第73話 助っ人
文字数 1,642文字
「お前、兵士か。何をしている」
その男は氷炎の呼びかけで集まった兵ではなく、もともと斬常に使えていた野盗系の兵士のようだった。
「イラム様の姿が最近見えなくなると思ったらーー」
男は有無を言わせず麗射に斬りかかった。かばおうとするイラムを麗射は突き飛ばす。
男の切っ先が麗射の髪をなぎ払った。足をもつれさせた麗射は茂みの中に倒れ込む。
「来るな、イラム」
兵士の切っ先をごろごろと転がってかわす。しかし、麗射の体は密集する木々に邪魔をされ動きを止めた。
「覚悟しろ」
刀が麗射の上から振り下ろされようとした。
その時。
木立が揺れる音、とともに麗射の前に何かが舞い降りた。
同時に男の剣が宙に跳ね上がる。
「久しぶりだな」
顔を見なくてもその華奢な背中と声は、忘れるはずがない。
麗射が次の声を上げる前に、男は、殴りかかる兵士をかわし華麗な蹴りで兵士の顎を一撃した。
兵士はそのままぐらりと仰向けに倒れて昏倒した。
「走耳っ」
立ち上がるのもそこそこに、麗射は背中から飛びついてその細い体を抱きしめた。
「お、折れる、やめろ」
大げさな奴だなと顔をしかめながらも走耳の顔には微笑みが浮かんでいる。
「助かった、ありがとう。本当にありがとう」
「礼はいい。助けられたのはこっちの方だ」
話に聞いているのか、走耳は麗射の方に向き直ると焼刻の入った背中を軽く叩いた。
「おい、そこいらのツタを集めろ。こいつはしばらくすると目が覚めるだろう。猿ぐつわをしてもう少し深いところの森の木に縛り付けていくぞ。なあに、一日くらい縛り付けていったって死にやしない。麗射、お前は銀の公子とやらを助けに行くんだろう」
「なんでそれを?」
麗射は目を丸くする。
「何度かお前をここで見かけたが、いつもそのお嬢さんと一緒でさ。邪魔するのも悪いと、出て行く機会を逃してよ。で、聞くともなしに会話も聞こえてきて……」
決して盗み聞きしようとしたわけじゃない、珍しく走耳は頬を紅潮させて繰り返した。
「ところで走耳は救世軍に入ったのか?」
「氷炎と戦うことも考えたが、俺は組織に組み込まれるのが嫌なんだよ。物陰から氷炎の演説を聞いてたが、いつの間にか奴も変わってしまったしな。だから軍には入らずに、森深くで暮らしながらここら辺を様子見でぶらぶらしていたんだ。ま、そこかしこに兵士用の食いもんや装備があるからちょろまかしながら、な」
さすが、場所に溶け込むことでは右に出る者がいない異能の持ち主。麗射は頼もしい味方の出現を天帝に感謝した。
「今日の夜から明日の朝にかけて、宮殿が手薄になる。その隙に銀の公子を助け出し、ここから脱出したい」
「俺も探ってみたんだが、銀の公子は暗闇の獄にいるらしいな」
やはり。走耳の言葉に麗射の背中に冷たいものが走る。自分を助けて、囮になった清那に何かあったらと思うと胸が張り裂けんばかりに痛んだ。
「無事なのか?」
「さあ。洞窟の入り口に見張りが四人も張り付いているところを見ると生きてはいるだろう」
「明日の早朝から会合の支度が始まる。幹部も朝暗いうちから客を迎えに出て行くわ。そして饗宴は午後から始まって、夜まで続くの」
その間に宮殿に忍び込み、鍵を盗み清那を救出しなければならない。
「ま、俺しかいないだろうな。できるのは」
走耳がつぶやいた。
「いや、関係ない走耳にそんな危険な事をさせるわけには」
「俺はいくつかの抜け道も知っているし、身体的にもお前よりは勝算があると思うぞ」
走耳は肩をすくめた。
確かに、そう言われれば反論の言葉もない。
「すまない。頼んでもいいか、走耳」
走耳の言葉に、麗射は深く頭を下げた。
「お前には大きな借りがある。まあ、俺に任せとけ。しかし、このままで宮殿の奥深くに忍び込むのはちょっと難儀だな。兵士の制服でもあれば……、ん?」
麗射とイラムの妙な視線に気がつき、走耳が眉をひそめる。
「なんでお前ら俺を見てるんだ」
「あなたなら、似合うわ」
