第3話

文字数 4,287文字

将来の夢を聞かれたら、ゲームを作る人になりたいと答え続けていた。
小さい頃に友達の家に集まって、お菓子を持ち寄って対戦ゲームに明け暮れたあの日々がたまらなく愛おしい。
寝るのも食べるのも後回しにしてテレビにかじりついて、コントローラーを強く握りしめた。
手のひらに滲んだ汗をズボンで拭い、
とどめの一撃が決まる瞬間まで息をするのを忘れていた。
大きな翼を持ったドラゴンは、主人公が持つ伝説の剣に身を割かれ、爆風を巻き上げて木っ端微塵になった。
その瞬間、俺の楽しいひと時も終わったのだ。
下の階から聞こえる、母親のもう寝なさいという怒鳴り声。
興奮していた脳みそが一気に冷えていく。
あー、終わってしまった、と虚しさでいっぱいになって、心にぽっかり穴が開く。
いつかこんなふうに、誰かにとって一生頭に残る思い出を作りたい。
物心付いたときから、そう思っていた。

学生の頃、ゲーム会社でアルバイトをしながら就活をしていた。
でも、二次選考で落とされたりで中々うまく進まなかった。
最初は俺も次頑張るしかないと思いながら立ち直っていたけど、その日あったばかりの人間に人格や生い立ちを否定されるというのは結構辛いものがある。
俺の家はおもちゃ屋だった。
昔ながらのブリキのおもちゃやおままごとセット、指人形にミニカー。
需要が全く無かったわけじゃない。でも、はっきり言って時代遅れだった。
最近の子供が望むようなハイテクなおもちゃなんて並んでないうちの店は、経営がぎりぎりだった。
面接官はそれに関してめざとく聞いてくる。
「ご実家が経営難と知りつつ、なぜ手助けしないのですか?」
そう言いながら薄っすら笑っていた。
俺だって親に言った。俺が継ごうか、と相談したけれど、父親は首を縦に振らなかった。
この店はもう、泥舟だから。
父親は泣きそうな声で俺に言ったのだ。
ゲームを作る夢を諦めるのは嫌だ。でも、親が守ってきたものが壊れていくところを見るのはもっと嫌だ。
だけど自信が無かった。自身もないし力もない。経営という物がどんなに大変な事か、近くでずっと見ていたから。
自分にはできないとやる前から決めつけていた。
俺が面接官の質問に答えられないままでいると、隣の人間に話が振られていた。

それから俺は、就活というものが怖くなってしまった。自分で見ないふりをしてきたものを、赤の他人に暴かれていくあの感覚に耐えられなかった。
俺は父親の店を継ぐことにした。
「お前はいいよなー、実家っていう逃げ口があって」
俺が店を継ぐと知ってから、周りの友達からそんなことを口々に言われるようになった。
何も知らないくせに勝手な事いうな、と言い返す気力もなかった俺は、曖昧に笑ってかわし続けていった。
店主を引退した親は、「何をしたらいいのか分からん。このままじゃボケそうで怖いよ」と言いながら店回りの草をむしる。
「何もしなくていいよ、全部俺がやるから」何も知らないくせに、何もできないくせに一丁前な口をきいた。
親はそんな俺に「すまんな」とだけ言うのだ。何も悪い事なんてしてないのに。
俺はおもちゃだけでなく、ゲームも置くようにしてみた。
昔俺が好きだったものたち。秘密の合言葉も裏技もすべて知り尽くしている。
パッケージを見ているだけで泣きそうになった。
哀れに挫折してしまった俺の心を慰めるように、過去の思い出で囲っていく。俺が作る、俺の夢の城。

業者から売り込まれたあるゲームを棚に並べてみる。
どう見ても浮いている。
今流行の乙女ゲームというやつだ。ついこの間このゲームの開発元がこの店に来て、どうにか置いてくれないかと熱弁していった。
こちらがイエスというまで居座り続けそうな勢いだったので、俺はつい承諾してしまった。
俺はこの手のゲームに触れたことがない。この店にあるのは格闘ゲームやRPGなど、アクションものが圧倒的に多い。
パッケージに描いてある男の子はあまりにも場違いに見えてしまう。
華奢で、繊細そうな顔。
周りに並ぶ武骨な格闘家や重装備の勇者に交じっているのを見ると、
並べるのが申し訳なくなってくる。
でも、商売のためには新しいものにも触れなきゃいけない。そう言い聞かせ、俺は棚を見つめた。

近所のチビッ子たちやマニアな大人が集まるような店だから、誰もあの乙女ゲームに見向きもしない。可哀想になってくるほど。
あと数日おいて駄目だったら奥の棚に移動させようと思っていると、見かけない男の子がやってきた。恐る恐る店に入ってくる。
この辺の子供じゃないんだろうか。
男の子は店の中をうろうろし、ある場所で足を止める。あの乙女ゲームを見ていた。
かと思ったら急に店を飛び出し走り去っていく。
まさか万引きかと思い念の為店の中を見回すが、なくなっているものは見あたらない。
すると数分後、肩で息をしながらさっきの男の子がやってきた。
「これください」乙女ゲームとゲーム機を手に持ち、俺を見る。
ただ事でない様子に面食らってしまったが、俺は店主として気を改めその子の接客をする。
「お金あるかい?これ、新しいやつだから結構高いんだ。お小遣いなくならないか?」聞くと首を横に振る。
「お小遣い貯めてるから、大丈夫」男の子はそう言った。
俺はほんの少し、代金をまけた。
レジを打っている間も、男の子はゲームのパッケージをじっと見つめている。
男の子の目はきらきら光っていて、羨ましくなるほど輝いている。
俺が失った光だ。
この光を覚えている。ゲーム誌を飾ったあの名作が自分の手のひらに収まった時の、あの何とも言えない感覚。お手伝いをして必死にためたお小遣いをかき集めて、友達と一緒にゲーム屋へかけていった。
眩しくて、見つめていられなかった。

