第5話 タコには精神がある、らしい
文字数 2,262文字
あとタコヤキ焼きてえな。食べたいんじゃないんです、鉄板とコテを操って焼きたいの(2)。
クレープ屋さんでアルバイトしていた海外からの知人もたまに焼きたくなると言っていたので、鉄板焼きあるあるみたいです。
そのようなことはどうでもいいんですが、本書の面白さをお伝えするにはどういう切り口が適切か割と迷い、訳者である夏目さんの次の言葉をまず引用するのがいいように思います(3)。
たとえば、人間の場合は、神経細胞が脳に集中しており、その知性は「中央集権的」なものになっている。だが、頭足類の場合は、脳の他、腕にも多数の神経細胞が集まっている。その構造からして、人間のように脳で常に一つの世界を経験しているとは考えにくい。
(中略)
本書を読んでいると、私たち人間という存在、そして人間の持つ心や知性を「相対化」できる。私たちとはまったく別の進化を遂げ、まったく異質なmindを持つ生物について知ると、生物には、またmindには自分たちとは別の可能性があり得るのだとよくわかる。そして相対化することで、自分の事がより深く理解できる。
長い引用になりましたが、この要約に本書のテーマであり魅力が詰まっていると思われます(4)。
まず、タコには「心」がある、らしい。しかもそれは、ヒトと本質的に違っている、らしい。
哲学の基本は、一見ばらばらな多数の要素を一つにまとめ上げることだ。
という定義の元、その根拠となる情報やエピソード、写真などを、著者のピーター氏は海に潜り実際にタコと接することで、また生物学者などの実験結果・論文などから豊富に紹介してくれます。
それが第一の読みどころであり、我々の知的好奇心を刺激し(5)、昭和の動物の生態を扱った懐かしいテレビ番組「野生の王国」やムツゴロウさんの番組を観るような体験ができます(6)。
二例を挙げますと、
捕らえられたタコが逃亡を企てるのはよくあることだが、私が見た限りでは、逃げようとするのは、必ず、人間が見ていない時なのだ。
(中略)
私は自分がタコのそういう傾向を勝手に想像しているだけだと思っていたのだが、数年前、四六時中タコとともに過ごす研究者、デイヴィッド・シールと話す機会があって、考えを改めることになった。シールの話では、タコはやはり、人間の微妙な態度の変化を見て、自分のほうを見ているか否かを察知するのだという。
二例目。
動物虐待を防ぐ規制はあるのだが、無脊椎動物であるがために、タコにもその規制は適用されると意識する人は少なかった。初期の実験に関する文献の中には、タコを鋭敏な感性を持った動物だと認識している人間にとってはあまりにも残酷で読むに耐えないものも多い。だが、一〇年ほど前からは、タコが“名誉脊椎動物”として扱われることが増えた。
どうでしょう、わくわくしませんか? 樋口はしました(7)。
タコとヒトの身体の構造の違い、タコは人間を一人ひとり区別しているという話なども解説されて興味深いので本書にてご確認ください。
さて、主にタコ(イカなどについても本書では触れられている)の生態でありその身体構造を元に「心」とは、「精神」とは「知性」とは何かという哲学的命題を思考し記述された内容が第二の読みどころと樋口は考えます(8)。
この第二の読みどころが興味深いのは、身体と先の命題が不可分のものとされているからと思われます。
その理由ですが、繰り返しますがヒトとタコでは身体の作りが違います。
ヒトはじめ魚類、爬虫類、鳥類、哺乳類などは神経の通る脊椎が身体の中央を貫いていますが、タコは神経節は身体の各部に分散しているようです。足には味覚(!)まであるとか。
こうした違いから自ずと人間とタコや他の動物の心、精神、知性は異質のものになるようです。それが、興味深い。
本書は記述された内容が一文ずつ有機的に結びついており、そう神経系のように。
だから引用した部分や樋口のご紹介では味わいを十全に楽しめるとは思えません。
できれば全体を通じて著者の言わんとするところを楽しんで頂きたいです(9)。
しかし最後に、最も本書で胸うたれた(10)記述を引用しこの記事を終えたく思います。川とは何の比喩か。人生か、暮らしか、思考を巡らせたくなります(11)。
哲学者はよく、「経験の流れ」という比喩を使う。経験とは川の流れのようなもので、私たちはそれの流れに身を浸しているのだという。だが、この比喩は非常に誤解を招きやすい。実際の川の流れは、私たちにとってはまったく自分の意思で制御できないものだからだ。私たちは川の中で自分の位置を次々に変えることもできる。或る場所から別の場所に泳いでいこうとする。そのせいで、私たちの出会うものも次々に変わっていく。だが実際には、私たちにはそれ以上のことができる。位置を変えるだけではなく、自分と関わるものの形まで変えてしまうことができるからだ。しかし川の中に一人でいて、川の形まで変えることは難しいだろう。川にはそれを拒む力がある。
※(1)~(11)
なぜそういう心理状態になったのか、そういう欲求を持ったのか、それは樋口の身体構造と経験が融合した結果なのでしょうか。
本書を読み、そんなことをつらつら考えています。
あとタコとイカについて特集した「ガリレオch」というYouTubeチャンネルがあり、拝見しました。おもしろかったです!