第2話 東京に行って

文字数 1,285文字

 東太のネックレスを盗んだ勢いでそのまま東京に来てしまっていた津野田であったが、何か特別アテがあるわけでは無かった。この津野田という男、普段は冷静な性格なのだが、どうしてだか今回は見切り発車で行動してしまっているのであった。自分が何をしたいのかもよく分っていない。ただ東太を東京に戻さなければならないという使命感だけが津野田を支配していたのであった。

 ただ、東京と一つに言っても、そこには何万もの家・会社・コミュニティがあって、それらが複雑に絡まり合っている。東太の名前一つしか知らない津野田は、今まさにその壮大な網に呑み込まれようとしていた。

 しかしながら、事態の進展は早かった。津野田が飛び込んだネットカフェで東太の名前を検索すると、あっさりと彼のSNSアカウントが発見されたのである。津野田は東太が死ぬまでにどんな生活をしていたのか、何を目的に東京に来ていたのかを調査するために、SNSの投稿を遡っていった。

 SNSの中の東太は、舞台俳優をやっていた。アイコンは白シャツで舞台練習に励む本人の画像である。画素数の少なめな白シャツの彼は、爽やかそうな笑顔を左側の何かに向けていた。フォロワー数は120人。一番最近の投稿は、四年前のものであった。だが、東太が死んでからはまだ一年も経っていない。

 最後の投稿は、俳優引退表明であった。一緒に舞台を創り上げた仲間、今まで支えてきてくれたファン達への感謝が淡々と綴られていた。コメントにはいくつか彼の引退を残念がる声が残されている。東太はそれら一つ一つに丁寧な返信をしていた。彼の真面目な人柄がここにくっきりと現れていた。

 津野田は生前の東太に会った事もなければ俳優をやっていた事すら知らなかったのだが、その引退表明を見た瞬間に大きなショックを受けていた。東太がもう既に死んでいる事は理解していても、東太がまだ必死に生きているような気がしてならなかったのだ。不思議な話であるが、津野田は今までずっと無意識にそう決めつけていたのであった。

 東太が死亡した知らせがあった日、つまりは東太の遺体が発見された日のことであるが、身元確認を求められた彼の両親を東京に連れて行くために津野田もそれに同行していた。彼の両親は東京に行ったことがなかったのだ。だが実は津野田も東京は初めてであった。そして人間がごった返す都心というものを初めて見た津野田は、東京にいる東太という人が河原の小石のように小さく感じられた。そして身元確認は彼の両親だけで行われ、結局、津野田は東太の遺体を見ることはなかった。東太の宝石が届くまで、津野田の中で東太は河原の小石のままであった。

 東太は宝石になっている。それは現在、津野田も理解している。津野田は一度ポケットから東太を取り出すと、それをディスプレイの明かりにかざしてみた。薄暗い部屋の中で東太の赤色はよく見えない。津野田は諦めて東太をそっとテーブルに置いた。だが津野田はやっぱり少し考えると、東太をポケットに仕舞い直してから、彼のSNSをまた探っていくことにした。夜がふけるまでには、まだ沢山時間があった。
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