第二十一話 【ヤマシタ・イチロウ】

文字数 3,558文字


ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ【三人称視点】



 深夜——皇国首都、某所。
 多色なネオンが煌々と輝き、雑多な人々の喧噪で賑わう亜東区最大の歓楽街がある。
 第一次大戦以降、荒廃した皇国を戦後復興させるために今は形骸化した連合国が用意したものだ。
 今では皇国の若者たちが大勢詰め寄せ、【眠らぬ町】として世界的に名を馳せていた。


 歓楽街の入口となる大仰なゲートがある。
 通称【魔物の口】と呼ばれる、皇国伝統の鳥居のような異形の門だ。
 当時、皇国を統治していた横暴な連合軍兵士を寄せ付けない為——とは、誰かが流した根も葉もない通説だ。

 だが、そのゲートを目の当たりにすると誰もがその話を信じた。
 それほどまでに、そのゲートは異様な雰囲気を纏っていた。
 
 また、その魔物の口に若者が飲まれていく。
 幾数もの人影がそこから行き来を繰り返していく。
 浮かれたように視線を彷徨わせる者もいれば、沈んだ瞳で足早に何処かへと向かう者もいる。
 
 『あそこから出てくる人間たちは、自分が魔物の口に飲まれていたのだと気づいてすらいないだろう』

 公安警察特務課、ヤマシタ・イチロウはそんな感想を人知れず浮かべていた。
 彼は壮年のベテラン刑事だった。
 無表情がトレードマークの無骨な男だ。
 しかし、彼にしては珍しく、薄く表情を強張らせ、背広のポケットに無造作に突っ込まれた手では、お守り代わりの百均ライターを転がしていた。

 『俺は飲まれに行く側だがな』
 
 彼はこれから、今までの刑事人生の中でも危険な任務に従事しようとしている。
 時計を確認する。
 約束の時間は、刻一刻と迫っていた。
 彼は歩き始める。
 真っすぐと魔物の口へと足を向けて。





 


ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 【魔物の口】を抜けて、数百メートルといったところか。
 ——酒場に擬態した、魔物たちが集う巣がある。
 ヤマシタは偽装した身分証を受け付けで提示し、大柄なガードマンに連れられ、中に入っていく。
 一見すると、ただの高級なバーにしか見えない。
 しかし、実態は違う。
 この町のVIPたちが集う、いわば会合場所なのだ。
 奥のカウンター席に居座るのは歓楽街の顔役達ばかりだ。
 最大規模を誇る風俗店舗のオーナー、ウルハ地区に拠点をもつ武闘派ヤクザの若頭。
 そして——。

 「見ない顔だ、こっちへ」

 店に入ってきたヤマシタを一瞥するなり、そう口にした若い男がいた。
 ヤマシタは促されるまま、対面の椅子へと腰を下ろす。
 高級時計とブランドスーツを身に着け、当然のように上座に座っていた。
 見た目は若手起業家といった感じか?
 しかし、実態はまったくもって違う。

 彼はこの国で最も幅を利かす宗教団体【ゾルクセス】の、大物幹部なのだ。
 
 分かりやすくて良い。
 ヤマシタは素直にそう思った。 
 表社会も裏社会も、権力の縮図は席順で分かるのだ。
 つまり、上座でふんぞり返っている若い男こそが、この中で最も権力を持っている証となっていた。

 「アンタが

協力者だな?」

 「ああ、そうだ」

 「だと思った。金に困ってそうな顔してる」

 室内に、下卑た笑い声が響く。
 当然だが、その声を上げているのはヤマシタ以外だった。
 若い男が人指し指をくいと曲げた。

 「さあ、さっそく約束のモノを出してもらおうか」

 ヤマシタは懐から封筒を取り出し、テーブルにそれを置く。
 近場に座った名も知れぬ男がそれを手に取り、若い男へと手渡した。
 若い男は薄ら笑いを浮かべたまま中身を改める。
 しばしの静寂の後、彼は口火を切った。

