第3話 死者からのメッセージ

文字数 5,102文字

死んだ人が夢枕に立つのはよく聞く話だ、しかし自分が体験するのは話が違う。
もう一度寝たらさっきと同じように、あの女性が夢の中に現れ、更ににじり寄ってきそうな気がしたので僕はまんじりともしないで朝が来るのを待った。
やっと周囲が明るくなってきた朝六時頃、僕は雅俊にスマホでメールを送った。
相手はまだ寝ているはずなので、起こしてしまったら多分文句の一つも言われるはずだが、待ち切れなくなったのだ。
メールには悩み事があるから相談に乗ってくれと書いておいた。
雅俊から返事が来るのはお昼近くではないかと思っていたが、意外とすぐにメールの着信音が鳴った。
雅俊からのメールは何時だと思っていると文句を言いつつ、話を聞いてやるから下宿まで来いと書いてあった。
僕は家族が寝静まっている家からこっそり出かけようとしたが、物音で目を覚ました母親に小言を言われた。
僕は理由を説明するのが面倒くさくなり、急用があるからという説明の一点張りで母親を振り切って家を出た。
雅俊は高円寺にアパートを借りて住んでいる。僕は日曜日の静かな町並みの中を駅まで急いだ。
自宅近くの赤羽駅から直通運転の列車で新宿駅まで行き、中央線に乗り換えてから四駅目が高円寺駅だ。
雅俊が住んでいるのは住宅街にある二階建てアパートだった。
彼は自分が部屋にいる間は施錠しない習慣があった。僕は他の住民に気を遣い、鉄製の階段で足音を立てないようにそっと登ってドアを開けた。
僕がいきなり訪れたのに雅俊の部屋はきれいに片付いている。
僕の部屋は手が届く範囲にいろいろな物が堆積してきて、普段僕が座っている場所はそこだけスペースが開いているからすぐにわかるのと大きな違いだ。
「どうしたん徹。むっちゃ顔色悪いやん」
雅俊の取って付けたような関西弁につっこみを入れる気力もなく、僕は部屋の中まで入った。
「短い間だが世話になったな。俺はもう死にそうだ」
「どうしたというのだ。一体何が起きたのだ」
僕は雅俊に先週末からの陰陽師にまつわる出来事を話した。
そして昨夜、依頼人の亡くなった伯母が夢枕に立ったため、丸一晩まんじりともせず過ごしていたことも付け加えた。
「それって、その伯母さんが夢に出てきただけなのだろ。どうって事ないじゃん」
「そんな訳ないだろ。送ってもらった写真の顔が、夢に出てきた人と同じだった時の衝撃がおまえにわかるか。」
「お祓いに行った時はその人の顔写真とか見ていなかったのだな」
「そうなんだよ」
僕はまた頭を抱えた。
これまで心霊現象などは信じていなかったので、どう考えたらいいのか整理がつかないのだ。
「そういうこともあるものだと割り切ってしまえばいいのではないかな」
「出雲大社のお膝元で育った奴にはそれで良くても、俺は心霊現象なんて存在しないと思っていたんだよ」
言い終わってからきつい返しをしてしまったと思ったが、雅俊はのほほんとした顔で指を一本立てたのを左右に振ってチッチッとやっている。
「俺の出身は鳥取県、出雲大社があるのは島根県」
どう違うのかイメージがわかなかったので、僕はスマホの地図アプリを起動して、広域にした中国地方の地図を眺めた。
山陰の兵庫県の左隣が鳥取県。そのもう一つ隣が島根県だ。
「訂正いたします。水木しげるロードの近所で育った奴にはそれで良くても、俺は心霊現象とか信じたくない」
「うん。それならいい」
雅俊の物事に動じない雰囲気のおかげでぼくも少し落ち着きを取り戻してきた。
「夢枕の伯母さんは、どんなことを話していた?」
「何だか英語みたいにも聞こえるんだけど、ハッキリしない」
「わからないままでいいから、ちょっと書き出してみろよ」
雅俊が渡してくれたノートに、僕は記憶を頼りに彼女の言葉を書いてみた。
『You chat oh say yeah oserashuni.』
しばらく見ていた雅俊は首をひねったが、自分も1行さらさらと書いて説明を始めた。
『You chat that o say that year ose・・・・.』
