「もう脱走しないから手錠を外してくれ!!」

文字数 4,979文字

           ※ 随時更新していきます。書いた分だけ投稿。

「ちょっと買い物に行ってくるから。うん。すぐ戻ってくるわ。
 たぶん1時間以内には」

バタンと玄関の扉が閉められる。
アキオは身が凍るような思いがした。
ミスズは1時間と言ったが、買い物好きなせいで途中で100均などに
寄ってしまったら、その倍もかかることがある。今日は食料品や日用品の
買い出しに行ったのだが、ドラッグストアに寄るのもまずい。

『カワチは店内が広くて快適ね。レジ前に美味しそうな
 お菓子がたくさん売られてるから、つい買っちゃうの。
 あの陳列の仕方は、ほんと卑怯だと思うの』

と楽しそうに語りながら、エコバッグをパンやソフトドリンクで
満載にして帰ってくるのだ。他にも食料品もたくさん買い込んでいる。
これだけの量を持って帰れるのだから、小柄な割にパワフルである。

一時はカワチの株を買おうかと頭を悩ませていたが
『超絶貧困、おまけに少子高齢化の社会でカワチに競争優位性が
 あるわけないか。どこのドラッグストアも似たようなものしか打ってないし。
 100均も同じね。優位性があるとしたら神戸物産(業スー)かしら』

アキオにとって、小売店の事情など関係なかった。
今困っているのは、布団の上に大の字で寝かされていることである。
手足を少し動かすと、じゃらじゃらと鎖の音がする。
手首と足首に手錠がされていて、数センチ程度しか動かせないように
固定されているのだ。

「くそぉ……くそぉおお!! この!! このぉおおお!!」

無駄な抵抗をしたことは何度もある。
文字通り無駄なのだ。
手を一生懸命に動かしても人間の力で手錠を砕けるわけもなく、
手首にこすれた痕ができて、やがて出血する。
それでもアキは歯を食いしばり、手を動かし続ける。

ミスズが帰ってくるまでの時間が長い。
いっそコンビニまで10分の買い出しだとしても、彼にとっては
1時間にも感じられる。2時間の買い物なら丸一日すら感じられる。

この小さなアパートに監禁されていると、時間の感覚さえ
失われる。そして心から笑えた日がいつの日だったのかさえ、
もう覚えていない。きっと東京都五輪の頃かなと思った。
今思えば岸田政権より菅政権の方が一億倍ましだった。

「ううううぁうあううあああああ!! はずれろおおおお!!
 こんのおお、やろうううう!! うわあぁああああああ!!」

ジャラジャラと鎖が音を鳴らす。鎖の先には、四肢を拘束するための
四つの黒い鉄球があって、アキの力では思い鉄球には叶わない。
ミスズそれでも、男の力なら分からないとして、万が一の可能性のために
部屋に盗聴器と監視カメラを設置してあるから、彼の様子はリアルタイムで
スマホから監視できるようになっている。

またアパートのドアを改造してAIセンサーを取り付けた。
アキが脱走した場合、AIに登録済みのアキの生体反応によって
危機を感知し、高圧電流がドアノブから流れる仕組みとなっている。
ミスズの許可なしに扉を開けるとそうなってしまうのだ。

「ふぅ……ふぅ……ふー!! もう限界だ……。
 俺が何したって言うんだ……。
 なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ……。
 もう家に帰りたい……でも帰る家もねえし……
 ほんと、つまんねえ人生だよ。
 令和の日本になんて生まれてこなければ良かった……」

最後は泣く。
いつものパターンだ。
無性にトイレに行きたくなり、喉がカラカラになり、
疲れて眠りそうになった時、ミスズは帰ってくる。

「ただいまぁ」

「ミスズ……」

「アキちゃん。ただいま? 良い子にしてた?」

「……見りゃわかるだろ」

「アキちゃん? お姉さんは、ただいまって言ったのよ。
 ちゃんと挨拶を返しなさい」

「……っせえ」

「うん? 声が小さくて聞こえなかったわ」

「うるせえって言ったんだよ!!
 もういっそ殺せよ!! おまえのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!!
 こんなボロアパートで監禁されて、大好きな株もできなくなった!!
 俺がここ数週間でどんだけストレス貯めたか知ってるだろ!!
 おまえのせいで髪の毛が半分くらい白髪になっちまったじゃないか!!」

