天鼓の舞楽に六道輪廻の夜半楽【第二話】

文字数 1,875文字





 と、いうわけで今朝は仕事が休みだったのに午前五時に叩き起こされた僕、成瀬川るるせなのだった。
 その日の午後十時。日が伸びた七月でも、あたりが真っ暗になってしばらくした頃に。
 吉祥寺の電話会社ビルの向かい側にあるイタ飯屋、〈ジャングル・ジム〉の店内のテーブルに僕は突っ伏して、僕は「うー」と唸った。 
 向かいの席に座っている、いつもの青いギンガムチェックのシャツ姿である苺屋かぷりこは頬杖をつきながら、僕を見ながらテーブルに料理が運ばれてくるのを待っている。
「鴉坂つばめは、打たれ弱いからニートやってるようなもんだしな。傷ついていたのは間違いないし、るるせのデリカシーの足りなさは折り紙付きだし。……はぁ。バカみたいな話だな」
 ジントニックを一口飲み、かぷりこは僕に言葉を投げつけた。
「うー。かぷりこのその言葉に僕が傷つくよ」
「クズなのは本当だしなぁ?」
「うー」
「義務教育の脱落者だしなぁ?」
「脱落はしたよ、確かに。放棄したんじゃなくて、脱落した」
「テキトーに言ったんだが、図星だったか」
 僕は突っ伏しながら、目の前のハイボールを眺める。
「事実だよ」
「るるせ。おまえはなにがしたいんだ? だいたい、なんのために東京に住み始めたんだ?」
「ん?」

 思い出す。
 僕は高校時代に倒れ、東京の病院へ転院してきて、そのまま東京に住み着いた。
 それだけだった。
 僕は突っ伏したテーブルから、顔を上げる。
 ハイボールをグイっとあおる。

「僕は、今は警備員をしながら、ウェブ小説を書いている」
「あー、まあ、あたしも魚取漁子から、そのつながりで紹介されたわけだしな、るるせを」
 同じ警備員の、魚取さんからの紹介で、僕はかぷりこと知り合った。同じウェブ作家だし、というわけだ。

「東京に来て、杉並区の高井戸に住み着いて、やっと小説を書く時間が取れた、と思ったら雑用パラダイスの日々だ。最近の僕は、時間があれば、ぼーっとしてる。疲れていたので、ぼーっとするのが気持ちいい。モチベが上がらないのが、今の僕だ」
「ぼーっと、ねぇ」
「ぼーっとしてること自体に背徳感を感じる。でも、休んだ方がいいので、ぼーっとしてる。ぼーっとできる時間があってよかった。雑用や仕事をこなしつつ、ぼーっとするのに時間を使い、自分を見つめなおす。碌でもない自分に気づく。人生なんて、碌でもない自分に気づいたり忘れたりを繰り返す、その連続でできているので、そんな自分と向き合えればいいかなって。直視すると爆死するけどね」

「ふーん。煮え切らない意見だな」
「僕もそう思う」
「自分でも思うのかよ……」
「思うに『小説書きの自分』にアイデンティティを感じているひとが多すぎて、僕もそのうちの一人なんだ。煮え切らないさ。アイデンティティはぐちゃぐちゃだ」
「『自分ひとりが小説から手を引いたって、私も世の中も普通に、何事もないかのように成り立つ』ってことは、意識したほうがいいよな。アイデンティティだと思い込んだら、苦しいだけだ」
「小説というものに誠実にあろうとするほどに、『創作することに救いを求めてしまう』ひとが多いと、僕も思う。一喜一憂や、逆にマヒしたりすることは誰しもあるけど、意識高かったりプライド高かったり完璧主義だとか、個々人のそれは求められてないと思う。『捕らわれてる』んだろうなぁ。救いを求めているがゆえに」
「救いを求める奴は、本当に多い。『物語に救われる読者』より圧倒的に『物語を書くことによって救われる作者』が多い。だが、『捕らわれる』のは物書きの業なのかもしれない。安易に否定できないよな、その『(カルマ)』は」
「全くその通りだと僕は思う。でも、『業』なんてものがあるくらい、小説の執筆は魅力があって、魔性に属するものだ」
「文章は魔力を秘めている。その文章を読んだときの美しさを感じたときなんて、特に、な。しかも、『美しさ』という『感覚』と『意味』をべつのものとわけたとき、本当は意味より感覚の方が『理』に通じている不思議。あの陰陽師探偵に問い尋ねてみたいほどだよ」
「『意味』が『忌み』にならないよう、願うだけさ」
「今日のるるせは饒舌だな。酒が回ったか?」
「かもね」
 僕はハイボールを飲み干す。

「さて。話を戻そうか」
「うん? なんの話だっけ」

「鴉坂つばめの話よ」
 ジントニックを口元に運びながら、かぷりこは、
「話をそらそうったって、そうはいかないねぇ」
 と、楽しげに唇をゆがめた。


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登場人物紹介

蘆屋アシェラ

   蘆屋探偵事務所の探偵であり、陰陽師。

成瀬川るるせ

   警備員。

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