『恋はいつでもハリケーン』

文字数 3,629文字

 ①
 
一息つくために寄ったカフェを後にした尾方は、そろそろ時間が昼に近いことを確認し、姫子邸へ向かった。
 
基本、寄り道、面倒事で目的地に直通出来ない性質を持つ尾方であったが、今回は特になにもなく。予定より少し早い到着となった。

 玄関先でずっと待っているわけにもいかないので、先に上がっておくことにした尾方は玄関のチャイムを鳴らす。

 すると直ぐに、ドタドタという足音と共に、家主の姫子が顔を出した。

「おお! 尾方! よう来た! 上がれ上がれ!」

 尾方を見るなりパッと顔を輝かせた姫子は、家に上がるよう促す。

「こんにちわヒメ、少し早かったかな」

 尾方も促されるままに家に、靴を揃える。

「いや、丁度一人で暇を持て余していた所じゃ。早く来てくれて助かったぞ」

 居間に入った姫子は二人分の座布団をせっせと隣に並べる。

 そして自分はその片方に座ると、隣の座布団をたしたしと叩いて尾方の着座を促す。

 尾方は促されるままに座りながら問う。

「よっこいせっと。一人? メメカちゃんは?」

「昨日のう。突然外に飛び出して行ったと思ったら、いつの間にか帰っておっての。それから物凄い集中力でなにか作っておるのだ...ワシには話しかける勇気はない...」

 姫子は元応接室の方を見ながら恐ろしげな顔をする。

「帰ってからって...もしかして昨夜からずっとかい?」

「だと思うぞ...ちょくちょく様子を見に行っておるが、少なくともワシは寝てるところを見てないのう」

「心配だなぁ...後で様子を見に行こうかな」

「うむ、尾方なら問題ないじゃろ、是非頼むぞ」

 姫子はポンポンっと尾方の肩を叩く。

「ところでじゃが...」

 座りを直した姫子は、ズイズイっと尾方に迫りながら言う。

「昨日の休みはしっかり休めたかの? 有意義じゃったかの?」

 尾方はそれを笑顔で受け取り答える。

「うん、とても有意義に過ごさせて貰ったよ。みんなからパワーも貰ったし、今日は柄にも無く元気だよおじさん」

 それを聴いて姫子はそうかそうかと納得したように頷いていたが少しして疑問を上げる。

「ん? みんなとはどういうことじゃ?」

「ああ、えーっとね」

 尾方は昨日有った事を葉加瀬の事は軽く内容を伏せながら説明した。

 すると姫子はみるみるうちにその表情を悔しそうなものに変えて行き、叫ぶ。

「ずるいずるい! ずるいぞ皆! ワシは休暇を与えた手前会いにいけずに家で時間を浪費しておったと言うのに! ワシだって尾方と居たなんだ!」

 姫子は地団駄を踏んで悔しがる。

「それになんじゃ! キヨのやつ油断も隙もない! 左手の代わりだと!? その手があったか抜かりないのう!!」

 突然のシャウトに驚く尾方。

「ど、どしたのヒメ? おじさんになにか用事あった?」

 姫子は前のめりになりながら訴える。

「用事がないからこそ会いたいのじゃあ! ワシもなんとなしに尾方と会ってなんとなくいい感じの会話をしたいのじゃ!」

 駄々をこねる姫子に尾方は狼狽してしまう。

「ど、どういうことかわからないけど! おじさんはヒメと話したいな! なんとなしに話したいと思うな!」

 尾方がそう言うと、姫子はピタッと止まりそろりと語りかける。

「尾方はワシと話したいのかの? なんでもないことでもいいのかの?」

 好機とみた尾方は切り込む。

「うん! ヒメとなんでもないこと話したいおじさんだよ!」

 姫子はこれでもかと前のめりになり目を輝かせる。

「そうかそうか! 尾方はワシとなんでもないことを話したいか! それなら仕方がないのう!」

 すっかりご機嫌である。尾方は額の汗を拭う。

「でもヒメ、なんでもない話ってどんな話をするんだい? おじさんその辺疎くてねぇ」

 すると姫子は待ってましたとばかりに爛々に目を輝かせて言う。

「恋の話をしよう! 尾方!」

 ②

「こ、恋の話...?」

 尾方が露骨に困惑する。

「そうじゃ、なんでもない話であろう?」

 姫子が少し意地悪に笑う。

「いや、別にいいんだけどさぁ。おじさんとするの? もっと女子集めてガールズトーク的にやるとかした方がいいんじゃない?」

 消極的な尾方を姫子は気にせず続ける。

「なんでもない所でもなんでもない話じゃ。それにワシはお主の話を聴きたいのじゃ」

 尾方はキョトンとした表情をする。

「おじさんの...恋の話...? 需要どこ...?」

「ここじゃ」

 ニカっと笑って姫子が答える。

 尾方はガシガシと頭を掻いて少し考えていたが観念したようにうなだれる。

