変わらぬ歴史

文字数 4,454文字

(このエピソードは、物語の性質上、

を用いています)
また、新一と相良の意識の声は『 』で表現しています。

 相良は人目に触れず新一と話をする為、外に出た。
『上田同様、俺は岡野中尉にも何も伝える事が出来なかった。それはつまり中尉は戦死を免れるということか?』
『わからないよ。そうなのかもしれない。でも、仮に岡野中尉が戦死するとしても、伝える事は出来ない気がする。ほんの少しの変化でも歴史は変わってしまうから、歴史はそんなリスクを侵さないのだと思う。相良君、彼の出撃日はいつ?』
『まだ決まっていない』
『爺ちゃんが言ってたよ。日本に帰港してすぐ終戦になったって』
『ということは、俺達の出撃が最後というわけか?』
『ごめん、そこまではわからないけど、その可能性はあると思う』
『上田は? 奴はどうなる? 貴様、上田の未来を聞いているか?』
『戦後結婚して子供もいるって聞いたよ。詳しいことは知らないけど』
 確か親父が、上田少尉は若くして病気で亡くなったと言っていたが……ここでそれを言う必要は無いと新一は考えた。
『そうか、それなら良かった』

 海辺に行くと数人の人影が見えたが、皆、煙草を吸ったり、浜を散歩したり、中にはランニングをしている者もいる。
『比較的自由なんだね』
 旧日本海軍と言えば厳しい規律というイメージであったので、新一は少々意外だった。
『時と場合によるさ、ここは特攻施設だ。訓練は厳しいし、何十回、何百回と殴られたが、今はこんな感じだ』
 きらめく星空と波の音。相良は家族の死を知らされた時と同じように、砂浜に寝転がった。
『さあ、聞かせてくれ、日本はこれからどうなる?』
『さっきも言った通り、8月6日に広島、そして9日に長崎。原子爆弾を投下され、とうとう日本は降伏するんだ』
『それでどうなる?』
『アメリカ指導の下、軍は解体され、新しい憲法がつくられたんだよ』
『占領されなかったのか?』
『ごめん……僕はあまり詳しくないけど、いわゆる植民地のような占領はされていないよ。アメリカは日本を軍国ではなく、民主国家にしようとしたんだ。沖縄だけはしばらく占領されていたけど、たしか1970年代に返還されている。今アメリカは日本にとって一番の同盟国だよ』
『そうか……やはり俺達が聞かされた話とは違うな……もし、日本がこの戦争に負けたら、完全に占領されると。そう聞かされた』
『うん。爺ちゃんもそう言っていたよ』
『で、アメリカが同盟国だと? どこかと戦争をしているのか?』
『世界的に見れば小競り合いはあるけど、この時代のような大きな戦争は無いし、少なくとも日本は平和そのものだよ』
『貴様の時代、日本には軍隊は存在しないのか? 天皇陛下は?』
 新一は、天皇は日本の象徴である事、自衛隊の事、戦後の日本の目まぐるしい経済発展の事などをかいつまんで説明した。
『そうか、日本は復興をとげ、世界をリードするまでになるのか』
『うん。僕達は今、漠然と生きているけど、この戦争があったから、唯一の原爆被爆国だから平和に対する想いが強いんだと思う』
『8月6日と9日……なあ新一……その原子爆弾、回避させる事は出来ないものかな……』
『どうせ日本は負ける。だから8月6日までに日本が降伏すれば回避できるだろうけど……』
 それは新一もずっと考えていた。もし、回避する事ができるのなら……勿論、大きく歴史が変わってしまう。でも、日本が負けるという事に変わりが無ければ、歴史はそれを許容するかもしれない。そしたら、数十万の命を救う事ができるのだ。だが、どうする? どうやって伝える? ここにいる一兵士に終戦の事すら伝える事が出来ないのに……そうだ手紙は? 紙に書いたら伝えられるかも。
『口頭で伝える事が出来ないのなら、文字は? 手紙とかは? 相良君、紙とペン持ってる?』 
『ああ、持っている。やってみる価値はあるかもしれんな』
 相良は急いで自室に戻った。岡野中尉と上田は不在であったので丁度いい。すぐさま引き出しから紙と鉛筆を取り出した。

『―やはりダメだ。文字も書くことが出来ない』
『どういう事?』
『いや、普通に文字を書くことは出来るが、その事についてしたためようとすると、鉛筆を動かせなくなる』
 筆先を見つめながら相良は溜息をついた『たぶん意識と連動しているのだ。歴史を大幅に変えてしまう行為は、その方法を問わず強制的に抑止されるのだろう』
『やっぱりダメか……』予想していた事ではあったが、新一は落胆した。
『なあ新一、思ったんだが……仮に書くことが出来たとして、その手紙の内容が軍上層部まで伝わると思うか? 伝わったとして信じて貰えるか? まあ無理だろうな……歴史の妨害にあうまでもなく、信じて貰う事など出来ないだろう』
 相良君の言う通りだ。仮に伝える事が出来たとしても信じて貰わなければ意味がない。
 自分の頭の中には76年後の未来からきた人物がいます。その人物が日本は負けると言っています。広島と長崎に原爆が落とされます。だからその前に降伏してください。……そんな言葉を誰が信じる? 出撃近い特攻隊員の気がふれたか、命乞いでもしているようにしか思われないだろう。そもそも、そんな不確定極まりない情報で、日本が降伏するとは到底思えない。
 やはり歴史を変える事は出来ないのだ。もし、原爆が投下されなかったら、未来は大きく変わってしまう。歴史はそれを許さない。原爆は投下されるし、日本は負ける。何も変わらない。ならば何故? 何故、自分はこの時代に飛ばされたのだろう。まだ解明出来ていない自然科学における偶然が重なっただけなのだろうか。それとも、何か意味があってこの時代に来ることになったのか。いや、意味など無いだろう。意識のみが飛んできたのだ。それも他人の意識の中に……

