第2話 蛇を祀る神社

文字数 3,448文字

 運転手は瑠奈と少女の手によって助け出された。
 警察への事情聴取を終えて、二人はようやく帰宅することが出来た。
「何だか慌ただしかったわね」
 瑠奈は、少女に呼びかける。
 すると少女は、疲れのある微笑みをみせながら頷いた。
「そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったわね。私は、神崎(かんざき)葉月(はづき)よ。葉月でいいわ」
 それを聞いて、瑠奈も名乗った。
「私は、紅羽瑠奈。瑠奈でいいよ」
 お互いに名乗り合ったところで、不意に瑠奈の腹の虫が鳴った。
 思わず赤面してしまう。
 そんな瑠奈を見て、葉月はクスクスと笑った。
 恥ずかしさのあまり顔を赤くしながら俯く瑠奈だったが、空腹なのは事実なので素直に認めることにした。
 すると、葉月は言った。
「家に来ない? ご馳走してあげるわよ」
 その言葉に瑠奈は思わず目を輝かせた。
 こんな美人の家に行けるなんて。そう思うと心が躍った。
 しかし、それと同時に不安もあった。
 自分は今、非日常の中にいるのだ。もし、何かが起こったら……。そんなことを考えるだけで、恐怖を感じるのだった。
 瑠奈が戸惑っているのを見て、葉月は優しく微笑むと言った。
「大丈夫よ。何かあったら私が守ってあげるから。それに、私も一人で寂しいのよ。話し相手が欲しいの。だから、ね?」
 葉月は瑠奈の手を取った。
 その優しい手の感触に、瑠奈は安心感を覚えた。
 この人なら信頼できる。そう思った。
 瑠奈は頷くと、彼女の手を握り返した。
 葉月は嬉しそうに微笑んだ。
 そして、瑠奈の手を引っ張るようにして歩き出した。
 こうして、瑠奈は彼女の家に向かうことになった。
 しばらく歩くと、石段が続く長い階段が見えてきた。
 石段横には社号標があり、白巻神社と書かれていることから、葉月が神社の神職であることが連想された。
「葉月って、巫女なの?」
 瑠奈の質問に、葉月は頷く。
「そうよ。白巻神社の神主の娘なのよ。もっとも、両親は仕事が忙しいから今は一人暮らしだけどね」
 葉月は少し寂しそうにそう言った。
 それから、彼女は瑠奈の方を振り返ると、ニッコリと微笑んで見せた。
 葉月の笑顔を見ていると、瑠奈は不思議と幸せな気分になった。
 そして、階段を登りきると、立派な鳥居が見えた。
 境内は綺麗に掃き清められており、雑草一つ見当たらないほど清潔だった。
 その先に、木造の拝殿があり、その奥に本殿が見える。
 瑠奈は、少し緊張しながらも、葉月の後に続いて、敷地内に入っていった。
 拝殿を横に見ながら、葉月は社務所の引き戸を開けると、そこには廊下が伸びていた。
 廊下を進んで襖を開けると、そこは居間となっていた。
 畳が敷かれ、中央にテーブルが置かれているだけのシンプルな部屋だ。テレビやソファーなどはなく、必要最低限の家具しか置かれていないようだ。
「楽にしてて」
 葉月に促されて、瑠奈は座布団の上に座った。
「うどんでいいかしら?」
 葉月の問いかけに、瑠奈は頷いた。
「うん。大丈夫よ」
 葉月は、キッチンに立つと、冷蔵庫から食材を取り出して調理を始めた。
 しばらくすると、テーブルの上には、温かな湯気が立ち上る、きつねうどんが置かれた。
 その丼には、きつねうどんの香りが漂っていた。
 真っ白なうどんが、澄んだ出汁に浮かび、ほんのりと金色に煮た厚揚げが添えられている。
 そして、その上には薄く切った青ネギと、蒲鉾が添えられていた。
「おいしそう」
 瑠奈は、思わず感嘆の声を漏らした。
 その声に、葉月はクスリと笑う。
「冷凍うどんだけどね」
 そう言いながら、葉月もテーブルについた。
 二人は向かい合うように座ると、いただきますと言って食べ始めた。
 瑠奈は箸を手に取り、まずは丼の表面に浮かぶ薄い油膜をかき分ける。その瞬間、甘辛い香りが鼻をくすぐる。ほっと微笑むと、丼に浸ったうどんを口に運んだ。
 しっかりとしたコシのある麺が、ほんのり甘く柔らかな出汁に絡みつく。口の中に広がる温かさと旨味に舌鼓を打つ。
 瑠奈は夢中で食べた。
 こんなに美味しい食事は初めてかもしれないと思ったほどだ。
 葉月はそんな瑠奈の様子を見ながら、自分もゆっくりと味わっていた。
 やがて、葉月も完食すると、二人で食器を片付けた。
 その後、二人はお茶を飲みながら一息ついていた。
「ねえ、瑠奈。私を助けてくれない。ううん、みんなをだけど……」
 葉月が突然切り出した言葉に、瑠奈は首を傾げる。
 どういう意味だろうと思っていると、葉月は再び話し始めた。
「この白巻神社は蛇を祀っているの。蛇と聞くと恐ろしいイメージがあると思うけど、命の源である水を司る神獣なの。蛇は豊穣をもたらし子孫繁栄の霊力を持つ水神信仰の原点でもあるのよ」
 葉月の言葉に、瑠奈は驚く。
「蛇を祀る……。あ、もしかして白巻神社の白巻って、白い蛇を意味してるの?」
 葉月は微笑みながら頷く。
「察しがいいわね」
 どうやら、その通りらしい。
 蛇や大蛇を神として祀る地域は実在する。

