第8話

文字数 8,220文字


 翌朝、辞表を入れた封筒を投函するために由起子はポストがある船着場の売店に徒歩で向かった。

 栗原が軽トラックで送ると言ってくれたがここに来てから1度も歩いた事のなかった海沿いの道を歩いてみたくて、由紀子は1人で出掛けることにしたのだった。
 山の上を回るトンビの声を聞きながら海を眺めたり、潮風を浴びながら砂浜を歩いたりしてこれまでの仕事や人生について考えた。

 そうやって頭の中を整理しながら2時間程かけて売店の前までやって来た由起子は1度大きく深呼吸をした後、封筒をポストに入れるとしばらくの間そこに立ち尽くしていた。

「笑顔でいればきっと、良い結果になるよ…」後ろからの誰かの声を聞いた由紀子が振り返ると、開いたままになっていた売店のガラス戸の脇に店主のおばあさんが立っていた。
 割り切った筈だったが本当に後悔しないのかと、ポストの前で自問自答を始めていた由紀子はその言葉に救われた気がして自然に涙が溢れてきた。

「あらら、笑ってなきゃ良い事が逃げてっちゃうよ。笑わなきゃ。ほら、笑って」
 ポロポロと大粒の涙を流す由紀子を見たおばあさんはそう言うと、両手の人差し指で口の両端を押し上げ、「人の顔ってのは、どんなに悲しい時でもこうすりゃ笑った顔になるんだよ。やってごらん」と続けた。

 おばあさんはしばらく黙った後、
「そうして時が過ぎればいつか必ず良い日がやって来て、本当に笑えるようになるんだから」と優しい笑みを浮かべて言った。

 由起子がその優しさに応えようと泣きながら人差し指で笑顔を作ると
「ほら、美人さんになった」そう言っておばあさんは店の中に戻っていった。

 その姿を追って店に入った由紀子にアイスクリームを手渡し、
「そこに座って食べな。なにか食べれば落ち着くんだから」そう言いながらガラスケースの向こうの椅子に座り、再び笑顔を向けた。

 由起子にはアイスクリームから伝わるその冷たさが、まるでおばあさんの温かさのように思えて再び涙が溢れ出してくる。

 それを見ておばあさんは、
「ほら、これ、これだよ」両手の人差し指を立てて笑顔を催促し、「アイスが溶けちゃうから早くお食べ」と気遣う。

 椅子に腰を下ろした由紀子を見て、
「昔、あたしが女学生だった頃、カラス天狗にもこれを教えてやったんだ。全然笑わんかったからね…」静かにそう話した。

 おばあさんがカラス天狗に会ったことを栗原から聞かされていなかった由紀子は初めて知ったその事に驚いて、
「会った事があるのですね、カラス天狗に?」と思わず大きな声で訊く。

「ああ、昔はカラス天狗を見ても人には話しちゃいけないと言われてたんだよ。今でも島の人同士じゃあまり話さんけどあんたここの人じゃないから、いいやね…」おばあさんは肩をすくめるような仕草をして少女のようにニコッと笑った。

「どっかの古い書物に書かれているその意味を教えろって言ってきたんだけど、中学生のあたしに訊いたってわかるわけないだろ。だから、先生に訊けって言ってやったんだ。そしたら今度は私が持っていた笛を見て、それは何だって聞くんだよ。これは、音楽の授業で使うリコーダーだって言ったら、それを教えろって言うんだからたまげたよ」そこで一息つくと、茶碗の冷めたお茶を飲む。

「翌日、そのカラス天狗に姉さんが使わなくなったリコーダーをあげて、吹き方を教えてあげたんだ。この山の頂上近くでね」
左手で山の頂上を指差すようにした後、何かに気付いたようにおばあさんは店の入り口に顔を向けた。

 店の入口に車が止まる音とドアが閉まる音がして、
「こんにちはー」と栗原が現れる。

「先日は色々ありがとうございました。お陰でヨシ坊さんとも知り合いになれました」おばあさんに小さく頭を下げ、「やっぱりここだったんだね。帰ってこないから様子を見にきたんだ」と椅子に座っている由紀子を見て栗原は言った。


