じゃぼん

お風呂に水を張ったままにしていると、音がするんですよ。ふたはしているんですよ。でも、何かをお風呂の水に落としたような、じゃぼん、て音がするんです。

ええ、私も聞きました。じゃぼんて、けっこう大きな音で、湯沸かし器の音か何かなのかなって思っていたんです。

　それから、時々なんですけどね。別の音がする時もあるんです。ゴンって、何か堅いものがぶつかったような音、女房に、今、変な音しなかったか、て聞いても、女房は聞こえてないって言うんですよね。

お風呂のタイルが嫌な感じがするんですよね。でも、掃除している時はそんなことは無いんですよ。洗うと普通の滑りにくい感じのタイルなんです。でも、お風呂に入ると、ぬるぬるした感じになるんです。

結局、引っ越すことになったんですけどね。家賃はずいぶん高くつきましたけど、気分が晴れたというか、前任者の方は、あの部屋に住んでいて、体の調子を悪くしたみたいだし、結果的には、よかったんですよ。

いや、まぁ、きっかけっていうか、決定的だったのは、会社の飲み会があって、少しお酒を飲んで帰ってきたんです。それで、しばらく酔いを覚ましてから、お風呂に入ったんです。椅子に座って髪を洗っていると、例の音がしましてね。しかも、ゴン、の方です。ああ、まずいって思いましたね。あわてて、風呂の水を頭からひっかぶりました。早く出ようと思ったんです。立ち上がろうとすると、足の裏がにゅるって、いつもより気持ち悪い感じがしたんです。

　足下に、何かいるって感じたんです。何もいないんですよ。でも、とにかくなにかいるって思ったんです。何か柔らかいものがタイルの上にいるって、見えてもいないのに触れてもいないのに、それがこっちをじっと見上げている。そんな風に感じたんです。本当に気持ち悪くてね。私は足を上げて叫び声を上げました。今考えるとみっともない話ですよ。女房が駆けつけてくれて、とにかく浴室の外に出ました。なんだか、嫌な気持ちになりましたよ。いや、変なものがいたっていうのもあるんですが、駆けつけてくれた女房の顔がね。なんだか少し怖かったような気がするんです。少しね。

大家さんに聞いたのですが、五年ほど前、子供がお風呂場で転倒して亡くなったそうです。事故、だったそうです。私が聞いた。ゴンっていう、堅いものが落ちる音は、その時の音なのかもしれません。

　でもね。腑に落ちないんですよね。その前に、じゃぼん、て音がなってるんですよね。あの音はなんだったのか、ゴンって言う音が、子供が風呂場のタイルに頭を打ち付ける音なら、じゃあ、あのじゃぼんって音はなんだったんだろうってね。それで考えたんです。あの、じゃぼんって音は、子供を風呂の湯に投げ入れた音じゃないかって思ったんです。投げられた子供の体がお風呂の湯にじゃぼんってはねる音、それで、ゴンって音は、投げ損なった音じゃないかって、目測を誤って、子供の足か何かが浴槽に引っかかり、後ろ向きに頭をタイルにぶつけた時の音、ゴン、そう思ったんです。わかりませんけどね。

　五年前のことは、事故、だったんですかね。