「……あらそうなの」

ミスズはパンパンに膨れ上がったエコバックをテーブルに置く。

「今日はから揚げが安かったのよ。アキちゃん、から揚げ好きよね?
 今電子レンジで温めるから少し待っててね」

「から揚げより俺の話をちゃんと聞いてくれよ!!」

「聞いてるじゃない」

「聞いてないよ!! 俺は、この手錠を!! 外してくれって言ってんだよ!!」

「……子供の駄々を聞くのも疲れるわ」

「どっちが子供だよ!! いくら人権のない令和の日本だとしても、
 これはやり過ぎだぞ!! 俺は収容所の囚人じゃない!! 人間だ!!」

「いいえ。違うわ。ぜんっぜん違う。あなたは子供どころか
 生まれたばかりのヒナ鳥と同じよ。ヒナ鳥が親鳥無しに生きていけるの?
 ヒナが親離れをするには、ひとりで狩りができるようにならないといけない」

ミスズはスマホの画面をアキに見せてあげた。
2月の第二週の金曜の終値だ。

「う……うそだろ……。あの時、岸田ショックで東証から100兆円が消えた
 1月の相場から、日経が1400円以上も回復してる……?
 トピックスのコア銘柄にはすごいお金が戻って来てる」

「ね? 私の言った通り。まったく売る必要がなかったでしょ?
 あなたの代わりにホンダ、三菱UFj、三井不動産を半分だけ利確しておいたわ。
 それとプラチナ、パラジウムは全て利確。税引後の利益が31万円発生したわ」

「さ、31万円……? たったの2週間でそんなに?
 戻って来た100万以上のお金はどうしたんだ?」

「まだ何も買ってないわ。今のところ現金で待機ね。
 ウクライナ問題は解決してないし、3月の米利上げも待っている。
 底値で拾うために取っておいた方が利口でしょう」

※ 作中のキャラは、令和12年の設定なのに、明らかに現実の令和4年の相場の
  話をしていますが、たぶん気のせいということにしましょう。
  筆者も書いていて今矛盾に気づきました。

「勝手にアキちゃんのお金を動かしてしまったことは謝るわ。
 でも私が運用しなかったら、今頃どうなっていたのかなぁ?
 もう日経は終わりだ、損切りだ、損切りだ!! ってうるさかったよねー」

「どうせ俺は……頭が悪いよ……。俺を見下してそんなに楽しい?」

「アキちゃんが少しくらいおバカなくらいでちょうどいいのよ。
 その方がお姉さんにとっても守りがいがある。 
 アキちゃんが私を頼ってくれる。同じことを何度も繰り返すけど、
 私はアキちゃんに頼られることが生きがいなのよ」

「それは素晴らしいボランティア精神だね。尊敬するよ。
 だってこんな生きてる価値もないクズのために、お小遣いを
 たくさんあげて、しかも株で損するのが分かってるのに。
 とても賢い女性のすることとは思えないよ」

「そんなことないよ!! アキちゃんはクズじゃないわ!!」

「クズだよ!! 今さっき君が俺を馬鹿だって否定したじゃないか!!
 どうせ俺は株なんでできっこない、クズだ!!」

「どうしてそんなこと言うの!! クズじゃないって言ってるのに!!」

「……ねえミスズさ。君は俺を監禁しているが、本当は君の心が
 俺に縛られているだけなんだ。監禁されているのは、ある意味ミスズの方だ。
 可笑しな関係だよ。俺は金がない。ミスズは愛が足りない。だから
 二人は交互に依存しあう。これって変じゃない? 普通の恋愛って呼べないと思う」

「普通の恋愛!? 普通って何? 私、そういう言い方、大っ嫌い!!
 世間とかマスコミとか、学校の先生がよく使う、普通って何なの?
 私は中学生の時からそういう概念を否定して生きてきたわ。
 だからお父さんんの薦める政治の道も目指さなかったのよ」

ミスズは両手を広げて自説の展開を始めた。
こうなると長いのだ。
まるで街頭演説をしている政治家のようだったので、
ますます彼女が凡人とは違う人なのだと思い知らされる

