第3話 白巻の邪蛇(終)
文字数 4,450文字
二人は町を見下ろす高台に来ていた。
夜景が美しく見える場所だが、人気がなく静かだった。
瑠奈はブレザーのままに腰に角帯を締め刀を腰に差していた。その姿は侍の様でもあった。
一方、葉月の姿は変わっていた。
純白の装束と緋袴を着ており、髪留めには銀の鈴が付いている。
二人の間には、タライが置かれ酒が満たされている。アルコール度数の高い酒。
伝承にある八塩折之酒 だ。
これは、神話に残る「日本で最初に造られたお酒」であり、スサノオノミコトが八岐大蛇 を倒すために造らせたお酒と言われている。
「蟒蛇 」とは、大酒飲み・酒豪を指す。「蟒蛇 」とは元来、ニシキヘビなどのボア科のヘビの他、神話や伝説に出てくるような大蛇のこと。 日本では、大蛇を「オロチ」と呼んでいたが、15世紀頃から「蟒蛇 」という言葉が使われるようになったとされている。
この怪物をおびき寄せるには、酒を飲ませれば良いという逸話がある。
つまり、八塩折之酒 を提供することで、蟒蛇 を呼び寄せることができるというわけだ。
(これで、本当に現れるのかな……)
瑠奈は半信半疑だったが、とにかく葉月の作戦に従うしかなかった。
蟒蛇 に逃げられた以上、追跡は不可能だろう。
だから、こうして罠を仕掛けて誘い出すしかない。
瑠奈は、葉月の指示に従って準備を進めた。
瑠奈と葉月はお互いに目を合わせると頷く。
葉月はゆっくりと立ち上がり、深呼吸をして精神統一を始める。
彼女の口から祝詞が流れ始める。その声は透き通るように美しい声だった。
瑠奈は彼女の声に耳を傾けていた。
すると、葉月の体からオーラのようなものが漂い始める。
それは、白い光の粒のようなもので、葉月の周りを漂っていた。
葉月は目を閉じて、意識を集中する。彼女の額には汗が滲んでいた。
しばらくすると、闇の中で何かが蠢く気配を感じた。
瑠奈は刀の鯉口を切る。
抜きつけで斬りつけるつもりだ。
そして、遂にその瞬間が訪れる。
暗闇の奥から巨大な影が迫ってくるのが見えたのだ。
それは、全長8mを超える巨大な蛇だった。
赤い舌をチロチロと出しながら、こちらに近づいてくる。その巨体からは想像できない程、素早い動きだ。
まるで黒い濁流のようだ。
狙っているのは祝詞を上げている無防備な葉月だ。
その速さに反応できる人間はそうはいないだろう。
だが、一人だけ例外が居たのだ。
その人間こそ、居合道を修める瑠奈であった。
右手を柄に対し下から包み込むようにして握る。こうすることで、抜刀と同時に攻撃を仕掛けることができるのだ。
柄頭を蟒蛇 の方向に向ける。これを意識することで、鞘に収まっている刀身を素早く抜くことができる。
柄を握った右手を体の前に伸ばして抜刀。
抜刀の動作を始め、刀身の切先が三寸(約9cm)ほど鞘に残っているところで、鯉口を切る所作の際に鞘を握っていた左手で鞘を後ろに引く。
初めは静かに抜かれた刀だったが、急加速し、最後は疾風のごとき速さで蟒蛇 を左から斬り付ける。
しかし、瑠奈の一撃は空を切った。
葉月を狙っていた蟒蛇 は、瞬時に身を止めると回避したのだ。
だが、居合術には躱されたとて二之太刀に繋がる追撃がある。
今度は右上から袈裟懸けに振り落とす。
刀は蟒蛇 の左目に向かって振り下ろされる。
瑠奈は、そのまま体重を乗せて、刀を一気に押し込んだ。
金属音が鳴り響く。
瑠奈の刀は、蟒蛇 の鱗を斬り裂き、眼を斬った。
傷口から血が噴き出す。
激痛のあまり、蟒蛇 は絶叫する。
あまりの痛みに鎌首を乱す蟒蛇 。
だが、それでも致命傷には至らなかったようだ。
瑠奈はすぐに間合いを取ったため、蟒蛇 の攻撃を受けることは無かったが、次の攻撃に備えなければならなかった。
(くそっ!)
