1話 すれ違いの朝に

文字数 1,133文字

僕には毎朝楽しみがある。
それは、高校ヘまでの通学路ですれ違う、ある女の子を見ることだ。
彼女とすれ違うために僕は毎朝かなりきちんと決まった時間に家を出る。

でも、毎朝すれ違うだけというのも、恋をしている人は良くわかってくれると思うが辛いものがあるのだ。男子高校生というものは総じて彼女の一人や二人欲しいと思っているだろうと思う。しかし、高校生で彼女がいるというのは、容姿に恵まれているか、クラスの人気者かの大雑把に分けるとその二つの人種だろう。僕は容姿に恵まれている訳でもなく、クラスの中心にいるわけでもなく、まして極め付けは男子校なので、女の子との深い付き合いは皆無なのである。

そんな僕だが、初めて一目惚れをした。彼女を初めて見た日、僕は思わず彼女を凝視してしまった。しかし、男子高校生という身分と学ランという身分証明書があるからいいものの、あと10年もして同じように女子高校生を凝視していたら、行き着く先は現行犯逮捕のみであるから中々凝視するというのも考えものである。
彼女は綺麗な黒髪によく似合う白い肌を外気に晒しながら歩いていた。僕は彼女を見た瞬間これが「恋」だと思った。高校までに僕は何度か女の子を好きになったことがあり、人並みに恋をしてきたと思っていた。しかしだ。今までの恋が偽物に見えるような感覚をもった。

彼女と結婚したい。そう思った。僕には本物の恋というのは結婚と結びつくと思う。好きな人とずっと一緒にいれるというのは、嗚呼なんというこのちっぽけな世界の中で味わえる甘美な時間であろう。だから、僕は今日2019年5月15日に彼女と少しでもお近づきになるためのとっておきの秘策を用意してきた。

きた!彼女だ!彼女とすれ違うまでにおよそ30秒といったところか。うまくやってやる僕はそうはやる鼓動を抑えながらゆっくりと自然に歩く。尻ポケットに入れた生徒手帳をまるでマジシャンのような手つきでゆるりと自然にアスファルトの上に落とした。よし。これで完璧だ!あとは彼女が気づいて生徒手帳を拾ってくれればいいだけだ!と思った矢先、「七海!おはよ!」と、後ろからきた彼女の同級生と思われる女子が彼女に声をかけた。僕は動揺した。彼女が落とした生徒手帳に気づかず僕とすれ違い終わってしまったからだ。僕は静かに後ろを振り返り、アスファルトに居心地悪そうな顔をしている生徒手帳を拾い、ため息をつく。けど、「七海っていうのか・・・」
彼女の名前がわかったのだ。毎朝すれ違うだけだった関係より大きく前進したと言えるだろう!
この一歩は小さな一歩だが、僕の恋愛史から考えれば大きな一歩だ!また明日頑張ろう。そう思いながらローファーでアスファルトを強く踏みしめた。

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