『ねえ相良君、歴史は変わらない。来月には全てが終わるんだ。日本は負けるけど新しい時代がやってくる。君が死ぬ必要なんてないんだよ。爺ちゃんだって出撃したけど生きて帰って来た。何とか死を回避する事を考えようよ』
 新一は、自分の事はさて置き、なんとか相良を助けたいと思った。
『正直に言うと、俺は数日前から得体の知れない不安、不快感に悩まされている。それは、日本が負けるからか? 己の死が無意味なものだからか? わからない。だが、俺は自分の意思で特攻に志願したんだ。万が一、俺が辞退すれば上田が代わりに行く事になる。奴を死なせるわけにはいかない』
『でも……死ぬ必要なんて……』
『歴史は変えられないと言ったのは貴様だろう。俺は特攻でこの命を捧げる。俺が行かなければ上田。仮に上田が行かなくても他の誰かが行く事になる。もはや戦争の勝ち負けとは関係ないのだ』
『確かにそうだけど、爺ちゃんだって帰って来たんだ。僕がこの時代に来たのは相良君を助ける為なのかもしれないよ』
 何か、何か意味があるのではないか? 新一の意識がこの時代に飛ばされた意味が……相良君を助けたい。まだ僅か半日程、時間を共有しただけであるが、こんな立派な人物をやすやすと葬ってはいけない。新一は心からそう思った。
『貴様の気持ちはありがたいが、今までの事で証明されてきたように、俺の、俺自身の歴史も変える事は出来ないだろう。俺は特攻で死ぬ。それは歴史に刻まれている事実だ』
 確かにそうかもしれない。相良少尉は特攻で亡くなったと爺ちゃんが言っていた。彼が暮らしていた地は今、コンビニになっているのだ。
 相良少尉が新一から未来の話を聞くことが出来たのは、彼が歴史に影響を及ぼさないという事に他ならない。そもそも、そういう人物であるからこそ、新一の意識がとばされたのだろう。
『歴史は変わらない。相良君は死んじゃう。僕は戻れない。どうなるんだろう……』
『新一、貴様には悪いが俺は今、高揚している。自分の死後この日本の将来を知る事ができた。俺の死は無意味かもしれない。だがそんな事は貴様が来る前から気づいていた事だ』
 自分の中に渦巻いているこの得体の知れない不安感。それはやはり、己の無意味な死が原因なのか? いや……そんな事はどうでもいい。俺は今、新一を助けたいと思っている。何とか元の世界に帰してやりたい。
『俺の死後、この国は世界をリードしていくまでに発展する。この戦争の悲惨さ、そしてこの時代、国に尽くした兵士達の事は語り継がれていく。だから俺は悔いを残す事なく、この身を捧げる事ができる。いいか新一。お礼と言ってはなんだが諦めるな! 貴様を元の時代に帰してやる』
『えっ? どういう事? そんな事出来る訳……』
 相良は兵舎に戻ると柳原一飛層を探し始めた。夕食後の僅かな時間、兵士達は談話室で会話したり、外を散歩したり、それぞれが自由に過ごせるひと時である。だが下士官の兵舎にも談話室にも柳原の姿は無かった。
『爺ちゃん? 爺ちゃんを探しているの?』
『ああそうだ。柳原一飛層は貴様の祖父だと言ったな。彼と話すことで何かわかるかも知れない。今は少しの望みにも賭けてみるべきだろう。もう僅かな時間しか残されていない。それに、祖父とも話をしてみたいだろ。貴様の祖父は優秀な人物だ。将来医者になったという事も頷ける』
 出撃は近い。自分が命を捧げるその瞬間、その時までこの新一という人物の意識は自分の中にいるのだろうか。俺が死んだ後はどうなる? その瞬間に新一の意識は未来に帰る事が出来るのか? 分からない。だがもし新一を未来に帰す方法があるとするなら、いや、そもそも今この時代に来させない方法があるとしたら、鍵を握るのは柳原一飛層だろう。彼は新一の祖父なのだ。何とか彼に新一の事を伝え、この時代に来ることを阻止してもらうしかない。歴史を……大きく歴史を変えなければいいのだ。新一の事だけ、国の歴史には一切触れる事なく、新一の事を伝えられれば……
 何時しか相良はこの新一という人物。と言っても意識だけだが、この人物の事が気がかりになっていた。
 平和な未来からこの時代に意識を飛ばされた。夢だと言ってしまえばそれまでかも知れない。だが確かに今、自分は新一と意思の疎通をしている。そして彼の意識の宿主となった自分は今から数週間以内に海の藻屑と消える事が決まっている。正気を失ってもおかしくない。いや、むしろ冷静でいられる事の方が不思議である。そんな状況にもかかわらずこの男は俺の事を心配してくれている。何とか、何とかして未来に帰してやりたい。

『爺ちゃんいないね』
『ああ、だが大丈夫だ。就寝時に奴の兵舎に行く。それなら確実に会える』
『うん、そうだね。相良君、ありがとう』新一は相良に感謝した。『そうだ、そしたら、まだ時間あるよね? 一度回天をちゃんと見てみたいんだけど無理かな?』
『問題ない。では格納庫に行くぞ。よく見ておくといい。そして、貴様が帰ったら後世に伝えてくれ』
 新一が帰れるという保証はどこにもないが、相良は少しでも新一を安心させてやりたかった。
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