第20話

文字数 1,631文字


 アイブリー(じゅう)のインテリ層を敵に回しかねないと、すっかり腰の引けてしまった支局長に、バンデーラはそれ以上の説得を諦めた。

 実はサンデルスの政治力を使おうかと迷いはした。が、その彼に、そのようなコネの使い方をやんわりと拒まれている。この若い同僚は、政治力の使い方について、確かによく心得ていた。

 それでバンデーラは支局長を口説くことは諦めたものの、この決断の前後に彼のオフィスをジーン・ラッピンが頻繁に訪れていたことについては見逃しはしなかった。
 ラッピンを自分のオフィスに呼び付けるとドアを閉めさせ、1対1で対峙したのだ。
 2つ目の事件から、丸一日が過ぎようとしていた頃だった。

「支局長の判断は妥当よ。完全に正しいわ」

 バンデーラに機先を制されるのを嫌ってか、ラッピンの方が先に口を開いた。これはいつものことだ。

「あらそう。完全に?」

 バンデーラはラッピンの言い分に()()()()肯いてみせた。
 ラッピンも肯いてバンデーラを見返した。

「ええそう、完全に」
 ラッピンは仁王立ちに腕を組んで応じた。「――マルレーヌ・デュギーは難敵よ。ここでゴリ押しすれば、必ず話が(こじ)れる」

 この一昼夜で通じかけた二人の気脈が、いまはもう険悪なものへと戻りつつあった。

「そこは問題じゃない。そうでしょ?」 バンデーラは〝姉の表情〟になって捲し立てる。「あなたはオロフ・ヘルムドソンを守ろうとしている。違うかしら? いいえ、違わない。奴はあなたの情報屋よ。あなたのために組織内部の情報を流してる」

 感情の(こう)じるまま、といったふうのバンデーラに、一瞬、ラッピンも素の表情になって応じかけ、止めた。どうやら〝(から)め手〟――マルレーヌ・デュギーの名をチラつかせ、ラウッカ支局長に圧力をかけたこと――を使われたのが気に入らなかったらしい。そう判断したラッピンは、ここは〝一歩を引く〟対応へと改めた。

「サローノ人――とりわけ西部ファテュ辺り出身…――の学識者(インテリ)という立場は、彼らを職業的にも有利にしているのよ」

 声音を整えてラッピンがそう言うのを聞くと、バンデーラも声音を下げた。

「あなたの情報屋と認めるのね?」

 それでどうやら矛を収めてくれるらしいと判断し、ラッピンは肩をすくめてバンデーラを見遣る。

「私だけじゃない。アイブリー、キード、地球(連邦政府)、……誰とでも通じてる。〝この世界(諜報)〟の人間は皆そう」
「……というと、あなたのような美人は、皆と寝まくっていると、そういうわけね」
 バンデーラは〝意趣返し〟の言葉を投げつけてきた。サバサバとした見た目と裏腹に、なかなかに執念深いらしい。

「〝仕事の上〟でね」
 ラッピンは艶然とした笑みを浮かべて応じたのだったが、もうそのときには〝仇を討ち終えた〟バンデーラはラッピンから視線を外していて、自分の〝考えの整理〟に沈み込むようにしていた。

「ヘルムドソンはファテュに繋がっているのね」
 既に判明していることを確認するように呟き、その流れのままにラッピンに質す。
あの連中(〝ファテュのインテリ〟)とあなたとの間には、いったいどんな関係がある?」

「それは〝言えない〟。でも――」 ラッピンは慎重に応じた。「オッレ(オロフ)はこれまで何度か重要な仕事で役立ってくれた。……私としか接触しない。〝顔の広い〟貴重な情報源よ」

 それから、頭の中に浮いている幾つもの可能性を〝手札(カード)〟に仕立てている表情のバンデーラに、ラッピンは機先を制するように言った。
「――…オッレを〝泳がせる〟のを承知してくれるかしら?」

 バンデーラはラッピンと視線を絡めると、半瞬ほどで決断した。

「条件が一つ。あなたに監視を付ける」
「いいわ…――」

 ラッピンもここでは〝くどくど〟とした問答はしなかった。そしてバンデーラに自分の希望を伝えたのだった。

「…――ならあの子、ベアタ・ヌヴォラーリが適任ね。サローノ生まれのインテリなところがいい」

 バンデーラはデスクの上の受話器を取ると内線でベアタを呼び出し、ラッピンに部屋を出ていくよう手振りで伝えた。
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