蟒蛇 は再び瑠奈を襲うべく身をくねらせる。
そして、大きく口を開けると鋭い牙を向けてきた。
その動きはまるでムチのようにしなやかであり、予測不能な動きをしてくる。
その時、葉月は唱え《白蛇の力》を解く。
「白蛇よ!」
葉月の掛け声と共に、彼女の眼は蛇と同じ赤く染まり身体から吹き上がった霊気から白い霧となって現れる。
その霧の中から現れたのは、体長5mほどの白い大蛇。
《白巻 の邪蛇 だ。
葉月はこの白い大蛇の力を借りて戦うのである。
白蛇は濁流のような勢いで蟒蛇 へと襲い掛かる。
白蛇の突進によって、蟒蛇 の巨体は大きく吹き飛ばされた。
葉月は、すかさず術名を唱える。
「朱舞!」
すると、白蛇の周りに小さな光の玉が、1つ現れた。
それは、蟒蛇 の周囲をぐるぐると回る。
光の玉は、それぞれ異なる軌道を描きながら蟒蛇 の身体に当たる。
まるで、花火のように光の粒が弾け飛んだ。
光の粒に触れた箇所は、黒く焦げたように変色していた。
葉月の使う術だ。
その光は熱を持ち、敵の身体を焼くことができるのだ。
「凄い。これが《蛇解きの巫女》……」
瑠奈は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
葉月の持つ力は圧倒的だった。
瑠奈一人では勝てなかった相手も、彼女なら倒せるかもしれないと思ったほどだ。
だが、瑠奈はまだ気を抜かない。
まだ戦いが終わった訳ではないからだ。
蟒蛇 は、葉月に激しい敵意を向けると再び襲いかかってきた。
今度は噛みつこうと大口を開けて飛び掛かってくる。
それに対し、白蛇は葉月を守ろうと前に出る。
蟒蛇 の鋭い牙は、白蛇の体に食いつき、血飛沫が飛び散る。
その途端に葉月は苦しみだす。
彼女は肩を抱えて膝をつくと、苦しそうに呻き声をあげる。
白蛇は葉月の身体の一部であり、白蛇に受けたダメージはそのまま彼女自身にも反映されるのだ。
それに留まらず蟒蛇 は白蛇の体内から、血と霊力を吸い始めたのだ。
葉月は激痛のあまり悲鳴を上げそうになるが、唇を噛んで我慢する。
ここで声を上げれば、瑠奈に心配と不安を与え、相手に更なる隙を与えることになってしまう。
それに、この程度の傷では死ぬことはない。
それよりも、今はどうやって反撃するかを考えるべきだ。
葉月は蟒蛇 を睨み上げる。
このままでは葉月が危ないと感じた瑠奈は、すぐに助けに入ろうとする。
「葉月、今行くわ!」
瑠奈は、刀を手に蟒蛇 の背に向かって走り、そこに向けて刀を突き立てた。
切先は鱗を貫き、深く突き刺さる。
しかし、蟒蛇 は、尻尾で瑠奈を薙ぎ払った。
瑠奈は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
衝撃で肺の中の空気が吐き出される。
「く……」
瑠奈は痛みに耐えながらも、なんとか立ち上がろうとした。
だが、蟒蛇 は休む暇を与えず瑠奈に襲いかかる。
立ち上がれていないことから、瑠奈は避けることもできない。
(どうしたら……)
瑠奈は気づく。
今こそ居合道の精神を発揮する時だと。
居合道は、刀を用いて身を護り敵を倒す心技の修錬を通して、旺盛な気力と強靭な体躯を養う剣道修行の一つ。
技の上の「敵」は「仮想の敵」であり、仮想敵を「自分の心(自我)」に見立て、「自我を斬り、自我を殺す」ことが精神修養になる。
(自分を斬って、心を殺せ!)
