第2話分子栄養学と培養細胞のフォアグラ

文字数 2,008文字

1960年代ポーリング博士はオーソモレキュラーという言葉を紹介しました。正しい量と正しい分子というアイデアを紹介したのです。今では、オーソモレキュラー栄養学、分子栄養学という概念が広まっています。1930年代、医療にビタミンを利用することが広まりましたが、過剰摂取も問題になりました。そこでポーリング博士らはオーソモレキュラー問うアイデアを紹介したのです。ビタミンの過剰摂取はかえって癌化のリスクを高めるなどの弊害が指摘され始めました。もちろん、水溶性ビタミンであるビタミンCなど過剰摂取があまり問題にならないビタミンもあります。適切な量を正しく摂取することが必要とされたのです。
そして、分子レベルで栄養を考えることから、体内の微生物、ウイルス、そして遺伝子レベルで健康を考える必要性に迫られていると私は感じています。
そんな時、こんなニュースを目にしました。

フォアグラの培養細胞を使った生産が成功!

3年後には実用化できる価格になるそうです。人口増加で、二酸化炭素の増加を減らすためなど様々な理由で必要量の肉の生産は難しくなる。そこで細胞を培養して食品の原料を作ろうというのです。
人工的な方法で作られた材料を3Dプリンター入れ料理を作る。夢に見た未来の食糧事情です。野菜を洗ったり、切る手間もいりません。魚のうろこや内蔵を取り出さなくてもいいし、ハンバーグをこねる必要もいりません。名人と言われた料理人も三ツ星レストランのシェフもいなくなります。そんな世界を私達は望んでいるのでしょうか。
お母さんがカレーを煮込む臭いが玄関を開けるとして来るなんてこともなくなります。キャベツの千切りを作る私のそばにきて「ママ、楽しい?」の声。ああ、楽しい気持ちになっている私に気付かされます。
食品会社の技術職員だったころ、細胞の培養をしていたことがあります。ひと由来の細胞株ヒーラ細胞は世界中のラボで培養されていました。ヒーラ細胞は亡くなったがん患者のがん細胞を材料に作られました。遺族の方が培養細胞の権利をめぐって裁判していた頃の事です。裁判中なのに世界中のラボで研究に培養細胞が使われていました。
研究材料として自分の白血球を顕微鏡で見た時の事です。健康な人(私の事です)の血液から取り出した生きた細胞の美しい事。完璧な球体でつやつや光ってまるで真珠のように思えました。無限に複製し、人とは異なる染色体数のヒーラ細胞がなんとなくまがまがしいと感じていた時、目にした私の白血球はとても美しいと感じました。むろん上皮細胞と白血球では形状は異なります。だとしても自然に育った細胞は健全だと感じられました。
遺伝子組み換えの技術が確立されたそのころ、ポテトとトマトの細胞を融合させポマトと名付けられた植物が現れました。私の勤めていた研究所にもポマトを作ってノーベル賞をとった博士が来ました。ぷっくりした木こりの叔父さん的なイメージの方でした。研究所にも遺伝子組み換えの研究をするグループができました。研究員は細胞膜を溶かして細胞同士が融合する瞬間を見ると、遺伝子組み換えをした物を食品として口にする気がしないと言うのです。当時研究所の所長は観賞用の花の作製を考え食品への応用は考えていないようでした。
フォアグラを食べたことは、印象に残っていません。私には美味しくて食べ続けたいと思うものではありませんでした。フカヒレもキャビアも印象に残ってはいません。どれも少し残酷な一面を持つ希少で高価な食品です。それを口にできるのは特別な人間だという事がおいしさをもたらしているのかもしれません。
私にも忘れられない味があります。母の故郷でいただいたほうれんそうのお浸しが入っていた太巻きです。何とおいしかった事か。
遠方から来たと歓迎してくださった遠縁のおばさんの優しい笑顔とおもてなしの心がこもっていたからでしょう。何十年たった今でも忘れられない味です。
地元でとれた旬のたくさんあるありふれた材料を真心をこめて料理する。その料理こそ私にとっては最高の一品です。
作った人と食べる人、また素材を提供してくれた人の目に見えない何かが味を形成するスパイスになっていると思うのです。

幼い頃、冬の苺という童話を繰り返し読んでいました。病気のお母さんの為に冬の苺を幼い兄弟が探すのです。神様は子供たちの為に苺を出してくれます。白い雪が溶け、エメラルドグリーンの葉が茂り、間には真っ赤な苺が輝いています。その色彩の美しさが目の前に浮かびます。そして、子供たち気持ちが神様に通じたことは深く私の心に残っています。
今、苺の旬は冬のイメージです。温室で育てられていると分かっていますが、少し寂しい気持ちになります。
なるべく、旬のものを食卓に載せたい。そして私の台所は、季節を感じる要素を作る場でもあるような気がしています。
さて、培養されたフォアグラの行方はどうなるでしょうか。
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