「ほとんどそんな話出来ないし、中年のおじさんの話になるけどいい?」

「うむ、問題ない。誇れ尾方、その歳でコイバナが出来る男は限られておるぞ」

 ふんっと姫子がなぜか胸を張って言うが、尾方がうなだれたまま答える。

「コイバナ、コイバナねぇ...考えてみればおじさんそういうの吃驚するほどないなぁ...」

「そうなのか!? しかし、愛はなくともIは語れよう。尾方自身の好みなタイプとかないのかの?」

「好きになったらその人がタイプなんじゃないの?」

「ああ、純じゃ! 思ったより一途なタイプじゃ!」

 姫子はなにか眩しい物を見たような顔になる。

 尾方は少し照れくさそうに言う。

「ちょっと、おじさんからかって遊んでるでしょヒメ」

「ワシはいたって真剣じゃ」

「じゃあヒメの好きなタイプ教えてちょうだいよ」

「好きになった人がタイプじゃー」

「からかってるでしょ!?」

 姫子は尾方の様子をみてケラケラと笑う。

 そしてひとしきり笑うと尾方の方に向き直って言う。

「いや、すまぬすまぬ。尾方との会話で優位に立てるなんて愉しくてのう」

「まさかヒメにそっちの気があったとは...おじさんが責任持って誘導しないと」

「それは良い心がけじゃ、ボス冥利に尽きるの」

 クククとヒメは悪戯っぽく笑う。

「とはいえまぁ、尾方の恋愛感を聴きたいというのは本当じゃ、今後の参考にさせて貰いたいのじゃ」

 ヒメはケロッといつもの感じに戻ると話も戻す。

 尾方は相変わらず煮え切らない感じだ。

「今後の参考ってねぇ...三十路のおっさんの恋愛感なんてなんの参考にもならないと思うけれども...」

 ヒメは無言で爛々と輝かせた瞳を尾方に向ける。

 すると渋々と尾方は語り出す。

「...僕に言わせて見れば、愛なんて感情は余剰だよ」

「余剰とな?」

「そう、人間、好きぐらいが丁度いいんだ。ここまでだったら自分で自分をコントロール出来るからね。でもそれ以上は、愛になるとそうも行かない」

「コントロールが効かなくなると...」

「そう、おじさんはそういう人沢山見てきたけど、愛ってのは人の手に余る。限界が無い。神様は人間を作る際に、好きって感情に上限を付けるべきだったんだ」

 尾方はチラっと窓の外を観ながら言う。一丁前に警戒してるのかな?

「神いずるこの世界でそれを言うとは流石は尾方じゃの」

 誇らしげに姫子は言う。

「そ、おじさん以外とクレーマーだから、神様にだって問答無用さ」

 なるほど自覚はあるらしい。尾方はツラツラと話を続ける。

「つまり、おじさんにとって愛って言うのはブレーキのないレーシングカーみたいに見える。その推進力は半端じゃない、危なっかしくて見てられないよ」

 ふぅっと何処か遠くを見るように尾方は語る。

 姫子はなるほどのうっと少し考えてから言う。

「つまり、そのレーシングカーに一緒に乗ってもいいと思える相手と恋をするのじゃな尾方は」

 尾方は顎を手のひらに乗っけて少し考えて笑顔で言う。

「...そだね、その勢いを忘れさせてくれるぐらい夢中にしてくれる人としか、おじさんは恋は出来ないのかもね。まぁ、努力もせずに目標だけ高いとこんな風に三十路独身彼女ナシのろくでなしが出来...」

「ワシとは乗れぬか尾方? ワシは多分、尾方の事が好きじゃ」

 尾方の顎が手の平からズルっと滑る。

 同時に部屋の障子がガタガタっと揺れた。

「...ヒメ? もちろん、おじさんもヒメのこと好きだよ? 尊敬してる」
 これでもかと引きつった笑みで答える尾方、姫子の顔は真剣そのものである。

「いや、ワシのはその好きではない、それにワシもこれは尊敬の類と思っておったがおじじ様に感じるそれとも違うのじゃ」

「ヒメ? 待とう、早まらないどこう?」

「ワシは、尾方となら、そのレーシングカーに乗りたいと思うし、怖くもないぞ。尾方に相談してよかった。これでハッキリしたのじゃ」

「あー、例えが悪かったかな? もっと別の...」

 尾方の言葉を遮り、姫子は真っ赤な顔で笑顔で言い切る。

「悪道姫子は、尾方巻彦を愛しておる」

 同時に、障子を倒し、葉加瀬と清が室内に雪崩れ込むと。

 反対の障子からスッと悪道替々が入室する。

「「「「.........」」」」

 一同の間に沈黙が走る。

 暫くの沈黙の後、最初に動いたのは、メメント・モリ技術開発局長が娘、葉加瀬芽々花だった。

「第二回! メメント・モリ運営会議の開始を! ここに宣言するッス!!!」
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