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作者ブックマーク

活動報告

総括

 作中では語れない作者の想いを少々書かせて頂きたいと思います。
 本作は全107話、合計644,109文字の長編です。作風としては、歴史上の大きな出来事はそのままに、実在した人物と創作上の人物を縦横の糸のように絡み合わせてエピソードを紡いでいます。創作部分の方針は、有り得たかも知れないエピソードであり、有り得ない絵空事的なエピソードは極力排除するようにしています。

 第一章では、草原で育っていた千方(千寿丸)が下野の隠れ郷に連れて行かれ鍛えられる経緯と併せて承平天慶の乱及び蝦夷とは何かを描いています。
 狙いは、非宮廷文化を描くと言う事です。京と言う狭い範囲で、僅か1600人ほどの貴族とその取り巻きの人達で構成された特殊な社会を以て平安時代とするのは変だという想いが有りました。遍く各階層を描こうと思い、まず、最下層である蝦夷から話を始めました。将門も蝦夷も、更に言えば坂東の兵《つわもの》もアンチ宮廷文化としての存在であり、律令制の中で後世の武士となる兵《つわもの》達の萌芽の過程を描いたものでもあります。
 時代を描く為には、人と人の関わりばかりではなく、政治・経済、そして権力の所在の推移を描く事も必要と考えています。

 第二章では千方が陸奥国を訪れる話に乗せて、蝦夷とはどう言う存在なのかを描いています。武士の歴史・源平史は前九年の戦いから描き起こされる事が多いと思いますが、突然、俘囚と鎮守府将軍の間で争いが起こる。蝦夷を束ねる安倍氏が税を納めなかったとか、それらしい理由は語られるが、何故そうなったのか、大きな力を持つ俘囚の長・安倍氏が如何にして存在したのかは普通語られない。本作ではその辺を穿っています。

 第三章では土豪層と受領《ずりょう》層(都から派遣されて来る国司)との爭いという、当時実際起こっていた政治問題・社会問題をベースとして、やがて起こる歴史的な大事件・安和の変に繋がる秀郷流藤原氏と源満仲、満季兄弟との確執の発端を本作の主人公・藤原千方を通して描いています。

 第四章では描く階層が、下級貴族と上級貴族の関係、貴族層の中でも藤原摂関家へと変わり、源満仲、満季兄弟、源高明、藤原実頼、藤原伊尹、藤原兼家ら安和の変の登場人物達の動きが描かれます。

 第五章は、歴史的事実というよりも創作に力点を置いた章になります。但し、まるっきりの絵空事と言う訳ではありません。安和の変で囚われた千晴、源高明を救い出そうと画策する千方と『千常の乱』と言われる騒動を描いています。歴史的に広く知られる事件ではありませんが『信濃国より千常の乱を奏す』と言う記録が実際存在します。ただ、その時期に付いて私としては疑問が有り、物語の進行の中で辻褄合わせをしています。
 この時期の信濃守は実際、平維茂である訳ですが、この平維茂が紅葉《もみじ》という女の鬼を退治したと言う伝承は有名で歌舞伎『紅葉狩り』として伝わっています。時代は正にこの物語と同じで、更に全く同じこの時期に、源満仲にも鬼退治の伝説がこの信濃の地での話として存在するのです。と言う訳で、この時期、満仲も信濃に居て『千常の乱』に介入して来ると言うストーリーを作り上げました。
 もう一点、『千常の乱』に付いて信濃国が奏したと言う日付が怪しいのと、詳細を隠した形跡が有ると思った理由は、その後間もなく千常が鎮守府将軍に補任されている事実です。で、これを説明する為には裏取引が必要であり、誰がそれをやったかと言えば、当時の摂関家内の力関係から言って、実頼→兼通と言うラインしか考えられなかった訳です。

 第六章は上級貴族層の権力争いを描いている訳ですが、中でも、摂関家内、特に兼通と兼家の異常なまでの兄弟間での権力争いを描いています。

 第七章では、兼通の死後最高権力を奪取しようとした兼家と帝(みかと)を含めた権力争いが激化して行く様子と、そういった権力と千方との関わりが描かれます。そして、兼家が権力奪取の最終手段として取った禁じ手『寛和の変』の顛末が描かれています。

 第八章では、源満仲の突然の出家と兼家→満季→鏑木→平忠常というラインからの圧迫により千方が草原《かやはら》を捨てざるを得なくなる事情が語られます。

 そして、明日から掲載させて頂く第九章全10話が最終章となります。これまで、稚拙では有りますが、上は帝《みかど》から下は蝦夷までの各階層の事情を描いて来たつもりです。
 最終章で語られるのは、同一人物であるか否かを含めて、藤原秀郷の六男・六郎千方と伊賀・青山に伝わる伝承の千方将軍との関わりです。時代を含めて様々な可能性を検証しています。

 最後に、この小説には千年前も今も変わらない一つのテーマが存在します。それは、千年前にも有った事ではあるが、数百年の歳月を掛けて起こった事であるのに対し、同じことが、今では極短い間に起こっていると言う事実です。
 実は、『第七章第3話 歳月』の中の千方と郎等との会話の中に大きな伏線が存在します。

2024年 04月27日 (土) 16:23|コメント(0)

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