「英語ではローマ字の「O」一文字で神を表すこともあるから、こんな風に関係代名詞が入っていたのを省略したと考えると英語っぽくなる」
「おお、本当だ」
「ただし、最後の単語がわからないので結局は意味不明だ。何か似たような発音の動名詞だったんじゃないの」
こいつ英語強いなとぼくは密かに感心しながら、言われたように動名詞で思い当たる単語はないか考えてみた。
しかし、僕の乏しいボキャブラリーの中では当てはまる単語はなかった。
「知っている単語ではなかった」
「そうか、それでは発想を変えてこれは英語ではないと考えるのが正解かもしれないな。要するに、おまえや自分の弟にメッセージを伝えるのにわざわざ英語なんか使わないだろ」
「やっぱりそうかな」
「そうだよ。とりあえず、その陰陽師のお姉さんに相談してみよう」
雅俊は立ち上がると、外出の支度を始めた。
支度と言っても上着を羽織り、鞄を持つ程度なので、男子大学生の身支度は簡単だ。
「そういえば徹はその伯母さんをくっつけて来ているかもしれないな。知らない人を部屋の中まで連れ込まないでくれよ」
雅俊は冗談で言っているのだが、僕は昨日の山葉さんの目つきを思い出して、思わず周囲を見回した。無論、何も見えるわけではない。
「あの人には何か見えていたのかもしれないな。それも含めて聞いてみよう」
「そんな気がするね、俺としては問題のカフェでお昼時になったら、オーナーのおばあちゃんのナポリタンを食いたいな」
僕は山葉さんが作った料理を食べてみたいと思っている自分に気がついて慌てて頭を振った。
雅俊の下宿を出た僕達は新宿まで行き小田急線で下北沢に向かった。
小田急線の電車は新宿駅を出ると一度地上に出るが少し走ると再び地下を走行する。
外が暗くなったために窓ガラスに雅俊と自分の顔が映るが、その横にもう一人、人影が見えた気がして僕は慌てて周囲を見回した。
しかし、車内で立っているのは自分たち二人だけだ。
もう一度窓を見ると人影は消えていた。雅俊は気がついた気配もない、以前は目の錯覚として片づけられたことも、自分の霊感が強いと気づいた今では、気になることは否めない。
下北沢駅からカフェ青葉 までの道も三回目ともなるとさすがに迷わなかった。
「東京ってこんなにたくさん飲食店や雑貨屋が集中していても経営が成り立つんだからすごいよな」
「どういう意味だよ」
僕は雅俊が何を言いたいのかわからず尋ねる。
「地方だと人が少ないからむやみに飲食店を始めてもなかなか商売が成立しないってことさ」
下北沢に初めて来た雅俊の素朴な感想だ。しかし、彼はいろいろな視点で物事を見ていてそのあたりが僕と違う。
カフェ青葉に着くと、お昼時だけあってお客さんが多く混雑していた。
「いらっしゃいませ、そちらはお友達かな?」
カウンターの中の山葉さんは明るい表情で僕に声をかける。
僕はうなずきながら答えた。
「友達の雅俊です。今日は相談したいことがあるので、山葉さんの手が空いたらお願いします」
「僕は、日替わりランチ頼みたいな」
横から、雅俊が割り込んだので僕も同じのを頼んだ。
「後でゆっくり話を聞くよ。今は手が離せないから少し待ってくれ」
山葉さんはテーブル席の客にランチのトレイを持って行きながら僕に声をかける。しかし、その瞬間に彼女が、眉間にしわを寄せて僕の背後の虚空を見たのを僕は見逃さなかった。
霊視能力がある彼女には何かが見えているに違いない。
少し間をおいて、オーナーの細川さんが僕と雅俊の前にランチのトレイを置いた。
「いらっしゃいませ。今日のランチはスープカレーセットです。ご飯はお代わりしていいですよ」
手羽元が何本か入ったスープカレーを入れたボウルと、別の器にたっぷりと盛られたご飯とサラダそしてマッシュポテトが載ったプレートが添えられていた。
スープカレーの手羽元は柔らかく煮込まれており、スープはスパイシーで鶏肉の旨味をタップリ含んでいる。
雅俊が旺盛な食欲でランチプレートを平らげていく横で、僕は微妙に食欲がない。
僕らが食べ終わって、食後のコーヒーを飲んでいる頃には、お店も空いてきた。
「相談というのは何だ?」
