちゃんが心配してくれるかも」
「「それはない」」
「ちがいねぇ。あはははっ」
 天藍は唾棄する話に気塞ぎになった。そのまま家に帰ったが勉強に身が入らなく早めに寝た。
 瓊はその翌日から少しずつ物思いにふける事が無くなっていき、天藍も肩の荷が少しおりていた。
 平穏な日々は過ぎ、同じ闡幽士専門学校へと進学が決まった二人と一人。入学を経て醒魔技能の性質が顕になるまでの時間はそう長くなかった。
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