「アイスクリーム、おいくらですか?」椅子から立ち上がった由紀子が聞くと、
「あたしが無理に食べさせたんだから要らんよ。また、いつでも食べにおいで」おばあさんは優しく言って目を細めた。

 帰路についた由紀子は軽トラックの助手席で、おばあさんから聞いたカラス天狗の事を栗原に話すべきか迷っていた。

 最初はそのカラス天狗が感情を勉強しに来ているあの3人と同じ宇宙人だと思え、すぐに話すつもりだった。
 しかしよく考えてみると、横井夫妻が話したカラス天狗もおばあさんが会ったカラス天狗も3人とは別のものかも知れないと思えてきた。
 栗原が以前、「黒い人達こそ横井さんが話したカラス天狗だ」と言っていたが確証があるというわけではないし、由紀子はそれ以上に『島の人同士じゃあまり話さない』という事をあの優しいおばあさんとの2人だけの秘密にしておきたかった。

 自宅に着くと何も言わずに助手席に座る由紀子を気遣い、
「仕事のこと、整理できたかい?」栗原が静かに言った。

「うん。おばあさんに慰めて貰ったら、吹っ切れたわ」由起子は運転席に座る栗原の方へ向き直り、「人の顔は、泣いていてもこうすれば笑った顔になるんだって」と立てた人差し指で笑顔を作り、「そうやっていれば時が過ぎ、必ず良い日がやって来て本当に笑えるんだって教えてくれたのよ。私達が彼らに笑顔を教えているこの方法でね」顔に添えた指を外して今度は本当の笑顔を見せた。

 その日の12時頃、2人が昼食をとっていると宇宙人達が縁側からやって来た。

 ジュニアはすぐに由紀子が座る椅子の横に来て、顔を少し傾げるとゆっくり目を細め、口の両端を上げて笑顔を作る。

「あら、いきなり笑顔をくれるのね。嬉しいわ」由紀子はその頭を優しく撫でながらそう言った。

 食事の邪魔になると思っているのか、シニアとスリムは少し離れた所からまだ笑顔とは言えない表情を作っている。

 2人に背中を見せていた栗原が振り返り、
「こんにちは」と言ったが相変わらず誰も挨拶はしないでいる。

 由紀子はそんなことを気にする素振りも見せずに、
「あなた達も笑顔をくれるのね。でも、その前に挨拶を覚えないといけないわね」シニアとスリムを見て言い、「そういえばあなた達は何を食べているのかしら?」思い出したように訊く。

 すると、笑顔をいつもの顔に戻したスリムが
「通常は栄養バランスのとれたサプリメントを1日2回摂取します。それ以外に顎と歯の成長を考慮し、硬いガムを毎日1時間噛むようにしています」と答えた。

 それを聞いた由起子は隣に立って見つめているジュニアに
「そうなの…、一緒に食事が出来たら良かったのに…」と残念そうに言った。

 栗原はその2人を見て、何か心の繋がりみたいなものが出来ているように感じ、
「ジュニアには少し感情が芽生えてきたように思えるね!」と由紀子を見て言う。

「そうね。私もそう思うわ。それに、何かを伝えたいのにそれが出来ないじれったさみたいなものをお互いに抱えている気がするの」由紀子も不思議そうな顔をしてそう答えた。

 その日は由起子が言った通り、挨拶の仕方について教えた。

 時間や状況によって決まり文句みたいになっているからなのか論理的に理解しやすいらしく彼らはすぐに挨拶を会得し、自然に使いこなせるようになった。

 そのお陰で別れ際は正しくて自然なものになったが、挨拶は無いのが当り前になっていた栗原と由紀子には違和感しかなかった。

「では、さようなら」シニアが言い、

「おやすみなさい」と、スリム。

「それでは、また明日」ジュニアがそう続ける。

 ジュニアの挨拶でついに、我慢していた由紀子が吹き出してしまうと3人が振り返り、
「何か間違えましたか」とシニアが真面目な顔で言った。

 由起子は笑いながら顔の前で手を振り、
「いいのよ、間違っていないわ。じゃあ、また明日ね」と笑いながら3人が藪の中に消えるのを見送った。

 そして、ジュニアの事務的な堅い口調を真似て、
「それでは、また明日、だって…」由起子は横にいる栗原にそう言うと、「あの可愛い顔でこれはないわ。話し方も教えないとダメね!」と笑った。