「ねえ店長、あるゲームの都市伝説知ってますか?」店の常連の男がそう言ってくる。
「裏コードとかそういうやつか?」
「違いますよ、もっと凄いことです」
「なんだ凄いことって」
「ほら、最近出た乙女ゲーム知ってるでしょ?赤髪の男の子が描いてあるやつ。あれ、ゲームが自我を持ってるんですって」
男は声を潜めて囁いた。
「自我ってなんだよ?AIとかそういうことか?確かにあのゲーム新しいし技術も凄いけど、そんな機能ついてないだろ」
「機能とかそういうことじゃないんですよ。何万本と作られたゲームの中に1つだけ、自我を持ってプレイヤーに接するものがあるんですって」
「何を根拠にそんなこと言ってるんだよ」
「いや、実は俺、あのゲームの開発者の中に知り合いがいるんですよ。この話誰にも言わないでくださいよ?ゲームのプログラミングが次の日になると勝手に書き換えられてるっていう事件があったんですって。それも何回も。チームの人間に聞いても、皆して自分じゃないって言うし。あのゲーム、社運をかけた一大プロジェクトだったから、外部に情報が漏れてるかもって大騒ぎになったんですよ。結局元通りにして無事発売できたんですけど…気味悪いでしょ?」
ニヤニヤ笑いながらそういうお前のほうが気味悪い、と思った。
そんな噂があるとは知らなかった。
実際に俺もあのゲームをやってみたけど、凄く細かく作られていた。会話パターンに場面展開、キャラクターのモデリングも見事で圧巻された。
こいつが言うような違和感なんて感じなかった。
なんとなく気になって、客が言っていたゲームの事をネットで調べてみた。
すると、いろんなサイトで自我を持った乙女ゲームの都市伝説が語られていた。プレイヤーが入力したコマンドを無視し、ゲームが勝手に選択肢を選んだり、セリフをしゃべったりするらしい。
そんな事本当にあるんだろうか。どうやらその噂のゲームを手に入れようとしている人たちが大勢いるらしく、近隣のゲーム屋を片っ端から調べているようだった。そんなことに時間を使うほど暇なんだろうか、とバカにしていたが、
オークションサイトを覗くと尋常じゃない高値で取引されているではないか。
大金を払ったのに偽物を買わされたとトラブルになり、裁判沙汰にまで発展したという記事もある。
あのゲームを買った男の子の事を思い出した。
なんとなく、嫌な予感がする。

毎月発売されるゲーム雑誌を片手に、昼のカップラーメンをすする。
本当だったら、俺もここに載っていたんだ。開発者として、インタビューを受けていた。
むなしくなるだけなのに、読むのをやめられない。
レビューコーナーに目をやると、あの乙女ゲームが載っている。
その書かれ方は散々だった。酷評の嵐で、見ていると開発陣が気の毒になってくる。
「何もかもが時代遅れ」と書かれていて、俺はわずかに怒りを覚える。
時代に遅れなんてない。大衆からしたらどんなにつまらないゲームでも、誰かにとっては永遠の思い出なのだ。
グラフィックが綺麗でもつまらないものより、CGが荒いけど物語が心を打つもののほうが俺は好きだった。誰かの心の拠り所になっているなら、それはもう立派な名作だと思う。
レトロも言い方を変えれば古臭いだけかもしれないけど、人の思い出を踏みにじる権利は誰にもない。
そう信じていたい。
俺はレビューサイトに星を5つ添えて、「愛されるべき作品」とだけ書き込んだ。

数年が経ち、俺は相変わらず店を続けている。
正直2年ほどで潰れると思っていたけど、なんとかやってこれた。
親に旅行をプレゼントする余裕があるくらいには稼げていたのだ。
これはこれで良かったかもしれない。
就活がうまく行かなかったあのとき、死ななくて良かったと心の底から思った。
物思いにふけっていると、店のドアが開く。
フードで顔を隠していてどんな顔がわからない。俺は一瞬身構えた。後ろに回した手でこっそりと防犯用の警棒を探った。
「あの…」相手が話しかけてくる。どうやら男のようだ。それも若い。
「僕、ちゃんと見えてますか?」訳のわからないことを言いながら、フードを脱いだ。
その顔は恐ろしいほど整っていて、モデルかと思うほどだった。
なんというか、「作りもの」みたいなのだ。マネキンが歩いているような感じがする。
陶器みたいな肌に瑠璃色の瞳。外国人なのだろうか。年は高校生くらいか。
毛穴の一つも見えない。綺麗だけど、不気味ささえ感じてしまうほどに端正な顔立ちだった。
「え、あ…うん、見える、見えてる、けど」
見えるってそもそもなんだよ、と思った。
少年はぱっと顔をほころばせ、「よかった」と笑う。「それじゃ、ありがとうございました」踵を返して店を飛び出していく背中をじっと見た。
ちぐはぐな会話をされ、俺は立ち尽くした。
この妙な胸騒ぎはなんだろう。

違和感の正体に気づいて道路を見たときには、もうそこには誰もいなかった。
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