【蛇を祀る神社】
 宮城県の金蛇水神社は、御神体は金属製の蛇で病気平癒を祈願する。福井県吉田郡の弁財天白龍王大権現は地元では《へびがみさん》と呼ばれる白蛇を御神体とする神社があり、福井県最強のパワースポットとされる。
 奈良県桜井の大神神社には巳の神杉(みのかみすぎ)というご神木があり、神の化身の白蛇が棲むことから、蛇の好物の卵が参拝者によってお供えされている。

 葉月の白巻神社は、白い大蛇を祀る。
 遠い昔、この地には邪悪な蛇が恐れられていた。
 その蛇は真っ白な鱗で覆われ、赤い目をしていた。巨大な体を持ち、人々に害を及ぼしていました。彼らはこの蛇を《白巻(はくまき)邪蛇(じゃじゃ)と呼び、恐れおののいていた。
 勇敢な武士や祈祷師が、その蛇に立ち向かったが、誰一人倒すことはできなかったと言われている。
 そんな時、旅の巫女が訪れる。
 巫女は不思議な力を持っており、白蛇が放った最後の獰猛な攻撃によって彼女は身体を欠損する程の重傷を負うが、欠損した肉体を引き換えに白蛇を封じることに成功した。
 そして、白蛇を神として祀ることで荒ぶる力を鎮め、この土地に平和をもたらしたのだった。
 これが、白巻神社の由来とされている。
 しかし、蛇を封じるために戦った巫女は、蛇の闇の力によって呪われてしまい、髪は真っ白に染まってしまった。その代償として、蛇の力を受け継ぐことにもなってしまった。
 蛇の力を解くことから、《蛇解きの巫女》とも呼ばれるようになったのだった。
 葉月もまた、同じ力を持っているのだった。
 瑠奈はその話を聞いて、驚くが然程でもなかった。
 瑠奈の反応に葉月は意外そうな表情をする。
「気味悪がらないのね」
 葉月の言葉に、瑠奈は微笑んでいた。
 葉月は、自分の正体について打ち明けたが、瑠奈は少しも動じなかった。むしろ、彼女の正体に親近感を抱いていたのだ。
 瑠奈は、葉月に言う。
「私は居合道をしているんだけど。剣を志す友達にね。魔物の剣を受け継ぐ人が居るって言ったら信じる? 兵法三大源流、陰流・神道流・念流と肩を並べる流派。幻の秘剣術を現代に受け継ぐ宿業を持っているの……」
 瑠奈は、そう言って少し悲しそうな表情をした。
 葉月は、瑠奈の話を真剣に聞いていた。
 瑠奈の目には虚言を吐くような気配はなかった。
 それに対し、葉月は瑠奈を信頼にたる人物だと判断したようだ。だから、彼女の話を信じることにしたのだ。
「瑠奈。あの蟒蛇(うわばみ)を倒す為に、私に力を貸して欲しいの……」
 そう言うと、葉月は頭を下げた。
「今日、トラックを横転させた奴ね」
 瑠奈は、葉月の話から今日の事件の犯人を察した。
 葉月は頷き説明をした。
 白巻神社では、《白蛇の力》を用いて、妖物の封印を警備する役目を負っているが、先日、テレビクルーが無断で取材に来た際に、誤って蟒蛇(うわばみ)を解放してしまったのだ。
 実体のない霊体ではあるが、その力は強大であり、白巻神社を護る使命を持つ者たちだけでは対応しきれない状態だった。
「私が受け継ぐ《白蛇の力》は諸刃の剣なの。私は、その力を使う度に命を削られていくの。でも、今はどうしても必要なの。お願い、瑠奈!」
 葉月は、再び瑠奈に頭を下げる。
 瑠奈は、葉月の必死さを感じ取っていた。
 そして、彼女は葉月の手を取ると、優しく微笑んだ。
「分かった。私の剣がどこまで通用するのか、試すいい機会だしね」
 葉月は、その言葉に驚いて顔を上げる。
 そして、瑠奈の優しい笑顔を見て、葉月は嬉しそうに頷いた。
 二人は、早速、準備に取り掛かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み