第一話 叔父さんからのお誘い
文字数 4,409文字
それは穏やかな昼下がりの出来事だった。
見もしないドキュメンタリー番組が子守唄の様に流れるリビングで、スヤスヤと惰眠を貪る優雅な時間を阻んだのは一本の電話だった。
『おい、久しぶりだな』
親族関係一同から
叔父の兄である親父からは辛うじて縁を切られていない存在だ。
一度気になって叔父が何故親戚一同から縁を切られているのか理由を聞いたが、恐ろしい事に誰も口を固く閉ざしたまま教えてくれなかった。
それが尚更闇が深い事に気づいた幼い俺は、深く追求はしなくなっていったのを覚えている。
そんな事が淡い記憶と共に脳裏にフラッシュバックしたので、もちろん警戒心マックスで返答した。
「……おじさん、何か用?」
『相変わらず、なんだ、ニートやっとるのか?』
いきなりご挨拶だな。
違うぞ、ニートでは無い。
俺はまだ十六歳なのでニートじゃなくて引きこもりなはずだ、多分。
次に何と言おうか迷っていると、テレビから流れっぱなしだったニュースでとある速報が流れ込んできた。
東欧の軍部隊が宇宙人の兵器によって壊滅したという内容だ。
軍服を着た男の遺影を持って泣き叫ぶ若い女性を、カメラが無常にもズームアップしていた。
それを見て、思わずこんな言葉が口からこぼれる。
「……人類が滅びそうってのに、なんで働かにゃならんの?」
『滅びるかどうかは知らんが、働かにゃメシは食えんだろ?』
「そもそもまだ俺は十六だよ? 扶養を受ける人間だよ?」
『働ける年だろ? 男は十五を超えたら立派な大人だ』
いつの時代だよ……。
俺が呆れながらため息を吐いていると、叔父が続けた。
『まあ、滅亡前だと思うなら、最後くらい親孝行したらどうだ?』
「何が言いたいんだよ……」
『仕事をやるぞ』
暫く脳がフリーズする。
常に無気力感を放出していた叔父からは想像もつかない発言だった。
ていうか待てよ、叔父って確か職業は……。
「もしかして軍じゃないよな?」
恐る恐る聞いてみると、叔父はなんとなしといった風に続けた。
『私が紹介するんだから、軍関係に決まってるだろ』
「絶対嫌だよ! ていうか何でまだ軍隊にいるんだよ、早く辞めろよ!」
『おお、私にもまだ辞めろと言ってくれる親族がいたか』
ノータイムで拒絶すると、叔父は呑気そうにそんな事を言う始末。
呆れ果てて何も言えないでいると、叔父はまあまあと宥める様に驚くべき事を口にした。
『楽な仕事だ、前線にいく訳でも無い』
「絶対嘘だろ! 漏れなく皇国全土の基地が前線になるっちゅーの!」
今現在、地球上で侵略されている国家はキレイに軍基地だけ破壊されている。
軍に属せば安全な場所なんてのは皆無なのだ。
『まあ、詳しいことは喫茶店で話そうか。お前の家から徒歩三分の……分かるだろ?』
「行かないよ。喫茶店でする話なんざ碌な事が無い」
怪しい儲け話とカップルの別れ話は喫茶店で行われるのが皇国のしきたりだ。
ここはいかない方が賢い選択だろう。
叔父はフッと笑いながら、
『話だけでも聞いていけ、奢るぞ』
「ケチなおじさんにしては羽振りが良いな」
『実際、そうだからな。ウハウハだ。十分以内に支度して来い、待ってるぞ』
「今からかよ!」
ブツッと切れる電話と共に、俺は何故叔父が親戚一同から縁を切られたのか腑に落ちそうになっていた。
とりあえず、日々のゲーム漬けで糖分が枯渇していた俺は、パフェだけでも摂取して逃げてやろうと誓い、準備する為に洗面台に向かった。
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喫茶店に入ると、いつもの様に客の少ないフロアの最奥の席で叔父が手を振っていた。
冴えないスーツに身を通した叔父は、昔よりかなり老けてみえる。
久々の叔父は更に頭の髪の毛が後退していた。
自分もそのDNAという呪縛が存在する事に戦々恐々としつつ、徐に席につく。
叔父はヨボヨボのマスターにパフェとコーヒーを注文した。
「どうせいつものパフェだろ?」
「注文してから聞くのかよ……まあ、そうだけど」
そんな会話を交わしつつ、叔父の動向を伺う。
穏やか、というより呑気な様相は昔と変わらない。
というか叔父が焦ったり、怒ったり、悩んだりしている姿を見た事が無い。
常に落ち着いているというか、南国育ちの如く呑気そうにしているのだ。
これが人類の終末感漂う今の時代で、なのだから若干の頼り甲斐というのはあるかもしれかい。
叔父は緩慢な動作でコーヒーを啜り、砂糖を加え、コーヒーを啜り、を繰り返す。
ようやく自分好みのテイスティングに落ち着いたのか、満足げな表情で、ついでに思い出したかのように口を開いた。
「百日後、我が国最後の反抗作戦が行われる」
俺は衝撃のあまり口をパクパクとさせていた。
何故、一介の引きこもりである俺にその様な事を告げるのか?
そもそもバイトとは一体何なのだろうか?
