第15話 豪華客船

文字数 4,600文字

 陽子たちは仏教徒の集団を粉砕した。
 勝率を稼ぐために回転の速いデッキ構築にしたのが功を奏した。陽子と加奈は短時間で対戦を終えると、次々と新しいプレイヤーに挑戦して倒していった。そのため、玄翁和尚が自分たちが負けていることに気がついたときには得点差が開いてしまっていて、もう巻き返しはできなくなっていた。
 神も仏もいないのかと玄翁和尚は愕然としてつぶやいていたが、もしここにキリスト教徒がいたら逆のことを思ったことだろう。
「すべて二人のおかげです」
 長老の孫娘はご機嫌である。勝利者となったことで布袋尊からご褒美が出たようで、村には多くの食べ物やお酒が運ばれてきた。仏教徒たちに勝利するまで、陽子は加奈に比べて子どもたちから侮られていた。玉藻前と狐火という村人と同じ構築が、どこか貧しい弱者という印象を与えていたらしかった。
 しかし、本当は村人たちから愛されていた玉藻前で仏教徒たちを倒したことで、今ではすっかりと村の人気者である。
「陽子さん、ぜひ殺生石を使ってください」と長老の孫娘は言った。「殺生石の制圧力は必ず役に立つはずです」
 殺生石は江戸時代まで行かないと使えないので、室町時代に来たばかりの陽子にはまだ必要のないカードだった。
 とはいえ、陽子は喜んで彼女からカードを受けとった。
 殺生石の効果は三つ。一つ目は相手妖怪すべての攻撃力を一〇〇下げる。二つ目は効果による破壊を無効にして破壊する。そして、三つ目はこのカードが効果で破壊されたときに場にあるすべてのカードを破壊するという全体除去である。攻撃力を下げて、効果で破壊しようとする相手は道連れにする。
「九尾の狐にしろ、殺生石にしろ効果が強力ね」と陽子はあきれた。
「殺生石は打点の高さも侮れませんよ」とツララは笑った。「攻撃力一二五は地味に手強いですから」
「でも、忘れないようにね」と加奈が釘を刺した。「効果が強力なのは玉藻前関連のカードだけではないわ。ぬらりひょんにも強いカードは多いわよ。私、殺生石を処理する方法を四つも思いついたわ」
 そして、とうとう豪華客船の催しの日が来た。
 日本の高校生の夏休みは七月二十日からはじまる。そして、豪華客船の催しは七月二十日からだった。この催しの特徴は平安時代から大正時代までの、あらゆる時代からカードプレイヤーが集まることである。初心者もいれば熟達者もいる。しかし、参加できるのは高校生と中学生に限定されていた。
 登録のときに、陽子は加奈と二人で登録した。これで二人は豪華客船の同じ部屋を共有することになる。そして、当日。陽子と加奈がアマテラスワールドに接続すると、二人は広い客室に接続していた。
 天井には輝くシャンデリアが、壁には何枚もの風景画がかけられていた。床は赤い絨毯が敷かれている。客間の奥には陽子と加奈のそれぞれに個室が用意されており、また机と椅子がある資料室も備えられていた。
「ソファも大型電子画面もあるわね」と歩きながら陽子は言った。
「十人くらいで談笑できそう」と加奈はソファに座った。「カードゲームに興味がない人たちを呼んでも楽しめるわ」
 陽子は爽平に手紙を送った。彼も豪華客船の催しに参加するので、今のうちに打ち合わせをしておこうと思ったのだ。
 爽平からすぐに手紙が返ってきた。
 妹がいるのだが、紹介してもよいだろうかということだった。おずおずとした文面だった。陽子は加奈に視線を送ると、ご自由にと加奈は肩をすくめた。
 爽平はすぐにやってきた。彼の後ろには、気の弱そうな女の子がいる。紅葉模様の着物を着ていた。陽子の顔を見ると目を見開いて、本当に陽子さんがいる信じられないという驚きの表情を浮かべた。
 恥ずかしそうな顔をしている爽平に促されて、女の子は自己紹介をはじめた。