 栗原も3人の事務的な口調の挨拶に違和感を持ったので、
「そうだね。スリムは女性だし、それぞれの見た目と性格に合った話し方をした方が感情の理解も深まるかも知れないね」そう応えた。


 その日の夜、由起子は引っ越し用の段ボールに入れたままになっていた沢山の小説を片っ端からから引っ張っり出し、遅くまで本の中に何かを探していた。

 自分の部屋で寝ずに作業しているのに気付いた栗原が声を掛けると、
「3人のキャラクターに合った話し方を小説で探していたの。ようやく見つけたわ!」そう言って1冊の本を見せた。

 それは、たった1人の親である母と生き別れた甘えん坊でいたずら好きな少年が母に代わって自分を育てる叔母さんと2人、担任の男子教師に助けられながら社会の荒波を生きていくというもので、やがて大人になった少年が病気で寝たきりになっていた母を捜し出し、ずっと2人で夢見ていた海が見える家を自身で造りあげるという愛情に満ちた物語だった。

 その本を立ったまま数ページ呼んだだけですぐに3人の登場人物はシニア、スリム、ジュニアだと思える程、由起子が見つけた本の中のキャラクターは彼らにピッタリだった。

「よくこの本を見つけたね。彼らのイメージそのものだよ!」栗原が感激しながら言うと、
「高校生の時に読んだっきりだから朧げにしか覚えていなかったけど、探してみて良かったわ」由紀子は嬉しそうにしながらも、「私の勝手なイメージで彼らのキャラを決めて申し訳ないけど、地球にいる時だけだからイイわよね?」と少し心配そうに言った。

 そのキャラを割り当てることに大賛成だった栗原は
「ちゃんと説明すれば彼らも理解してくれるだろうし、嫌だと言ったら止めればイイよ」そう言って由紀子を安心させた。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 次の日の夕方、いつものようにやって来た3人は
「こんばんは」と、声を揃えて言った後、
「おじゃまします」と、それぞれが順番に言ってから上がり込んだが、まるで昔からそうしているように聞こえて2人は驚いて顔を見合わせた。

 ジュニアは家に上がるといつものように小走りで由紀子の元へ行き、笑顔を作る。
「本当に上手になったわね」由紀子はそう言ってジュニアを褒めた。

 由起子はそのままジュニアの手を引いてソファまで行くとシニアとスリムも呼び寄せてそこに座らせ、1冊の本を取り出して見せた。

「この本の中にある話し方をそれぞれに割り当てたいの。あなた達のイメージに一番ふさわしいものを探し出したのよ」3人の反応を伺いながら話し、「感情を表現するには話し方も大事だし、そうすることで感情が人によって違うことを理解しやすくなると思うわ。でも、あなた達が嫌ならやるつもりはないの、どうかしら?」とそれぞれの意志を確認していく。

「由紀子さんが良いを思うものなら嫌ではないです」すぐにスリムが反応して言った。

 その言葉で少し自信が持てた由起子が
「笑顔も挨拶も自然に出来るようになりその上、話し方の違和感も無くなれば私達がもっと自然な愛情をあげられるようになる筈よ」3人を見て言うと、
「感情の理解が深まるならやるべきだと考えます」とシニアが言った後、
「愛情を貰う為にやります」ジュニアがそう答えて笑顔を作った。

「じゃあ、決まりね」由紀子は嬉しそうに言うとシニアには先生の、スリムには叔母さんの、そしてジュニアには少年の口調が書かれた部分を本の中で示して教えた。

 スリムがその本を持ってソファから立ち上がり、
「早くその口調で話せるよう、3人で勉強します」と事務的に言い、
「では、これで失礼します」昨日教えた通りに小さく頭を下げた。

「失礼します」シニアも教えた通りにそう言ったがジュニアは
「さようなら」と2人とは違う事を言い、由紀子に手を振り帰っていった。

 そのジュニアに手を振りながら、
「ジュニアに感情が芽生え始めているのは確かだわ…」由紀子が呟く。

 栗原も同じこと感じながら
「ジュニアは明らかに君との別れを惜しんでいるよ。少年の口調で話すのが楽しみだ」と言った。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 4日後、夕方になると3人がやって来た。

