第5話

文字数 3,944文字

「やっぱりあいつ・・・・来ちゃったよ!」
「どうしてこんなことを・・・・」
 屋上に立つヨウコとレイカの視界の先に、再び赤い目の女が立っていた。

階下の何処かで出火したらしく、大量の灰色の煙と熱風が外壁を伝って上がってくる。

その煙を吹き飛ばすようにレスキュー隊のヘリコプターが上空に滞空している。ベテランらしきパイロットは機体の姿勢を安定させる努力を続けながら、若いレスキュー隊員が吊るされたロープを伝ってするする降りてきて彼女たちの側に着地した。
「君たち!もう大丈夫だ!ひとりずつ救出するから・・・・あれ?もう一人いたの!?君たちの連れなのか?」
「いや!違います!!この人は・・・・えーと・・・・」
「ん?そ、その真っ赤な目はどうしたんです?やけど・・・・?」
《・・・・・・・・》
「あいつは無視して早く逃げて!!」
「何を言ってるんだ!全員救出するつもりだ!だがちゃんと僕の指示に従ってほしい!一人ずつ釣り上げていくので、それじゃまず君から!、このベルトを装着して・・・・」

と言いかけた時、赤い目の女の手が水平に挙げられた。神速スピードでその手が延びてロープを掴むと、レスキュー隊員の頭上を軽々と飛び越え、人外の動きで垂直懸垂したかと思うと、その姿はあっという間に上空のヘリコプターの機体の中に消えていた。

「え?・・・・・何!?」
「そんな・・・」
「ダメだ・・・・あいつはもう・・・」
 すると次の瞬間、この世のあらゆる絶望の粋を集めたかのような、名状し難い絶叫が火の粉舞う夜空にに響き渡った。

 

 頭上を見上げていたレイカとヨウコは思わず目をつむった。次の瞬間生きてきた中で体験したことのない力積の波動が彼女たちの体を突き抜けていったのだった。


 ヘリコプターはその衝撃を受けてバランスを失ったのか、右へ左へと大きく旋回を始めた。そしてそのブレ方がだんだんと激しくなっていった。

 若いレスキュー隊員は、自分に繋がれたロープごと成す術なく強引に空中へ放り投げられてしまう。

 その動きはまるで振り子のようで、何度か往復した後の大きな戻しでビルの側面のコンクリートの外壁に激しくも無慈悲に打ち付けられてしまった。肉が強烈に激突する打撃音とほぼ同時に、レスキュー隊員の最期の短い悲鳴が聞こえてきた。
「・・・・ぎゃっ・・・・・」
「こちらパイロット!!エンジンに異常が発生した!至急着陸を図る!!!」
コントロールを失いつつあるヘリコプター内で、ベテラン隊員が最後の通信を終えた後、一旦は体勢を建て直し急上昇出来たものの、その甲斐なく揚力を失ってしまい右斜め45度に機体を傾むけたまま墜落していった。
「うわああああ!!」


グウォオオオン!!!!・・・・・ボボオオオオン!!!」

 轟音とともにヘリコプターは隣のビルの屋上へ落下して激突した。爆発と炎がビルの上空に巻き上がった。


 爆風と共にヘリのローターの破片が、もし当たったならひとたまりもないスピードで、ヨウコとレイカのすぐ側をかすめるようにすり抜けていった。

 地上の群衆からも悲鳴と怒号が沸き起こり、恐怖と悲劇に慄きながらその惨状を見上げていた。

 一方赤い目の女は・・・・いつの間にかレイカとヨウコの真後ろに立っていた。女の両の手が伸びて、二人を夫々の肩をつかんいた。肩に置かれた女の手は凍りついたように血の気を失っていて硬く冷たく強く指が鎖骨の凹みに食い混んでいた。二人の少女は恐ろしのあまり振り返ることも出来ずにその場に棒立ちになったまま身動出来なかった。絶望という意味を初めて知った彼女たちは何も出来きないまま、真向かいで燃え上がる火の手を見つめるしかなかった。

 ヘリが墜落したビルの屋の火の手は拡大していって周囲を黒煙が覆っていった。生存者を期待するにはあまりに絶望的な光景だった。火の粉は空を舞い地上の人の群れに雪のように舞い落ちて行った。

 地獄の花火大会の開幕だった!

(《あなたたちも一緒に死んでくれる?》)
 レイカとヨウコは思わず後ろを振り返った!・・・・がしかし、その声の主は背後で肩を掴んでいる赤い目の女の声ではなかった。

 それはもう一人の赤い目の女からの声だった。

 蛇が脱皮を繰り返すように、もしくは異常な細胞分裂を繰り返すがん細胞のように、オリジナルの赤い目の女から分離させた悪霊的な存在だった。憎悪を宿す赤い目の力は限界突破させたかのように増していて、赤い目の女の悪霊と言うべきその存在は宙に浮きながら、あらゆる絶望の粋を凝縮させた宿業である、赤い炎のオーラを纏いながら、ビルの下にいる人々に向かって叫んだ
《死ねぇぇぇぇぇええええ!!!!》
 その念を鼓膜を通さずダイレクトに受けた地上の群衆は、ざわめきたち蜘蛛の子を散らすようにパニックに陥った。