そう念じた瞬間、瑠奈の意識は自然と研ぎ澄まされていった。
周囲の音が消え去り、景色はモノクロになり色を失う。
見えるものは、自分と蟒蛇 のみだ。
自分を斬って殺した瑠奈には、目の前の敵がはっきりと見えていた。
いや、それどころではない。蟒蛇 が放つ殺意や憎しみさえも感じ取れるほどだった。
そして、自分が何をすべきかも理解できた。
瑠奈は座したまま、刀を納刀する。
居合術では鞘に収まった刀は構えなのだ。
巨大な顎門が瑠奈に食らつこうとした瞬間、その口に瑠奈は、鞘引きとともに刀を抜き出し、鞘放れ寸前に刃を水平にし、腰を伸ばして右脚を踏み込むと同時に蟒蛇 の右側頭部に鋭い一閃が叩き込まれた。
居合刀の刀身は折れることなく深々と切り裂き、その衝撃によって蟒蛇 の頭殻が割れて血が噴き出す。
それで終わりではない。
瑠奈は刀を振り上げ両手で柄を握ると、蟒蛇 の頭部を正面から縦に振り下ろす。
制定居合十二本・一本目
それであった。
蟒蛇 の頭が割られた。
脳漿が飛び散り、眼球が眼窩からこぼれ落ちた。
大量の血液が流れ落ちると、蟒蛇 の身体は力を失い崩れ落ちた。
その巨体は、ズシンと音を立てて地に伏したのだ。
瑠奈は立ち上がると、大きく息を吐く。
全身の筋肉が弛緩していくのが分かる。
疲労感が込み上げてくるが、それを心地良く感じた。瑠奈は血振りを行って残心を極める。
正面から葉月が近づいて来る。
肩で息をしている。
葉月は左肩に刻まれた傷からは血が流れていた。
瑠奈は慌てて彼女に駆け寄ると、声をかける。
「葉月!」
葉月はすぐに顔を上げて笑顔を見せた。
「大丈夫よ。それより、蟒蛇 を封印しないと」
葉月は札を取り出すと、痙攣を繰り返す蟒蛇 に貼り付ける。
「蛇よ、我が言の葉に従え。此処に留まり封じ込められよ。八百万の神々の力と共に、邪悪なる存在を封ず。白玉の印により、永遠の眠りにつかん。神々の加護と共に、我が言の葉が力となりて、永遠の封印を成さん」
祝詞を詠唱すると、蟒蛇 の身体は葉月の声と共に、封印の札から霊気の輝きが放たれ、蟒蛇を包み込む。
次の瞬間、蟒蛇の体が次第に輝きを失い、静寂に包まれていった。
蟒蛇 の巨体は消え去り、そこには白玉だけが残っていた。
それは白磁のような美しい光沢を持つ白玉だった。
「それが、あの蟒蛇 なの」
瑠奈が訊く中、葉月は白玉を拾い上げる。
「ええ。瑠奈、あなたのお陰で、災が去るわ」
そう言って微笑む葉月の目には涙が浮かんでいた。
やっと終わったのだ。
葉月が、そう思った瞬間、力が抜けたのか膝から崩れそうになる。
瑠奈は、そんな葉月を受け止めると、肩を貸してやる。
「しっかり。今お医者さんのところに連れってあげるからね」
瑠奈は、葉月を連れて行こうとする。
「待って」
葉月は瑠奈を呼び止める。
彼女は瑠奈の手を取ると、その手に自分の手を重ねた。
その手はとても暖かかった。
瑠奈の体温を感じると心が安らいだ。
葉月は今まで一人だった。《蛇解きの巫女》として生まれ、幼い頃から厳しい修行を強いられてきた。孤独の中で生きてきたのだ。
そんな時に出会った少女が瑠奈だ。
初めて出会った時から、瑠奈の存在は葉月にとって特別なものだった。彼女が自分を受け入れてくれたことで、葉月は救われたのだ。
「ありがとう」
瑠奈にお礼を言うと、葉月は照れくさそうに顔を背けた。
瑠奈は、その言葉を聞くと驚いたように目を見開く。彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「バカね。私達、友達でしょ」
瑠奈の言葉に葉月は、意外な表情をする。瑠奈は、真剣な表情で見つめ返す。やがて、瑠奈の表情は優しいものへと変わっていった。
葉月は頷くと、瑠奈に微笑みかけたのだ。
それから、二人はお互いの手を取り合う。
二人の手は、まるで姉妹のように固く結ばれていた。
夜景が美しく見える場所だが、人気がなく静かだった。
瑠奈はブレザーのままに腰に角帯を締め刀を腰に差していた。その姿は侍の様でもあった。
一方、葉月の姿は変わっていた。
純白の装束と緋袴を着ており、髪留めには銀の鈴が付いている。
二人の間には、タライが置かれ酒が満たされている。アルコール度数の高い酒。
伝承にある
これは、神話に残る「日本で最初に造られたお酒」であり、スサノオノミコトが
「
この怪物をおびき寄せるには、酒を飲ませれば良いという逸話がある。
つまり、
(これで、本当に現れるのかな……)
瑠奈は半信半疑だったが、とにかく葉月の作戦に従うしかなかった。
だから、こうして罠を仕掛けて誘い出すしかない。
瑠奈は、葉月の指示に従って準備を進めた。
瑠奈と葉月はお互いに目を合わせると頷く。