 藪を見張っていた由紀子は3人が出てきたのを見て、
「あ、来た。来るわよ!」と小声で囁くように言う。

 この時を楽しみにしていた2人はリビングのソファに座ると、彼らには気づいていない素振りでドキドキしながら待った。

 縁側までやって来た3人は昨日のように声を揃えて挨拶をせず、
「こんばんは。おじゃまします!」1人ずつ小さくお辞儀をしながら言って上がり込んだ。

 栗原と由紀子が驚くのに、それだけで充分だった。
たったの二言だったがそれぞれの声が変わったかと思う程その話し方には個性があり、一晩で覚えたとは思えない自然な発声だった。

 2人はそのあまりの驚きで言葉を失い、ただ彼らの事を見ていた。

 ジュニアはいつものように由紀子の元へは行かず、3人で並んで縁側に立つ。

「どうでしょう? わたしの話し方はあの小説の口調になっていますか?」
 まさに先生の雰囲気を漂わせて先ず、シニアが話す。

「わたくしは叔母さんのように話しています。いかがです?」
 続いて、スリムが静かな声で話した。

「ぼくは男の子だよ! どう?」
 最後にジュニアが少しやんちゃな口調で言う。

 3人はその容姿こそ地球人ではないが目を瞑ればまさに本の登場人物で、隣の由起子はそのあまりの変貌に目を潤ませて黙っている。

 言葉を失っていた栗原がようやく口を開いて
「驚いた。3人共、一晩でここまで変わるとは…。皆、よく頑張りましたね。それぞれの話し方が完璧に出来ているし、全く不自然なところがない…」と皆を褒めると突然、ジュニアが由紀子の元へ走り寄り、オレンジ色のガーベラを一輪差し出した。

「これ、あげる!」と男の子の口調で言い、涙を溜めた由紀子の目をじっと見つめた。

 由起子は呆気に取られてただ、目の前の花を見詰めていたが大粒の涙を一つこぼすと、
「ジュニアちゃん!」そう言ってジュニアを抱き寄せた。

 栗原の目にはその一輪のガーベラが正にジュニアからの愛情として映り、まるで事故で感情を失ってしまった男の子がそれを取り戻した瞬間のように思えた。
 シニアとスリムも笑顔のような表情を浮かべてそのジュニアを見ていたが、それが自然なものになっているように見える。

「どうやってその話し方を会得したんですか? 笑顔まで昨日とは違っていますよ…」3人が何をしたのか知りたくなって栗原が訊くと、
「小説に書かれた台詞にふさわしい話し方を地球にあるドラマや映画の中で探し、それを何度も観て覚えました。あるドラマを繰り返し観ていたジュニアはそこから何かを強く感じとったようです。わたしとスリムもある映画から自分達が知らない感覚を得て、気付くと以前より自然な笑顔が出来るようになっていたのです」シニアが先生の口調で説明した。

「わたくしには、あんなに難しかった笑顔なのに…」スリムが静かに呟く。

「2人にも、ジュニアと同じように感情が芽生えているんだわ。そうでなければ、これほど自然な口調になる筈がないわ」
 感動の涙を拭きながら励ますように由紀子は言った。


 全員に感情が芽生えた事を知り、嬉しくなった由紀子はそれぞれの話し方に合った個性がもっと出せるようにと笑顔以外の表情を色々教えていったが地球人より表情筋が乏しいのかすぐには出来ず、笑顔と同様に練習が必要のようだった。
 しかし、彼らが感情を学ぶ目的はあくまで病気の原因究明や古い歴史や起源についての謎を解き明かす為だから個性を出すことが出来なくても良いと栗原は思った。


 皆が帰った後、由起子は花瓶に挿したガーベラを見つめながら、
「私が必要とされる場所がハッキリしたわ。彼らの感情を蘇らせ謎を解き明かせるよう手助けする、それが今の私に求められている事だわ」と呟くように言って栗原に笑顔を向けた。

 その後、再び花瓶の花を見つめて、
「とてつもなく遠い星から来た宇宙人とこの島で出会うなんて想像もしなかった。ましてやその宇宙人を手助けする事になるなんて思ってもみなかった。でも、今はそれが現実で実際に私達が教えたことで彼らの感情が少しずつ芽生え始めているんだから、私はあの3人の役に立っていると考えてもイイのよね?」自分の頭の中を整理するように話した。

