第5話
文字数 3,944文字
階下の何処かで出火したらしく、大量の灰色の煙と熱風が外壁を伝って上がってくる。
その煙を吹き飛ばすようにレスキュー隊のヘリコプターが上空に滞空している。ベテランらしきパイロットは機体の姿勢を安定させる努力を続けながら、若いレスキュー隊員が吊るされたロープを伝ってするする降りてきて彼女たちの側に着地した。
と言いかけた時、赤い目の女の手が水平に挙げられた。神速スピードでその手が延びてロープを掴むと、レスキュー隊員の頭上を軽々と飛び越え、人外の動きで垂直懸垂したかと思うと、その姿はあっという間に上空のヘリコプターの機体の中に消えていた。
頭上を見上げていたレイカとヨウコは思わず目をつむった。次の瞬間生きてきた中で体験したことのない力積の波動が彼女たちの体を突き抜けていったのだった。
ヘリコプターはその衝撃を受けてバランスを失ったのか、右へ左へと大きく旋回を始めた。そしてそのブレ方がだんだんと激しくなっていった。
若いレスキュー隊員は、自分に繋がれたロープごと成す術なく強引に空中へ放り投げられてしまう。
その動きはまるで振り子のようで、何度か往復した後の大きな戻しでビルの側面のコンクリートの外壁に激しくも無慈悲に打ち付けられてしまった。肉が強烈に激突する打撃音とほぼ同時に、レスキュー隊員の最期の短い悲鳴が聞こえてきた。
「グウォオオオン!!!!・・・・・ボボオオオオン!!!」
轟音とともにヘリコプターは隣のビルの屋上へ落下して激突した。爆発と炎がビルの上空に巻き上がった。
爆風と共にヘリのローターの破片が、もし当たったならひとたまりもないスピードで、ヨウコとレイカのすぐ側をかすめるようにすり抜けていった。
地上の群衆からも悲鳴と怒号が沸き起こり、恐怖と悲劇に慄きながらその惨状を見上げていた。
一方赤い目の女は・・・・いつの間にかレイカとヨウコの真後ろに立っていた。女の両の手が伸びて、二人を夫々の肩をつかんいた。肩に置かれた女の手は凍りついたように血の気を失っていて硬く冷たく強く指が鎖骨の凹みに食い混んでいた。二人の少女は恐ろしのあまり振り返ることも出来ずにその場に棒立ちになったまま身動出来なかった。絶望という意味を初めて知った彼女たちは何も出来きないまま、真向かいで燃え上がる火の手を見つめるしかなかった。
ヘリが墜落したビルの屋の火の手は拡大していって周囲を黒煙が覆っていった。生存者を期待するにはあまりに絶望的な光景だった。火の粉は空を舞い地上の人の群れに雪のように舞い落ちて行った。
地獄の花火大会の開幕だった!
それはもう一人の赤い目の女からの声だった。
蛇が脱皮を繰り返すように、もしくは異常な細胞分裂を繰り返すがん細胞のように、オリジナルの赤い目の女から分離させた悪霊的な存在だった。憎悪を宿す赤い目の力は限界突破させたかのように増していて、赤い目の女の悪霊と言うべきその存在は宙に浮きながら、あらゆる絶望の粋を凝縮させた宿業である、赤い炎のオーラを纏いながら、ビルの下にいる人々に向かって叫んだ
赤い目の悪霊は手を上げて、まるで操り人形の意図を雨後ますかのように、ヘリコプターの漏れた燃料で燃え続けて巻き起こった火の粉を幾つか集めてそれを種火として増幅させていき、いつの間にかそれは大きな火炎の玉となっていた。
手を振り下ろすと同時に火炎はさらに分裂クラスター化して赤い軌道を描きながら無数の人間を無差別に捕らえると、人間をまるでろうそくのように炎上させた。
頭部が燃えた蝋燭人間たちは、悲鳴を上げながらその場に倒れのたうち回り己の無力を知りながら絶命した。助けようと衣服を掛ける者もいたが、それもあっけなく燃え上がってしまい逃げるしかなかった。
またビルのヘリコプターの機体も黒い残骸となり、ビルの構造物は溶かされ、もろとも落下していって地上の人々に覆いかぶさった。
それによって新たに生じた火の粉がまるで生き物のように蠢き廻り、次の餌食を自動追尾するようにして新たな場所で火の手となり、連鎖的な火事として拡大していきまたたく間に地域一面が火炎地獄の様相と化していった。
群衆はなんとか生き延びようとして、燃やされ炭となりつつある犠牲者たちを踏みつけながら逃げまった。中には携帯電話を手にして緊急通報を試みる人間もいた。
それはつまり緊急通報が局地的に村山台に増大することになって、武蔵野だけでなくその周辺の他の自治体への応援依頼が伝達されて、一斉にこの廃墟ビルへと急行する旨の指令が各警察消防署に下されることになった。
人々がそれぞれ悲鳴をあげ逃げ惑い、それの様子を屋上で赤い目の女は満足そうに見ていた。
中には火の手を回避して運良く逃げ切りを図る者もいる。
宙に浮いていた赤い目の女の悪霊はそれを見て憤慨すると、もう一度自身の限界突破を図った。赤い目の女は再び分裂するとひとり増えて三人になっていた。
ここまでうまく立ち回り生き残った人々はなんとか助けを求めようと、ちょうど到着したばかりの救助隊や緊急車両へすがり群がった。しかし救助に来た彼らも経験したことのない悪夢のような現実を受け止められず、成すすべがなかった。
赤い目の女の悪霊ペアは、まず彼らをターゲットにした。悪霊は飛び回りながら制服姿の彼らを見つけては追いこみ、つかみ上げ、引きずり回し、次々に火災の中へ投げ入れ、手当たりしだい焼き殺した。
人々の悲鳴と怒号が街中に終わることなくつぎつぎに響き渡る。至るところで逃げる者たちと、急行する緊急車両が鉢合わせになり行き場をなくしては焼き殺されていった。
赤い目の女の悪霊ペアは徹底的に街自体をも焼き尽くそうとしているようだった。
赤い目の女の悪霊はさらに次々分身を産んで、三番目、四番目の悪霊を産み、そのうち無数になり数えきれないほどの黒い影が宙を飛び回っていた。
悪霊たちに焼かれて黒くなったビルの建材の残骸を破壊して、その巨大な塊を尋常ならざる力で空に放り投げて、
渋滞する人々の集団に落として蟻の子のように潰して回った。
鉄をも溶かす高温で焼かれたビルは、次々に崩壊していって中に残された人々は人知れず精肉工場のひき肉のように潰されていった。崩壊するコンクリートの雪崩によって天から地に落ちる黒い砂煙が人々を飲み込んでいき、巻き上がった灰色の突風によって新たな火の手が上がる。
レイカとヨウコの背後に立っているオリジナルの赤い目の女はまるでその場所が特別席のように地上の地獄の観覧を続けている。
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