イラムが極上の笑みを浮かべて女官の服を差し出した。
その男は氷炎の呼びかけで集まった兵ではなく、もともと斬常に使えていた野盗系の兵士のようだった。
「イラム様の姿が最近見えなくなると思ったらーー」
男は有無を言わせず麗射に斬りかかった。かばおうとするイラムを麗射は突き飛ばす。
男の切っ先が麗射の髪をなぎ払った。足をもつれさせた麗射は茂みの中に倒れ込む。
「来るな、イラム」
兵士の切っ先をごろごろと転がってかわす。しかし、麗射の体は密集する木々に邪魔をされ動きを止めた。
「覚悟しろ」
刀が麗射の上から振り下ろされようとした。
その時。
木立が揺れる音、とともに麗射の前に何かが舞い降りた。
同時に男の剣が宙に跳ね上がる。
「久しぶりだな」
顔を見なくてもその華奢な背中と声は、忘れるはずがない。
麗射が次の声を上げる前に、男は、殴りかかる兵士をかわし華麗な蹴りで兵士の顎を一撃した。
兵士はそのままぐらりと仰向けに倒れて昏倒した。
「走耳っ」
立ち上がるのもそこそこに、麗射は背中から飛びついてその細い体を抱きしめた。
「お、折れる、やめろ」
大げさな奴だなと顔をしかめながらも走耳の顔には微笑みが浮かんでいる。
「助かった、ありがとう。本当にありがとう」
「礼はいい。助けられたのはこっちの方だ」
話に聞いているのか、走耳は麗射の方に向き直ると焼刻の入った背中を軽く叩いた。
「おい、そこいらのツタを集めろ。こいつはしばらくすると目が覚めるだろう。猿ぐつわをしてもう少し深いところの森の木に縛り付けていくぞ。なあに、一日くらい縛り付けていったって死にやしない。麗射、お前は銀の公子とやらを助けに行くんだろう」
「なんでそれを?」
麗射は目を丸くする。
「何度かお前をここで見かけたが、いつもそのお嬢さんと一緒でさ。邪魔するのも悪いと、出て行く機会を逃してよ。で、聞くともなしに会話も聞こえてきて……」
決して盗み聞きしようとしたわけじゃない、珍しく走耳は頬を紅潮させて繰り返した。
「ところで走耳は救世軍に入ったのか?」
「氷炎と戦うことも考えたが、俺は組織に組み込まれるのが嫌なんだよ。物陰から氷炎の演説を聞いてたが、いつの間にか奴も変わってしまったしな。だから軍には入らずに、森深くで暮らしながらここら辺を様子見でぶらぶらしていたんだ。ま、そこかしこに兵士用の食いもんや装備があるからちょろまかしながら、な」
さすが、場所に溶け込むことでは右に出る者がいない異能の持ち主。麗射は頼もしい味方の出現を天帝に感謝した。
「今日の夜から明日の朝にかけて、宮殿が手薄になる。その隙に銀の公子を助け出し、ここから脱出したい」
「俺も探ってみたんだが、銀の公子は暗闇の獄にいるらしいな」
やはり。走耳の言葉に麗射の背中に冷たいものが走る。自分を助けて、囮になった清那に何かあったらと思うと胸が張り裂けんばかりに痛んだ。
「無事なのか?」
「さあ。洞窟の入り口に見張りが四人も張り付いているところを見ると生きてはいるだろう」
「明日の早朝から会合の支度が始まる。幹部も朝暗いうちから客を迎えに出て行くわ。そして饗宴は午後から始まって、夜まで続くの」
その間に宮殿に忍び込み、鍵を盗み清那を救出しなければならない。
「ま、俺しかいないだろうな。できるのは」
走耳がつぶやいた。
「いや、関係ない走耳にそんな危険な事をさせるわけには」
「俺はいくつかの抜け道も知っているし、身体的にもお前よりは勝算があると思うぞ」
走耳は肩をすくめた。
確かに、そう言われれば反論の言葉もない。
「すまない。頼んでもいいか、走耳」
走耳の言葉に、麗射は深く頭を下げた。
「お前には大きな借りがある。まあ、俺に任せとけ。しかし、このままで宮殿の奥深くに忍び込むのはちょっと難儀だな。兵士の制服でもあれば……、ん?」
麗射とイラムの妙な視線に気がつき、走耳が眉をひそめる。
「なんでお前ら俺を見てるんだ」
「あなたなら、似合うわ」
イラムが極上の笑みを浮かべて女官の服を差し出した。