「私は調布第三中学校の伊藤舞子です。妹です」
「はじめまして、私は工科附属の二条陽子よ」と陽子も簡単に自己紹介をすると、ソファに腰かけたままの加奈を紹介した。「そして、彼女が私の親友の北原加奈。舞子ちゃんはカードをはじめてどれくらいかしら?」
「三日です」
 ごめん陽子さん、そういうことだからと言うと爽平は顔を赤くした。
 陽子は完璧に事情が分かってしまった。爽平が陽子のことを妹に話して、そして妹が陽子と知り合いになりたくて慌ててカードゲームをはじめたのだ。しかし、そのことに自覚があるようでどことなく舞子の表情は硬かった。
 陽子はあきれてしまったが、しかし彼女も人に何かを言える立場ではない。
「私もまだはじめて二ヶ月くらいよ。加奈もね」と陽子は笑った。「初心者同士、これから仲良くしましょうね」
 舞子はぱっと顔を輝かせた。「ありがとうございます」
 ツララがやってきた。はじめて見る爽平の妹に気がついて驚いたようだったが、陽子が事情を説明した。
「そういえば、大鳥勇也さんが参加していますよ」とツララが言った。
「大鳥勇也?」と加奈が首をかしげた。「そういえば、彼もカードをしていたわね。有名だったけど陽子の知り合いなの?」
 陽子は悪戯な笑みを浮かべて爽平を見た。そして、言った。「大鳥勇也君は、ここにいる伊藤爽平君の好敵手よ。勇也君がいるということは、きっと運命が導いたのね。二人を戦わせてみるのはどうかしら?」
 爽平は慌てた。
「いや、ここで勇也と戦いたくはないけど」
「大丈夫よ」と陽子は笑った。「負けても怒ったりしないから」
 舞子を連れてきたことで負い目があったのかもしれない。日頃は頑固な爽平だがしぶしぶ同意してくれた。ツララの話によると、大鳥勇也はラウンジにいるようだった。早速、五人は出発することにした。
 ラウンジに人は少なかった。勇也は相変わらず多くの高校生に囲まれていた。高校生といえば普通は男子なら男子だけ、女子なら女子だけで集まることが多いのだが、彼の周りだけは男子と女子の数がちょうど同じだった。まるで大人の社交界のようである。
「相変わらず、集団を引き連れているわね。群れていて恥ずかしくないのかしら」
「陽子さん、もちろん自分に言っているんだよね」と爽平はあきれて言った。「勇也は控えめなほうだと思うけど」
 陽子たちが近づくと、全員の目がこちらに向いた。
「ごきげんよう、大鳥勇也君」と陽子は笑顔を浮かべた。「もしよろしければ、私たちと遊んでくれないかしら」
「かまわないけど」と言うと、勇也は爽平をちらりと見た。
「もちろん、今回の相手は私ではないわ」と陽子は微笑みながら言った。「私、まだあなたを相手にできるほどの実力がないもの。だから、私たちの最強カードプレイヤーである伊藤爽平君と戦ってほしいの。よろしいかしら?」
 勇也の側近と思われる女子が勇也に囁いた。「私がやろうか? なんだか生意気だから思い知らせたほうがいいわよ」
「いや、爽平が相手なら俺がやる」と勇也は言った。「彼はユースランカーだよ。思い知らされるのがこちらだと恥ずかしい」
「まあ、嬉しいわ」と陽子は手を叩いた。そして、爽平に言った。「さあ、出番よ。私に恥をかかせないようにね」
 爽平は渋々という感じで椅子に座った。勇也は苦笑して、君も苦労をしているなあとねぎらいの言葉をかけた。しかし、それが爽平の闘争心に火を点けたようだった。雰囲気が変わり、目付きが鋭くなった。陽子に見られている。加奈や妹もいる。勇也の取り巻きたちが興味津々という顔をして注目している。しかも、対戦相手は大嫌いな勇也である。
 ラウンジは薄暗く、黒服の美しい男女が給仕をしている。この状況が、やる気のなかった爽平を本気にさせたようだった。
「ルールはどうする?」と勇也は訊ねた。