様々な疑問符が飛び交ったが、とりあえず叔父の次なる言葉を待つ事にした。
「国防軍総司令部は宇宙人が攻め込んでくる前に手を打つ事にしたようだ。太平洋上の奴らの母船に強襲部隊が送られる事になる」
「おい、待てよ叔父さん……いま、国防軍はまともに戦える人材は居ないんだろ?いっぱい人が辞めてったと聞いてるぞ?」
「少なくとも総司令部は本気で勝つ気でいるみたいだぞ、新しいおもちゃが手に入ったからな」
「はあ? おもちゃ?」
「見ろ」
差し出された茶封筒の中身を見ると、そこには三枚の写真が同封されていた。
一枚は空を飛ぶ人型のロボットの様な写真、もう一枚はそのロボットがトラックに積んである写真、最後はチェーンで吊り下げられ、中身を解体しようとしている写真だった。
「何これ?」
「宇宙人の兵器だ。陥落した国家は全部コイツにやられた。我が軍は合衆国が偶然、
「え? ……報道ではキモいエイリアンがニュルニュル侵略したみたいに言ってたけど?」
以前見た報道番組では触手を生やしたエイリアンみたいなのが侵攻したのだと主張していた。
デフォルメされたイラストが頭に浮かぶ。
叔父はコーヒーを啜りながら返答した。
「一般レベルではよく分かってないからな。なんせ、コイツが近づくと電磁波で地球の機械は全部ダメになっちまう。記録に残らないから、そんなデタラメな話がでてくるんだろうな」
「え? ちなみにそんな秘密っぽいこと俺に言っていいの?」
「ダメだよ」
ダメなんかい!
ひな壇芸人の様に転びそうになった。
その様子を叔父は呑気そうに眺めながら、
「バイトの話を受けるなら別だが」
「今の話を聞いて受けると思ってるなら、おじさん早く人間ドックに行った方がいいよ」
この前、軍の健康診断には行ったぞ、と呑気に返す叔父。
と、ここでヨボヨボのマスターからパフェが届いた。
俺はすかさずスプーンを取ってパクつく。
ここのパフェは四種の果物をふんだんに使ったフルーツパフェだ。
三層のムースは日替わりで、外れた事は無い。
今日みたいな平日じゃなきゃ直ぐに売り切れてしまう超人気メニューだ。
とりあえずバイトの話は忘れて舌鼓を打っていると、頬杖をついた叔父が俺の食事を眺めながら話を切り出した。
「メリットの話からしようか。人類の存亡がかかってるにしては少ないが、月五十万の報酬だ。成功時には五百万円振り込まれる。雇用期間は百日間だから、単純計算で六百五十万か?」
「ろっぴゃ——」
大金じゃないか。
不景気なこの世の中、初任給では絶対もらえない額だ。
それだけあれば新作ゲームがいくつ買えるか。
「しかもお前は准尉から大尉へと昇進だ。終身雇用だし、給料もそこはかとなく上がる」
「そもそも俺は准尉? では無いんだけど……」
「まあ、その辺も順を追って話そうか」
叔父の話を纏めるとこうだ。
叔父は上司から嫌われている窓際軍曹だったが、直前で辞めてやろうと残っていると、妙に上に気に入られ、中佐まで昇任したのだと。
そんで、叔父の中隊が特別任務に抜擢された。
更にそこに、宇宙人との交戦を現地で見てきた准尉?が、現場指揮として加わる事になったのだが、帰ってくるなり部隊長である叔父に退職願いを突きつけて高飛びしたらしい。
准尉は合衆国語も堪能で、高スペックだったから替えの効かない人材だった。
本部にも人材は足りて居ないだろうし、作戦前に部下達の士気が下がれば業務量が増える。
そこで叔父は、甥っ子である俺に白羽の矢を立てたのだと。
「何で俺なんだよ!?」
「お前、確か合衆国語喋れたよな? 理由の一つとしてそれがある」
俺は親父の仕事の都合で四年ほど合衆国で留学していた事がある。
それが皇国での引きこもり生活に直結する出来事となるのだが、それはまあ、今は置いておこう。
問題なのは今だ。
「他にも喋れる人が居るだろ!?」
俺が問うと、叔父はうざったらしく肩をすくめた。
「私の部下には居ないんだ。合衆国のエンジニアも作戦に加わるからコミュニケーション取れるやつが居ないと困るんだよ」
「それが引きこもりの甥っ子に頼む事かよ!」
「自己肯定感の低い奴だな、それじゃモテんぞ」
「……理由の一つとか言ってたな? 他にもあるの?」
あるぞ、と叔父はとんでも無い事を口にした。
「子供のあやし方が上手い」
「は? いつから国防軍は保育所になったんだよ」
「二週間前からだ。まあ、受けるなら話を聞かせてやる。また、連絡してこい。今夜中にな」
「おい、急だな」
「いつだって人生は急なものだ。動き出したら一瞬で何もかも変わっていく」
叔父は席を立ち、背を向け、歩き出すなり思い出した様に口を開いた。
「あと一つ」
首だけ振り向いた叔父はいつもの感情の読み取れない表情で告げた。
「人情だ、お前にはそれがある」
それだけ言って叔父は会計を済ませ、店をさっさと後にした。
俺は暫くパフェの残骸を貪りながら、一人考えた。
合衆国語が喋れて、子供のあやし方が上手くて、人情があれば適性のある職業ってなんだ?
インターナショナルスクールの教師しか思い浮かばないのだが?
いや、生憎教員免許も無いし教えられる事なんて一つもない。
とりあえずパフェは無事に食い終わった。
常連の俺はヨボヨボのマスターに取りに来させるのは忍びないので、いつもカウンターまで皿を持って行ってやる。
「ごっそさん」
「はい、タケちゃん。お粗末さま」
「……マスター、おれタケちゃんじゃなくてフミヤなんだけど」
「え? あー、ごめんごめん。昔のタケちゃんに似てたもんでねぇ」
ハゲ確定演出はよしてくれ。
肩をすくめた俺は早々に店を後にした。