葉月はゆっくりと立ち上がり、深呼吸をして精神統一を始める。
彼女の口から祝詞が流れ始める。その声は透き通るように美しい声だった。
瑠奈は彼女の声に耳を傾けていた。
すると、葉月の体からオーラのようなものが漂い始める。
それは、白い光の粒のようなもので、葉月の周りを漂っていた。
葉月は目を閉じて、意識を集中する。彼女の額には汗が滲んでいた。
しばらくすると、闇の中で何かが蠢く気配を感じた。
瑠奈は刀の鯉口を切る。
抜きつけで斬りつけるつもりだ。
そして、遂にその瞬間が訪れる。
暗闇の奥から巨大な影が迫ってくるのが見えたのだ。
それは、全長8mを超える巨大な蛇だった。
赤い舌をチロチロと出しながら、こちらに近づいてくる。その巨体からは想像できない程、素早い動きだ。
まるで黒い濁流のようだ。
狙っているのは祝詞を上げている無防備な葉月だ。
その速さに反応できる人間はそうはいないだろう。
だが、一人だけ例外が居たのだ。
その人間こそ、居合道を修める瑠奈であった。
右手を柄に対し下から包み込むようにして握る。こうすることで、抜刀と同時に攻撃を仕掛けることができるのだ。
柄頭を
柄を握った右手を体の前に伸ばして抜刀。
抜刀の動作を始め、刀身の切先が三寸(約9cm)ほど鞘に残っているところで、鯉口を切る所作の際に鞘を握っていた左手で鞘を後ろに引く。
初めは静かに抜かれた刀だったが、急加速し、最後は疾風のごとき速さで
しかし、瑠奈の一撃は空を切った。
葉月を狙っていた
だが、居合術には躱されたとて二之太刀に繋がる追撃がある。
今度は右上から袈裟懸けに振り落とす。
刀は
瑠奈は、そのまま体重を乗せて、刀を一気に押し込んだ。
金属音が鳴り響く。
瑠奈の刀は、
傷口から血が噴き出す。
激痛のあまり、
あまりの痛みに鎌首を乱す
だが、それでも致命傷には至らなかったようだ。
瑠奈はすぐに間合いを取ったため、
(くそっ!)
そして、大きく口を開けると鋭い牙を向けてきた。
その動きはまるでムチのようにしなやかであり、予測不能な動きをしてくる。
その時、葉月は唱え《白蛇の力》を解く。
「白蛇よ!」
葉月の掛け声と共に、彼女の眼は蛇と同じ赤く染まり身体から吹き上がった霊気から白い霧となって現れる。
その霧の中から現れたのは、体長5mほどの白い大蛇。
《
葉月はこの白い大蛇の力を借りて戦うのである。
白蛇は濁流のような勢いで
白蛇の突進によって、
葉月は、すかさず術名を唱える。
「朱舞!」
すると、白蛇の周りに小さな光の玉が、1つ現れた。
それは、
光の玉は、それぞれ異なる軌道を描きながら
まるで、花火のように光の粒が弾け飛んだ。
光の粒に触れた箇所は、黒く焦げたように変色していた。
葉月の使う術だ。
その光は熱を持ち、敵の身体を焼くことができるのだ。
「凄い。これが《蛇解きの巫女》……」
瑠奈は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
葉月の持つ力は圧倒的だった。
瑠奈一人では勝てなかった相手も、彼女なら倒せるかもしれないと思ったほどだ。
だが、瑠奈はまだ気を抜かない。
まだ戦いが終わった訳ではないからだ。
今度は噛みつこうと大口を開けて飛び掛かってくる。
それに対し、白蛇は葉月を守ろうと前に出る。
その途端に葉月は苦しみだす。
彼女は肩を抱えて膝をつくと、苦しそうに呻き声をあげる。
白蛇は葉月の身体の一部であり、白蛇に受けたダメージはそのまま彼女自身にも反映されるのだ。
それに留まらず
葉月は激痛のあまり悲鳴を上げそうになるが、唇を噛んで我慢する。
ここで声を上げれば、瑠奈に心配と不安を与え、相手に更なる隙を与えることになってしまう。
それに、この程度の傷では死ぬことはない。
それよりも、今はどうやって反撃するかを考えるべきだ。
葉月は
このままでは葉月が危ないと感じた瑠奈は、すぐに助けに入ろうとする。
「葉月、今行くわ!」
瑠奈は、刀を手に
切先は鱗を貫き、深く突き刺さる。
しかし、
瑠奈は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。
衝撃で肺の中の空気が吐き出される。
「く……」
瑠奈は痛みに耐えながらも、なんとか立ち上がろうとした。
だが、
立ち上がれていないことから、瑠奈は避けることもできない。
(どうしたら……)
瑠奈は気づく。
今こそ居合道の精神を発揮する時だと。
居合道は、刀を用いて身を護り敵を倒す心技の修錬を通して、旺盛な気力と強靭な体躯を養う剣道修行の一つ。
技の上の「敵」は「仮想の敵」であり、仮想敵を「自分の心(自我)」に見立て、「自我を斬り、自我を殺す」ことが精神修養になる。
(自分を斬って、心を殺せ!)