客が帰った後、食器を回収し終えた山葉さんがカウンター越しに話かけてくるが、今日の彼女は機嫌がいいようだ。
僕はストレートに聞いてみた。
「山葉さん、僕の背後に何か見えているのではありませんか?」
「いいや、全く」
彼女は僕の揺さぶりにも動じず、落ち着いた声で答えるが、こころなしか目が泳いでいる。
「実は昨夜この人が僕の夢枕に立ったんですよ。見覚えはありませんか」
僕は昨夜、由佳さんから送ってもらった写真を画面に表示して彼女に見せた。彼女の大きな目が更に見開かれるのを僕は見た。
どうやら彼女は由香さんの伯母さん、つまり義男さんの姉の顔を見たことがあるらしい。
彼女がその人の顔を見る機会があったとすればその機会はただ一つ、霊となって義男さんの傍にいるときや、祈祷して浄霊した際に見たとしか思えなかった。
雅俊を見ると彼もうなずいて、もっと押せと言うように僕を見る。
「気がついているならなんとかしてくださいよ。僕は昨夜もおちおち眠っていられなかったのですから」
彼女が見るからに落ち込んだ様子で僕に告げた。
「徹君すまない。実は私の除霊は完璧ではない。時々取りこぼして周囲の人に飛び火してしまうのだ。由香さんの伯母さんの件はなんとかするから許してくれ」
「それって、駄目じゃん」
雅俊がポロッと漏らした言葉に彼女はますます落ち込んだ。
昨夜ひどい目にあった腹いせにもっと追及してやりこめたら気分が晴れそうだが、落ち込んだ様子の山葉さんを見ると僕は何故かそれ以上彼女を責めることができなかった。
僕はやむなく話題を変える。
「夢に現れた義男さんのお姉さんの言葉を書き留めたんですけど、意味はわかりませんか」
僕は雅俊の部屋から持ってきたメモを渡した。
「ほう。夢の中で聞いた言葉を憶えていたというのか」
山葉さんは急に生気を取り戻すとメモを子細に眺めた。
「これは、意味がわからないままに、聞いたとおりに字を当てたのだな」
「そうです」
彼女はメモを見ながらしばらく考えていたがやがて口を開くと僕に言った。
「一緒に逗子まで行って、夢の中で聞いたとおりに義男さんに伝えてもらえないか」
「僕が義男さんにこれを伝えるんですか。」
山葉さんがうなずく。僕は夢で聞いたセリフを意味も分からないままに義男さんの目の前で言うことに少なからず抵抗がある。
「病床の義男さんの前で僕が神妙にそのセリフを言うが、義男さんにもその意味はわからず彼が逆上して怒り出す可能性はないのですか。」
「大丈夫。きっと伝わるよ」
山葉さんは誠実な雰囲気で僕に請け合ってくれるが、僕に話している間も山葉さんの目線は僕の背後に向いている。
僕はたまらず、後ろを振り返るが無論何も見えない。
「わかりました。やってみますよ」
幽霊の存在に追い詰められた僕は背に腹は替えられず引き受けることにした。
「なあ、今から問題のホスピスまで行くのか。もしそうなら俺も一緒に連れて行ってくれないか」
雅俊が尋ねたので、僕は山葉さんの顔を見る。彼女は僕たちに少し待ってくれと言って店の奥に消えた。
しばらくして彼女は戻ってくると僕たちに告げた。
「由佳さんに相談して今日窺うことにした。そちらの彼もいっしょに来てくれても差し支えない」
「僕は東村雅俊と言います。内村のクラスメートです」
雅俊は適切なタイミングで自己紹介をして、さらに言葉をついだ。
「山葉さんのことは内村から聞いています。僕もいざなぎ流に興味があるからよろしくお願いします」
「そうですか。こちらこそよろしくお願いします」
山葉さんは少し気圧された様子で引き気味に雅俊に会釈する。
雅俊も一緒に行くことになり、僕たちは再びオーナーの車を借りて出かけることになった。
「義男さんへのメッセージがちゃんと伝わってその人が成仏してくれたらいいよな」
山葉さんが支度をする間に雅俊が軽く言う。
成仏したらいいと言っているのは無論義男さんではなくて和美さんの霊の事だが、そう簡単に事が運ぶとは思えない。
僕は憂鬱な気分でそもそも神道では成仏って言わないはずだと心の中でつぶやいた。
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