「三勝勝ち抜けのスタンダードルールで」と爽平は言った。「使用カードは制限ありの大正時代でやろう。下級デッキ五〇枚に上級デッキ一〇枚。ライフカードは六枚で、開始フェイズによる手札補充は八枚に」
「了解した」
「コイントスはそちらで」
 勇也が素早く硬貨を投げて手で隠した。爽平が裏と宣言すると、勇也が手を除いて硬貨の裏表を確認した。裏だった。デッキを置いて、カードを十四枚引くとライフカードを六枚選んで裏向きにして並べた。
 爽平の先攻である。正体の分からない不思議なデッキだった。幽霊や火の玉が描かれたカードを次々と場に出しながら、効果を発動させていった。複雑な展開で上級デッキや下級デッキから頻繁に妖怪を出し入れして、カードを手札に加えたり捨てたりする。
 とうとう彼の切り札を召喚したようだった。『火車』だった。前衛に妖怪が二枚、後衛には一枚と伏せカードが二枚ある。
 そして、手札は四枚もあった。
「ターン終了だ」と爽平は宣言した。
 火車の攻撃力は一四〇。一ターンに一度だけ、相手妖怪が召喚されるときに手札を二枚捨てることでその妖怪の召喚を無効にして破壊する効果を持つ。
 火車自体の攻撃力が十分に高いので簡単には戦闘破壊できない。相手の切り札をうまく封じ込めて、何もさせないつもりのようだ。カードには若い女性をさらっている、たくましい姿をした獣の妖怪が描かれていた。
「強固な布陣、本格的ね」と後ろから覗いていた加奈が言った。
「先攻一ターン目にあらゆる状況への対策を整えて制圧する」と陽子は微笑んだ。「先攻制圧の守りに特化した布陣。嫌いではないわ」
「爽にい、がんばって」とこぶしを握って舞子が応援していた。
 しかし、とても残念なことが起きた。
 零勝三敗で爽平は勇也に負けてしまったのだ。勇也は爽平の防御を巧みに回避して攻撃力一五〇の酒顚童子で火車を粉砕してしまった。二戦目も三戦目も、爽平は高い打点に阻まれて勇也の布陣を突破できなかった。
 最後のライフカードが破壊されたときに、舞子はため息をついた。
「爽にい、弱い」
 爽平はデッキを片付けながらつぶやくように言った。「引きがよくなかった。アマテラスカードには運の要素もある」
「嘘をつかないようにね、爽平君」と加奈が冷ややかに言った。「カードは完璧に回っていたわよね。ただ、力負けしただけよね」
 女子たちにいじめられている爽平を見て、陽子は苦笑した。そして、机の上でカードを動かしながら首をかしげている勇也に話しかけた。
 完封したはずなのに気になるところがあるようだ。
「さすがはユースランキング一位の大鳥勇也選手ね」
「危なかった」と勇也はつぶやいた。「負ける可能性があった」
 陽子は微笑んだ。「攻撃力一五〇の酒顚童子。打点の高いカードを好むなんて、意外とかわいらしいところがあるのね」
 爽平が衝撃という顔を陽子に向けた。
「一方的に殴られるのが嫌いなんだよ」と勇也は苦笑いを浮かべた。「打点が足りなくて負けるのは無様だとは思わないか? 負けるなら制圧されるのではなく、効果で破壊されて突破されるほうがましだ」
 陽子は眉をひそめた。「私には分からない感覚だわ」
「目の前に超えられない壁があるとうんざりする」と勇也は笑った。「それにたいして自分が何もできない状況があるとなおさらに。まだ勝負が終わっていないのに手が止まるのは気持ちが悪いというのが俺の感覚だ」
 戦いに負けて、陽子たちは自分たちの客室に戻った。
 爽平は申し訳なさそうな顔をしていたが陽子は彼をなじることはなかった。そして、いつか爽平君の本気を見ることができると嬉しいわと言ったのだった。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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