蝉丸ヶ庵は灯火暗く【第五話】
文字数 1,471文字
☆
「るるせくん。君ってやつは、いつもそうやってごろごろしながらゲームをしていて。職務怠慢だよ」
「だから、僕はここの所員じゃないですってば」
蘆花公園近くにある、蘆屋探偵事務所の昼下がり。
僕は探偵事務所の応接間のソファに寝そべり、スマートフォンゲームをしていた。
対面 に座る探偵のアシェラさんは、珍しく日本の新聞を読んでいる。
いつもは外国の新聞ばかりを読んでいるアシェラさんが、だ。
「連続通り魔殺人事件……か。警察もうちの事務所に事件の解決を依頼しにやってくればいいのに。園田乙女くんに言わないとダメだね」
最近、起こっている、連続通り魔殺人事件。ここ一か月で、十人もの被害者が出ているが、犯人は捕まらない。
「数年前の、白梅春葉が起こした事件を、思い出すねぇ」
アシェラさんが出した名前に、びくりとする僕。
「白梅の起こした、通称〈森の賢者連続殺人事件〉を思い出すよ」
「もしかして、アシェラさんも関わっているんですか、その事件……」
「〈森の賢者連続殺人事件〉は、いわゆる〈賢者タイム〉……つまり性交渉後の恍惚状態の男性……ばかりを狙った連続殺人事件だった」
「け、賢者タイム……」
「野外で隠れて性交渉をしていた人間を襲うため、その特殊性からなかなか犯人が捕まらなかったんだよね」
「は、はぁ」
「組織犯罪の可能性も出てきたため、園田乙女くんが事件の担当になり、僕にも捜査依頼が来た」
「ドラマみたいですね」
「そんなもんじゃなかったさ。犯人だった白梅春葉は、被害者の血液を飲むことから、相手が失血で青ざめるって意味で〈青鬼〉と言われてたな」
「相手が青ざめる……」
「生き血をすすってたのさ。女性の前で、相手の男性の血液を、ね。ひどい事件だった。僕と園田くんが捕まえたけどさ。春葉は、犯行を一人で行っていた」
「なにが目的だったのでしょう、その事件の、犯人にとって」
「快楽殺人、さ。恋愛や性愛に対して、うまく関係性を築くことができないタイプの者の、犯行だった」
……快楽殺人、か。
常軌を逸した殺人。目的は、快楽。
「自分の過去の呪いに勝てなかった奴が起こしてしまった犯罪だったな。悲惨な事件だったけど、だいたい野外で性交渉してるって奴らも、犯罪といえば犯罪だった」
「確かに」
「面白いことに〈森の賢者〉ってのはダブルミーニングで、森の中や公園の茂みで殺人が起きていたことによる命名でもあったのさ。ひどい命名さ。死んだ奴らも浮かばれないだろうなぁ」
僕はアシェラさんを見る。珈琲をすすっている。
「白梅は精神鑑定が済む前に病院を脱走して、それからどうなったのやら」
「ま、まるで今回の事件も白梅が起こした事件であるかのように聞こえますけど」
「そうは言ってないさ。でも、日本で殺人鬼は、珍しいからねぇ。そんなに存在するとは思えないけど? それに、ね」
「な、なんです?」
「殺害現場のシチュエーションが同じなんだ、今回の事件と〈森の賢者連続殺人事件〉の」
「同じ、とは」
「森の中や公園の茂みで、犯人は犯行に及んでいる」
「…………」
白梅春葉。彼女が、この事件の犯人なのか?
いや、そんなはずはない。
「ああ、そうだった、るるせくん。白梅は脱走するときに、看護師や警備員を片っ端から殺して逃走したらしい。警備員である君も気をつけなよ?」
僕はスマートフォンをスリープさせ、目を瞑った。
目を瞑ったけど、イメージはなにも思い浮かばなかった。
「白梅……春葉、か」
「るるせくん。君ってやつは、いつもそうやってごろごろしながらゲームをしていて。職務怠慢だよ」
「だから、僕はここの所員じゃないですってば」
蘆花公園近くにある、蘆屋探偵事務所の昼下がり。
僕は探偵事務所の応接間のソファに寝そべり、スマートフォンゲームをしていた。
いつもは外国の新聞ばかりを読んでいるアシェラさんが、だ。
「連続通り魔殺人事件……か。警察もうちの事務所に事件の解決を依頼しにやってくればいいのに。園田乙女くんに言わないとダメだね」
最近、起こっている、連続通り魔殺人事件。ここ一か月で、十人もの被害者が出ているが、犯人は捕まらない。
「数年前の、白梅春葉が起こした事件を、思い出すねぇ」
アシェラさんが出した名前に、びくりとする僕。
「白梅の起こした、通称〈森の賢者連続殺人事件〉を思い出すよ」
「もしかして、アシェラさんも関わっているんですか、その事件……」
「〈森の賢者連続殺人事件〉は、いわゆる〈賢者タイム〉……つまり性交渉後の恍惚状態の男性……ばかりを狙った連続殺人事件だった」
「け、賢者タイム……」
「野外で隠れて性交渉をしていた人間を襲うため、その特殊性からなかなか犯人が捕まらなかったんだよね」
「は、はぁ」
「組織犯罪の可能性も出てきたため、園田乙女くんが事件の担当になり、僕にも捜査依頼が来た」
「ドラマみたいですね」
「そんなもんじゃなかったさ。犯人だった白梅春葉は、被害者の血液を飲むことから、相手が失血で青ざめるって意味で〈青鬼〉と言われてたな」
「相手が青ざめる……」
「生き血をすすってたのさ。女性の前で、相手の男性の血液を、ね。ひどい事件だった。僕と園田くんが捕まえたけどさ。春葉は、犯行を一人で行っていた」
「なにが目的だったのでしょう、その事件の、犯人にとって」
「快楽殺人、さ。恋愛や性愛に対して、うまく関係性を築くことができないタイプの者の、犯行だった」
……快楽殺人、か。
常軌を逸した殺人。目的は、快楽。
「自分の過去の呪いに勝てなかった奴が起こしてしまった犯罪だったな。悲惨な事件だったけど、だいたい野外で性交渉してるって奴らも、犯罪といえば犯罪だった」
「確かに」
「面白いことに〈森の賢者〉ってのはダブルミーニングで、森の中や公園の茂みで殺人が起きていたことによる命名でもあったのさ。ひどい命名さ。死んだ奴らも浮かばれないだろうなぁ」
僕はアシェラさんを見る。珈琲をすすっている。
「白梅は精神鑑定が済む前に病院を脱走して、それからどうなったのやら」
「ま、まるで今回の事件も白梅が起こした事件であるかのように聞こえますけど」
「そうは言ってないさ。でも、日本で殺人鬼は、珍しいからねぇ。そんなに存在するとは思えないけど? それに、ね」
「な、なんです?」
「殺害現場のシチュエーションが同じなんだ、今回の事件と〈森の賢者連続殺人事件〉の」
「同じ、とは」
「森の中や公園の茂みで、犯人は犯行に及んでいる」
「…………」
白梅春葉。彼女が、この事件の犯人なのか?
いや、そんなはずはない。
「ああ、そうだった、るるせくん。白梅は脱走するときに、看護師や警備員を片っ端から殺して逃走したらしい。警備員である君も気をつけなよ?」
僕はスマートフォンをスリープさせ、目を瞑った。
目を瞑ったけど、イメージはなにも思い浮かばなかった。
「白梅……春葉、か」