「で、君は幸せなのか?」

「幸せよ。どうしてそんなこと聞くの?
 私が無理してアキちゃんを養ってるとでも思っているの?
 私はいつだって自分の気持ちに正直に生きているつもりよ」

「俺のどこが好き?」

「好きって……そんなの今さらね。
 答えていたら日が暮れちゃうからお昼ご飯にしましょうよ」

「良いから答えろよ!!」

さすがにミスズがムッとしたが、怒りをこらえて質問に答えることにした。

「そんなに聞きたいなら全部聞かせてあげるわ。今度は途中で
 さえぎらないでね? 最初は、そうねぇ。同じコンビニのアルバイト
 では先輩と後輩の関係だったじゃない。私の方が少しだけ後輩だったから、
 レジの打ち方で分からないところとか、質問したらすごく親切に教えてくれて……」

実に長くて途中でアキオは寝てしまった。比喩でなく本当に寝てしまった。
内容があまりにもつまらないし、今までに何度も聞かされた内容だったからだ。
要約すると、アキオはすごく気が利いて、優しくて、女性の扱いが旨い。

愚痴を喜んで聞いてくれるし、イベントごとにプレゼントを忘れずに渡してくれる。
何よりミスズのことを「かわいい」「綺麗だ」と何度も褒めてくれた。
好きになるのに理由なんていらないのだ。気が付いたら、たまらなく好きになっていた。
最初はどこにでもいる、ちょっと頼りなさそうな青年のイメージしかなかったのに。

「何寝てるのよ!!」

「話が長すぎて眠くなっちゃったんだよ!! 
 聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。
 お昼にしよう。早くこの手錠外してよ」

「はいはい。今外してあげるわ。傷の手当てもしましょうね」

ミスズは救急箱を持ってきて、少し血が流れている彼の手首を消毒してから
ガーゼをつけて包帯を巻いてくれた。彼女は傷の手当てもテキパキとしていて、
まるで看護師経験のある人のようだった。

「痛いの痛いの、とんでけ~」

と笑顔で言うが、監禁だけは絶対にやめてくれない。鬼である。

その時、玄関のチャイムが鳴ってしまう。

「あら、誰かしら。通販は頼んでないはずだけど」

ミスズは玄関で大和の宅班員から小さな段ボールを受け取った。
注文主は西沢アキオとなっている。ミスズが急いで段ボールを開けると
艦隊これくしょんの美少女フィギュアが入っていた。

箱には下記の説明が書いてある。

A賞 大和プレミアムフィギュア
 大和型戦艦一番艦、大和が【水着mode】で登場です!!
 髪の毛やパレオに透明パーツを使った夏らしいフィギュアです。

ミスズに対する当てつけのような、魅力的な身体つきの女だった。
日本最強の戦艦をモデルにした美少女のため、身長は190センチもある。

「アキちゃん? これを何時注文したの?」

「たぶん、日経が急落する前だったから、年末だったかもしれない。
 在庫切れの商品だったから、入荷次第お届けしますって。それで
 今日届いたんだと思う。ああ、どうせ隠しようがないから正直に言うけどさ。
 ミスズが仕事に行っている時にこっそり受け取ろうと思っていた商品だけど、
 どうして欲しかったから時間指定しないで注文してしまったんだ」

「アキちゃん。お姉さん、言ったわよね?
 こういうの買っちゃダメって」

「うん。そうだね」

「どうして買ったの? それに私が仕事に行っていない時を
 狙ってって、それって私に対する裏切りよね。違う?」

「ミスズのことは、もちろん愛しているよ。
 でもアニメは別じゃないか。二次元のキャラは俺の趣味だから別に…」

「この女、胸がでかいわ」

「……そうだね」

「胸が小さい女って生きてる価値がないのかしら?」

「そう思っているのはミスズだけじゃない?
 俺はミスズのことが可愛いと思うし、すごく好みだけど」

「……嘘つくんじゃないわよ。私の事、嫌いなんでしょ。
 嫌いだから私が困るようなことするんでしょ」

「違う!!」

「もう……死のうか」

ミスズは包丁を持ってきて、アキの上にまたがった。
アキは四肢が拘束されており、全く抵抗できない状態だ。

「死ねばずっと二人きりになれるもんね。
 一緒に死のうよアキちゃん。死んだ後の世界なら
 艦これも巨乳の女もきっと存在しないよね」

「あわわわ……あわわわわわぁ……た、たのむぅ。
 考え直してくれ。待ってくれ。お願いだ。まだ死にたくないよ……」

「」

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