第19話

文字数 1,600文字


 ヒルダ・ケンナの入邦後の足取りについてだが、そこには〝大きな問題〟が存在していた。

 ――テロリストのブラックリストに載った彼女が、
     なぜ偽造された物でなく自身のIDで越境できたか。

 これには新人(ルーキー)のベアタが解決の糸口を示した。
 ヒルダ・ケンナは〝学生〟だろうと当たりを付けたのだ。

 他州からの〝越境者〟に対する在留資格の許認可は、主に犯罪歴、税務履歴、防疫措置履歴の観点から、警察総局、徴税・財政局、保健局といった州政府下の行政組織が行い、地球連邦政府フェルタ統監府の各官署に監督されている。所謂(いわゆる)〝ブラックリスト〟は統監府の差配で通達されるのだが、州政府の部局間に横の連携は薄い。

 一方で、植民惑星フェルタにおいても〝大学の自治権〟は広く認知されていた。
 学生の入学に伴う在留資格の裁可は各大学に一任の色彩が強く、一般のそれと比べて緩い。学生は大学を卒業する時点で〝特別枠での帰化申請〟が可能で、多くの越境留学生がそのままアイブリーに市民権を移している。

 つい一昨年前までサローノ避難民で学生の身分で在留していたベアタは、この仕組みに明るかったからだが、この〝ルーキー(ベアタ)の2(ポイント)目〟には、主任分析官のマズリエも手放しで賞賛(〝ブラボー!〟)してみせることとなった。


 そうして更に、ヒルダの足跡を辿りつつ並行して彼女のバックグラウンドを洗い直した結果、興味深い事実が浮かび上がってくる。
 ヒルダ・ケンナの就学許可の保証人として上がってきた人物が、アールーズでルカ・レーリオを取り逃がす直前に接触してきたところを写真に収めた男…――尾行させたガルベスを振り切った男――と同一人物であることが確認された。

 男の名はオロフ・ヘルムドソン。
 5年前、大学院の3年次でサローノからアイブリーのヨーダム大学に編入学。卒業後はアイブリーに帰化し、ヨーダム大学で助手の職を得ているが、それより以前(まえ)、サローノのヘロン大学に居たときには、学生運動を主導していたという過去があった。
 ’87年のアンディユ鉱山における非地球資本系の3人の経営幹部の不当逮捕に端を発したストライキの際には、キャンパスの内外で、駐留連邦軍関連の企業への原材料や役務の不売運動への参加を積極的に呼びかけている。
 9年後の現在、32歳。

 ……これで登場人物が線で結ばれた。


 だが、ここまできて話が先に進まなくなる――。
 ヘルムドソンに対し任意出頭を求めることを、先ずジーン・ラッピンが反対したのだ。

 曰く、
「彼は〝泳がせ〟た方がいい。〝点数稼ぎ〟しか頭にないバカな警官の真似をするか、泳がせて大物を釣り上げるか、二つに一つ。あなたたち(PSI)もよくやるでしょう?」

 さて、これにベアタが反発した。
 爆弾テロの実行犯に査証(ビザ)を与え、入国を手引きした人物である。彼がヒルダ・ケンナの保証人にならなければ、彼女はアイブリーに入ることは出来ず、当然、あの日のスアーナでバスを〝ハイジャック〟することも出来ず、子供を含む26人を道連れに自爆することもなかった。
 ベアタにとり(ヘルムドソン)もまた、テログループの構成員として(ゆる)すことのできない人間なのだった。

 バンデーラにしても、ようやく掴んだこの手蔓(てづる)を手放すことに納得し難かった。
 だからアズレト・シーロフPSI支部長を説得し、いったんは令状の請求に漕ぎ着けはしたのだったが、次に立ち塞がったのが支局長のラウッカだった。

 この事例(ケース)のヘルムドソンに対して、判事が〝命令状〟を発付(はっぷ)することは人権擁護の観点から無い、というのがその理由であった。
 彼の耳に届いた部局内の情報では、ヨーダム大学では、もしサローノ出身の大学職員が出身地ゆえの不当な差別を被るならば()()を看過することはない、との強い動機付けがあるということだった。

 ヘルムドソンの上司であるヨーダム大学のマルレーヌ・デュギー文理学部長は、フェルタにおいて〝名にし負う〟人権擁護者なのであった。
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