第1話

文字数 982文字

 【倦怠感】 心身が疲れてだるい感じ。(goo 国語辞典から引用)
 この倦怠感は、新型コロナウイルス感染の代表的な後遺症の一つとして最近よく耳にする。
 ところで「倦怠感」は臨床の現場ではなかなか難儀な主訴(しゅそ)だ。採血の結果で、肝機能が悪い、腎機能が低下している、電解質に異常があるなど、原因が明らかである場合はいい。ところが検査結果で異状がないと、患者さんの訴えが全てになる。また、倦怠感は個人差があり、倦怠感そのものの程度を示す数値がない。

 倦怠感には思い出がある。
 約40年前、東京のとある病院で、東京都福祉センター?(当時)から送られてきた新患の入院患者の診察を依頼された。
 歳の頃60前後の男性で、新品の病衣を着せられている。
 カルテの表紙をめくる。年齢(不詳)、住所(台東区不定)とある。成る程…とピンときた。
 問診から始める。
 「こんにちは」
 「…。」
 不信感に満ちた目で(にら)まれる。
 「今日はどうして入院されましたか?」
 「好きで来たんじゃねえ。寝ていたら連れて来られたんだ。」
 「そうですか…。それは大変でしたね。」
 患者さんの吐く息が酒臭い。前歯が2~3本抜けていた。
 「では、今、体でどこか痛い所や、調子の悪い所はありますか?」
 「ん~。」
 しばらく思案して、
 「そうだな、体がだるいかなぁ。」
 眼球結膜(白目(しろめ))に軽い黄疸(おうだん)がある。顔も幾分、浮腫(むく)んでいる。
 カルテの主訴の欄に、General fatigue(全身倦怠感)と記載した。
 「では、いつから体がだるいのですか?」
 「ん~、かれこれ20~30年前からかなぁ…」
 (駄目だ、こりゃ。話が噛み合わない。)かくして漫才のボケと突っ込みのような会話が続いた。
 診察の結果、腹水も溜まっていた。
 私がつけた診断はアルコール性肝硬変だった。ふ~。

 さて、写真は地元の日帰り温泉の敷地内に自生する百合である。2014年7月31日に撮影した。

 私はそれまで地元の百合栽培農家のビニールハウス内で手塩にかけて育てられた百合しか知らなかった。野生の百合の花も優るとも劣らず綺麗で官能的な美しさがあることには変わらない。が、よく見ると風雨に晒され花びらや葉に傷んでいる所がある。美しさの中に疲れが見える。

 完璧な美しさもいいが、少し疲れが見え隠れする方がより魅力的であるような気がする。

 んだ。
(2022年10月)
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