そう念じた瞬間、瑠奈の意識は自然と研ぎ澄まされていった。
周囲の音が消え去り、景色はモノクロになり色を失う。
見えるものは、自分と
自分を斬って殺した瑠奈には、目の前の敵がはっきりと見えていた。
いや、それどころではない。
そして、自分が何をすべきかも理解できた。
瑠奈は座したまま、刀を納刀する。
居合術では鞘に収まった刀は構えなのだ。
巨大な顎門が瑠奈に食らつこうとした瞬間、その口に瑠奈は、鞘引きとともに刀を抜き出し、鞘放れ寸前に刃を水平にし、腰を伸ばして右脚を踏み込むと同時に
居合刀の刀身は折れることなく深々と切り裂き、その衝撃によって
それで終わりではない。
瑠奈は刀を振り上げ両手で柄を握ると、
制定居合十二本・
それであった。
脳漿が飛び散り、眼球が眼窩からこぼれ落ちた。
大量の血液が流れ落ちると、
その巨体は、ズシンと音を立てて地に伏したのだ。
瑠奈は立ち上がると、大きく息を吐く。
全身の筋肉が弛緩していくのが分かる。
疲労感が込み上げてくるが、それを心地良く感じた。瑠奈は血振りを行って残心を極める。
正面から葉月が近づいて来る。
肩で息をしている。
葉月は左肩に刻まれた傷からは血が流れていた。
瑠奈は慌てて彼女に駆け寄ると、声をかける。
「葉月!」
葉月はすぐに顔を上げて笑顔を見せた。
「大丈夫よ。それより、
葉月は札を取り出すと、痙攣を繰り返す
「蛇よ、我が言の葉に従え。此処に留まり封じ込められよ。八百万の神々の力と共に、邪悪なる存在を封ず。白玉の印により、永遠の眠りにつかん。神々の加護と共に、我が言の葉が力となりて、永遠の封印を成さん」
祝詞を詠唱すると、
次の瞬間、蟒蛇の体が次第に輝きを失い、静寂に包まれていった。
それは白磁のような美しい光沢を持つ白玉だった。
「それが、あの
瑠奈が訊く中、葉月は白玉を拾い上げる。
「ええ。瑠奈、あなたのお陰で、災が去るわ」
そう言って微笑む葉月の目には涙が浮かんでいた。
やっと終わったのだ。
葉月が、そう思った瞬間、力が抜けたのか膝から崩れそうになる。
瑠奈は、そんな葉月を受け止めると、肩を貸してやる。
「しっかり。今お医者さんのところに連れってあげるからね」
瑠奈は、葉月を連れて行こうとする。
「待って」
葉月は瑠奈を呼び止める。
彼女は瑠奈の手を取ると、その手に自分の手を重ねた。
その手はとても暖かかった。
瑠奈の体温を感じると心が安らいだ。
葉月は今まで一人だった。《蛇解きの巫女》として生まれ、幼い頃から厳しい修行を強いられてきた。孤独の中で生きてきたのだ。
そんな時に出会った少女が瑠奈だ。
初めて出会った時から、瑠奈の存在は葉月にとって特別なものだった。彼女が自分を受け入れてくれたことで、葉月は救われたのだ。
「ありがとう」
瑠奈にお礼を言うと、葉月は照れくさそうに顔を背けた。
瑠奈は、その言葉を聞くと驚いたように目を見開く。彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「バカね。私達、友達でしょ」
瑠奈の言葉に葉月は、意外な表情をする。瑠奈は、真剣な表情で見つめ返す。やがて、瑠奈の表情は優しいものへと変わっていった。
葉月は頷くと、瑠奈に微笑みかけたのだ。
それから、二人はお互いの手を取り合う。
二人の手は、まるで姉妹のように固く結ばれていた。