「その通りだよ。僕もそろそろ陶芸を教えてみようと思う。粘土を捏ねてみんなにもっと別の感情が芽生えるように頑張るよ」栗原はそう言って応えた。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 それから数日後、アトリエの中程にある自分用のろくろに向かい合うようにしてベンチを置き、3つのろくろをその前に据えた栗原は由紀子と3人の宇宙人をそこへ招き入れた。

 ベンチに3人を座らせ、地球人より少ない体力を考慮して用意した柔らかい粘土の塊をそれぞれのろくろの上に載せると栗原は自分のろくろの前に座る。

「先ずはこうして粘土を捏ねてみてください」
 栗原がそう言って土を練って見せた。

 3人は素手で触るのが嫌なのか目の前にある塊を見て、ためらっているようだったが由起子がジュニアの手を取ってそっと粘土に添えると、
「※RקΔ%」驚いた顔をして3倍速の早口で一瞬、何か言った。

 1度触るともう迷いは無くなったのか、男の子の言葉と楽しそうな笑顔で
「つめたーい、おもしろーい!」と、粘土をゆっくり掴んで握り、指の隙間から溢れ出るその感触を楽しみ始めた。

「そうそう、上手ね!」それを見た由紀子が楽しそうに声を掛けると他の2人も同じようにする。

「不思議な感じがするわ…」スリムが不思議そうな顔をして言うと、
「うん、こうゆう感じなのか…。なるほど…」シニアは何かを考える表情で独り言を呟いた。

 先日教えた様々な表情を、数日間必死で練習したのだろうがそれがあまりに自然でその口調と仕草に合っていた為、栗原と由紀子は3人がそうして感情を表現する事をもう特別だと感じなくなっていた。

「そのまま捏ね続けてもイイですが、頭に浮かんだ事や感じた事をそのまま形にしてみてください」
 しばらく適当に粘土を捏ねた後、栗原が皆に言う。

 すると、何かを思いついたのかシニアが粘土を2つに分け始めた。
 その分け方にこだわりがあるのかそれぞれを丸い塊にして並べた後、1つずつ食い入るように見て粘土を足したり引いたりしながら分量調整をしている。

 やがてその手は止まり、何もしなくなったので栗原が完成した作品を見ようとそこへ行くと、シニアは大小2つの球体となった粘土を両方の手の平で示し、
「わたし達の星と地球です。質量の違いは正確ではありませんが、大きさの差は正確に再現出来ています」満足そうな顔で言った。

 その満足そうな顔が意識して作っているように見えない程自然だったから粘土を触ったことで何かの感情が芽生え、シニアにそうさせたのだと栗原は思いたかった。

 彼らの星と地球だと言った、粘土で出来た2つの球体を順番に指差し、
「あなた達の星と地球では、こんなに大きさが違うんですね」栗原が言うと、
「地球を名前で呼ぶのに、あなた達の星と呼ぶのは何か変ね」すぐに由起子が割って入り、「かといって、あの星番号じゃ長過ぎて…」と困った表情になった。

「確かに『あなた達の星』と呼ぶのはよそよそしい感じがするね。もう僕たちは知らない間柄じゃないんだからね」栗原が同意して言うと、由紀子が何やら言い始めた。

「だったら、3人の名を取って…」由紀子はそう言うと、
「ジュニ…、シニ、ス…」1人でブツブツ呟きながら、
「ジュシス…。そう、ジュシスと呼ぶのはどうかしら!」皆をみながらそう言った。

「ジュニアの『ジュ』とシニアの『シ』、スリムの『ス』と繋げて『ジュシス』。3人の星の名前よ!」と嬉しそうに説明する。

 栗原が黙って頷くと他の3人も同じように頷いた。

「じゃあ、ジュシスで決定ね!!」由紀子はガッツポーズをして見せた。

「地球とジュシス…。こうして見ているとこの2つの球体は何かの縁で結ばれているように見えてきて、3人が遠くの星から来た宇宙人とは思えなくなってきますね」2つの粘土を見た栗原は本当にそんな感じがして言った。
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