 赤い目の悪霊は手を上げて、まるで操り人形の意図を雨後ますかのように、ヘリコプターの漏れた燃料で燃え続けて巻き起こった火の粉を幾つか集めてそれを種火として増幅させていき、いつの間にかそれは大きな火炎の玉となっていた。


 手を振り下ろすと同時に火炎はさらに分裂クラスター化して赤い軌道を描きながら無数の人間を無差別に捕らえると、人間をまるでろうそくのように炎上させた。


 頭部が燃えた蝋燭人間たちは、悲鳴を上げながらその場に倒れのたうち回り己の無力を知りながら絶命した。助けようと衣服を掛ける者もいたが、それもあっけなく燃え上がってしまい逃げるしかなかった。


 またビルのヘリコプターの機体も黒い残骸となり、ビルの構造物は溶かされ、もろとも落下していって地上の人々に覆いかぶさった。


 それによって新たに生じた火の粉がまるで生き物のように蠢き廻り、次の餌食を自動追尾するようにして新たな場所で火の手となり、連鎖的な火事として拡大していきまたたく間に地域一面が火炎地獄の様相と化していった。


 群衆はなんとか生き延びようとして、燃やされ炭となりつつある犠牲者たちを踏みつけながら逃げまった。中には携帯電話を手にして緊急通報を試みる人間もいた。

 それはつまり緊急通報が局地的に村山台に増大することになって、武蔵野だけでなくその周辺の他の自治体への応援依頼が伝達されて、一斉にこの廃墟ビルへと急行する旨の指令が各警察消防署に下されることになった。
《フフフフ・・・・》

 人々がそれぞれ悲鳴をあげ逃げ惑い、それの様子を屋上で赤い目の女は満足そうに見ていた。


 中には火の手を回避して運良く逃げ切りを図る者もいる。


 宙に浮いていた赤い目の女の悪霊はそれを見て憤慨すると、もう一度自身の限界突破を図った。赤い目の女は再び分裂するとひとり増えて三人になっていた。

《逃さない!逃さない!逃さない!逃さない!》
《逃さない!逃さない!逃さない!逃さない!》
 二人の新たな悪霊たちはタッグを組むように左右両面から高らかに笑い叫びながら空を舞い、人の群れを追いかけた。

 ここまでうまく立ち回り生き残った人々はなんとか助けを求めようと、ちょうど到着したばかりの救助隊や緊急車両へすがり群がった。しかし救助に来た彼らも経験したことのない悪夢のような現実を受け止められず、成すすべがなかった。

 赤い目の女の悪霊ペアは、まず彼らをターゲットにした。悪霊は飛び回りながら制服姿の彼らを見つけては追いこみ、つかみ上げ、引きずり回し、次々に火災の中へ投げ入れ、手当たりしだい焼き殺した。
「もうやめてよ!ごめんだから・・・・」
「レイカ・・・・どうすれば・・・・」
 一方ビルに立つオリジナルの赤い目の女は、地上の戦火を満足そうに見下ろしていた。まるで自分の兄弟姉妹が狩りか戦闘で、獣または憎むべき敵を圧倒的な力で制する様子を楽しんでいるかのように。

 人々の悲鳴と怒号が街中に終わることなくつぎつぎに響き渡る。至るところで逃げる者たちと、急行する緊急車両が鉢合わせになり行き場をなくしては焼き殺されていった。

 赤い目の女の悪霊ペアは徹底的に街自体をも焼き尽くそうとしているようだった。



 空は不気味な雲に覆われ大気は荒れ狂い突風が吹いた。火の手は拡大し、生き延びていた人も行き場所をなくし焼かれていった。

 赤い目の女の悪霊はさらに次々分身を産んで、三番目、四番目の悪霊を産み、そのうち無数になり数えきれないほどの黒い影が宙を飛び回っていた。

 悪霊たちに焼かれて黒くなったビルの建材の残骸を破壊して、その巨大な塊を尋常ならざる力で空に放り投げて、

渋滞する人々の集団に落として蟻の子のように潰して回った。


 鉄をも溶かす高温で焼かれたビルは、次々に崩壊していって中に残された人々は人知れず精肉工場のひき肉のように潰されていった。崩壊するコンクリートの雪崩によって天から地に落ちる黒い砂煙が人々を飲み込んでいき、巻き上がった灰色の突風によって新たな火の手が上がる。

 レイカとヨウコの背後に立っているオリジナルの赤い目の女はまるでその場所が特別席のように地上の地獄の観覧を続けている。
《これは・・・・ただの・・・・始まり・・・・》

赤い目の女は満足そうに微笑を浮かべ、ヨウコとレイカはまるで夢か幻を見ているかのように表情をなくしてしまっている・・・・


が、もう実況も僕も限界だ!


 読者諸君には悪いが、ここいらで逃げないと僕も蒸し焼きにされてしまいそうだ。でも運よくというか、猫は彼らの赤い目の悪霊たちのターゲットではないようだ。火の手を避ければ逃げられるだろう!!


 この後も生きた人間を殲滅しようとする赤い目の悪霊たちの災禍を止めるすべがなければ、ままこのまま災禍は日本全土に広かるだろう・・・・読者諸君の無事を祈る!!では・・・・。


End

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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

コタロー。村山台の地域猫。ナレーションができる猫である。

赤い目の女。

イケメン警官

ヘリコプターのパイロット

レンジャー部隊のホープ。職務に忠実な若者。

赤い目の女の悪霊

謎の少年

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