 「それ以上でも、以下でもない仕事ぶりだな」

 「ご期待通りってわけかな」

 ヤマシタが言い返すと、男は薄ら笑いを解いた。

 「まっ、こんなもんだろうな」

 若い男が合図すると、どこからか黒スーツの男が現れた。
 黒スーツは、ヤマシタのテーブル前でアタッシュケースを広げた。
 中身は皇国通貨の札束だった。
 ヤマシタは白い帯がされた札束を一つ手に取り、分かりやすくはにかんで見せる。
 
 「ありがたい、数える必要は無さそうだ」
 
 その言葉に、再び若い男は薄ら笑いを浮かべた。
 
 「いいや、数えろ。数えた方がいい。貧乏人にとって大事なことだ」

 ヤマシタは一瞬ジョークかと思って微笑みそうになったが。
 カチッ。
 背後から拳銃の撃鉄の上がる音がして、本能的に察した。

 『くそったれ、やっぱり罠だったか』

 ヤマシタは必死に動揺するのを隠しながら、白帯を取って札を数え始める。
 一枚、二枚。
 数えられたのはそれだけだった。
 次の札をめくろうとした時、札にはさまっていた何かが地面に落ちたからだ。

 ヤマシタは一瞬固まり、正面を見据える。
 期待したように、全員がヤマシタの次なるアクションを待っていた。
 ヤマシタはゆっくりとした動作で床に落ちた〝何か〟を拾い上げ、それの正体を知った。

 「ジョーカーだ」

 答えを吐いたのは、若い男だった。

 「運のない奴だ。ババを引いた人間の末路を知っているか?」

 「……さあな」

 「ゲーム・オーバー。舞台から去ることになる」

 背後から冷たいものが押し当てられたのを感じた。

 「待ってくれ……なんでだ、約束通りのブツは用意したろ?」

 「軍部は今、情報漏洩を恐れて完全に外部との連携を断ち切っている。我々の与えてやった恩義も忘れさって、な。こんな状況でこの情報を入手できたとなると……協力者がいるはずだよな?」

 ヤマシタは瞬時に男のたくらみを理解していた。

 「お前の協力者は誰だ?」

 「……聞いてどうするつもりだ?」

 「今度から、そいつのパートナーは我々に代わる」

 目の前の若い男は軍部とのパイプを欲しがっているのだ。
 それも、冴えない壮年の男を介す必要がない、直接的な方法で、だ。

 「騙しやがったな……」

 「騙すも何も……なあ?」

 ヤマシタは再び強く銃口を押し付けられるのを感じた。

 「三つ数える」

 「なあ、待てよ……頼む」

 「一」

 「お願いだ……俺には家族がいるんだよ」

 「二」

 「ああ……くそ、くそったれ……地獄に落ちろ」

 ドンッ!!
 室内に、轟音と火薬のにおいが立ち込めた。
 脂汗を噴き出した壮年の男が、椅子に座ったまま息を切らしていた。

 そして、殺意をこめた眼差しを浮かべ、若い男を射殺すように視線でとらえていた。
 若い男は大仰に手を広げながら立ち上がる。

 「大した奴だ。みんな、拍手」

 部屋で乾いた拍手が響く。
 ヤマシタは胸ポケットからハンカチを取り出し、額をぬぐう。
 ついさっき死を覚悟した男に、悪態をつく余力は既に残っていなかった。
 
 「なぜ、吐かなかった?」

 「……協力者の名前は、吐けない」

 「死んでもか?」

 「……ああ」

 「なるほど、あんたは信用できる」

 若い男は上機嫌そうにボトルを持って立ち上がり、ヤマシタの前でそれを傾けるしぐさをした。
 ヤマシタは震える手でグラスを手に取り、若い男から酌を受ける。

 「いじめ過ぎたな。悪かった。まあ、これからもよろしく頼むよ」

 ヤマシタは注がれた酒を一気にあおり、口元をぬぐって言った。

 「……タバコ吸っていいか?」







ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 ヤマシタは背広の上着を脱ぎ、夜風に当たりながら呆然と町を歩いていた。
 ふと気が付いて足を止め、振り返る。
 いつの間にか歓楽街のゲートを抜けていたいたようだ。
 魔物の口は悠然と、夜の街に佇んでいた。
 
 『やはり……あそこは魔物の口だ』 
 
 不意に、ヤマシタの胸ポケットの携帯が鳴った。
 ディスプレイに映し出された名前を見て、ヤマシタは周囲を見回す。
 尾行が無いことを確認し、暗い路地裏に入った。

 「俺だ、教団幹部に接触した」

 『おつかれさん』

 電話をとると、呑気そうな男の声が返ってくる。
 ヤマシタはタバコをくわえながら言った。

 「寿命が二年減ったぞクソッタレ」

 『たった二年か』 

 「ふざけんじゃんねえ、老いぼれの二年はでかいんだぞ」

 『まだまだ現役だろ』

 「もうすぐ定年だよ」

 『俺と一緒だな』

 ヤマシタはタバコに火をつける。
 呆れたように煙を吐き出した。
  
 「で、どうなんだよ。そっちは?」

 暫くの沈黙のあと、男は答えた。
 
 『なんとかなるだろ』

 「余裕だな」

 『ああ、こっちには【ミシマ】がついてるからな』

 その言葉を聞いて、ヤマシタは薄く笑った。

 「幸運の女神か」 

 『ああ、そういうことだ』

 「了解だ、じゃあ首尾よく頼むぜ——〝ウサギさん〟」
 『〝カラスさん〟もな』

 電話を切った後、ヤマシタはタバコを思い切り吸い込んだあと、指ではじいて飛ばした。
 飛んで行ったタバコは見事排気ダクト下の水たまりに落下し、ジュっと音を立てて火が消える。
 そのころには、既にヤマシタの姿は煙のように消え去っていた。
  
 
 
 
   
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登場人物紹介

②氏名: |茵《シトネ》キリ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわ系のボブカットになった。候補生達の証言では、過酷な孤児院時代は孤児院長からも君悪がられていたという程の天才であり、母国語に限らず、外国語も独学で習得していた。常にクールで本を読んでおり、集中しすぎると周りが見えなくなる。ほぼ毎日指揮官室に通い詰め、指揮官から外国語の発音を習っている。

①氏名: |乙亥《キノトイ》アネ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはツインテール。孤児院組の纏め役。責任感があり、積極性はあるが、リスクヘッジに敏感すぎる節がある。しかし、指揮官からのアドバイスで一皮剥ける事に成功し、頼れるリーダーとなった。

⑥氏名: |日野《ヒノ》セレカ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわポニー。何故か関西弁を喋る、乙亥《キノトイ》の参謀役。勝ち気な性格で、言動が荒ぶることもしばしば。

⑧氏名: |弓田《ユタ》ミア 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはベリーショート。内気で大人しく、周囲に流される傾向にある。|別蓋《ベツガイ》と絡み出してからは孤児院組からも少し距離を置かれている。

③氏名: |瀬乃《セノ》タネコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはショートにワンポイントヘアゴム。別蓋と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。常にボーッとしており、本人曰く訓練所に来るまでの記憶を全て無くしているという。何故か唯一、|別蓋《ベツガイ》が強く出れない人物でもある。

⑤氏名: |波布《ハブ》キョウコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはポニーテール。落ちついた物腰で、そつなくなんでもこなす器用さがある。候補生達の中では一番軍部への憧れが強い。篠崎伍長に憧れており、軍部への在籍を希望している。時折り、それが行き過ぎて篠崎伍長の様に振る舞う事もある。

④氏名: |仙崎《センザキ》トキヨ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはセミロングサイドテール《アホ毛を添えて》。天然でハツラツとした候補生達のムードメーカー。食いしん坊であり、時には大胆な行動に出ることもある。

⑨氏名: |輪舵《リタ》ヒル


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはロングの三つ編み。劣悪な環境にいた小学生とは思えない、上品な雰囲気を纏っている。世話焼きで、集団のお母さん的存在。1番のオシャレ好きなおしゃれ番長でもある。

⑦氏名: |別蓋《ベツガイ》サキ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはアシンメトリーのストレートセミロング。瀬乃と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。不遜でIQが高く、不和を生む言動を繰り返す。集団の異物的存在。軍部への反抗心があるようで、何やら企んでいる節がある。

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