第3話

文字数 4,506文字

「もしかして・・・あれ・・・」
「あっかい目!!」
赤い目の女は無反応でまったく動かず二人を見つめている。

「どうしようヨウコ・・・どうしよう・・・」

「逃げよう!!」
ヨウコの声が聞こえなかったのか、レイカはパニックに陥ってもうかけ出していた。ヨウコもすぐに彼女の後を追う!

一方、彼女たちの動きに反応して、赤い目の女も追いかえるかと思いきやその場に突っ立ったままだ。


僕は踵を返し後ろ足で思い切り床をけってヨウコとレイカを追った。


二人はなりふりか構わず一目散に階段を駆け下りると、七階のフロアを更に下へと降りようと階段の折り返しをターンした瞬間それを妨げるように廊下沿いの窓の外から影が飛び込んできた。


僕の目にそれは動きではなくて黒い影が恐ろしく高いところからその場所に落ちて来たかのように見えた。


それが人影になるまで、コンマ一秒間一瞬のことだった。それはあきらかに人間を超えた動きだった。


その影は彼女たちの前で、通せんぼするように立ちはだかった。

「うっ!!」
「ひっ!!」
レイカは急ブレーキベタ踏みのごとく足を止めたせいで、その背中に勢い余ってヨウコがぶつかった。

赤い目の女と二人の距離は二三メートルほどだ。


「・・・・・・・・・・」
廃墟内は言うまでもなく闇の中であり、さらに女の顔も深く黒い髪に覆われていてその表情は霧がかかったように見えない。赤い目だけが強烈に刺すような視線で彼女らを射抜くように向けられていて、そこに生きた人間がもつ強い意思と感情が感じられた。

女は二人に向かって一歩二歩近づいていった。無言のまま、言葉としてなにも表明しない女は、若い少女たちに何かを求めるようにその長く細い手を伸ばしてきた。
「きゃあああ!!」
レイカは悲鳴を上げながら後ずさりしようとして踵を何かに引っ掛けて転びそうになる!

「レイカさがって!!」
ヨウコはレイカに手を差し出して彼女の背中を支えながらいっしょに後退しようとした。

「ダメ・・・・なんか体が言うことを効いてくれない」

「おい!しっかりしろって!!」
ヨウコは背後からレイコの肩をかばうようにしてなんとか一緒に逃れようとしていたが、赤い目の女の長い手は素早く伸びると、二人の肩をガチっと掴んでしまった。
「痛っ!!」
「離せ!あんた一体なんなの!!?」
赤い目の女は次に二人の肩を掴んだまま持ち上げ始めた。少女二人の足が床から離れて宙に浮きはじめた。

「助けて!!誰かぁあ!!!」
「このクソ!!やめろよ!!」
二人の叫び声が七階のフロアに響き渡った。赤い目の女は怪力を発揮して、右と左のそれぞれの手にヨウコトレイカを掴んだまま、つま先立ち状態で吊り上げたまま窓際へと引きずっていった。
「わたしはあんたなんか怖くないよ!!レイカも怖がっちゃダメ!!絶対にダメ!!」
「なこと言われて怖いレベルも超えてるよ!」
「こいつ幽霊じゃないよ!」
「え!?幽霊じゃないなら何なの・・・」
「わかんないけど生きてる!」
「フフフ・・・・・・・・・・」

そのときなぜか二人を掴んだ手が緩んでヨウコとレイカののつま先が床に着いた。赤い目女の表情が少しだけ柔和にわずか笑みも浮かんだ気がした。



そして遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音はだんだん大きくなってきて、この廃墟ビルの方へ近づいて来ていることがわかった。

突然肩を掴んでいた手の力が抜けて、ヨウコとレイカは雪崩が打ったように床に転がった。大勢を立てなおし床に手を突き起き上がったヨウコがそっちの方を向き直した時にすでに赤い目の女の姿は消えていた。

「あれ・・・?」
「どこいった・・・?」
「あいつ幽霊じゃないの?」
「うん・・・でも私もよくわかんない。人じゃないけど、実体と言うかあいつちゃんとした肉体があったでしょ?」
「うん、でも消えたちゃったよ?」
二人はお互いの顔を見合わせたまましばらく呆然とするだけだった。

するとそこで今度は、階下、おそらく二三階くらいからだと思われる、何者かが叩いているような建物全体が振動する物音が聞こえてきた。
「あいつまだ居るみたい・・・また来るつもりかな?それとも私たちをただ弄んでるつもり?」
「マジであいつ何がやりたいんだろうね。そしてなんで私たちなのかな?・・・てか幽霊でもないし人間でもないってさ・・・・この廃墟でなにか説明の付かないことが起きてるかも・・・?」
ヨウコはそういった後にレイカの顔を見て、彼女の精神状態がいよいよ危うそうだと気づくと、自分だけでもしっかりしなければと、なんとか気を取り直し再び動き出した。

それに促されたかのようにレイカもその背中に続いた。

二人は横並びになって、それぞれスマホライトを再びかざし直して足元を照らしながら、七階からさらに一階下の六階のへ向かってゆっくり警戒しながら階段を降りていった。
「もしかしてどっかにいったんじゃない?」
「いや、また窓から来るつもりかも・・・」

「どこから‥?」
「窓の外からくるかも・・・・。あいつ飛べるみたいだし」

そんなふうにささやき合いながら、自分の気配を最小限に消しつつ一歩々々足を運んでいった。そして六階に着いて、踊り場を通り過ぎていた途中、その脇にあるメインスペースへ通じる廊下の入り口を封じるためのバリケード用の大きなベニヤが突然勢い良くはじけ飛んだ。


「ダァオオオオン!!!」


その際のもの凄い風圧によって、僕の背中の毛も思わず逆立った。反射的に後ろへ大きくジャンプして二三歩分退いていた。


ベニヤ板は少女たちの肩口をかするように通過していき、反対側の壁にたたきつけられて真っ二つになり、下りの階段をその勢いのまますごい音を立てて落ちていった。

「うわぁ!!!」

ヨウコとレイカは驚きすぎて言葉も出ずにその場にしゃがみこんだ。


二人からそう遠くない、吹き飛ばされ無くなったベニヤ板一枚分空いた空間の向こう側に、赤い目の女が立っていた。そして女は無言のままゆっくりと二人に近づいてくる。

「いったい何がしたいんだよ!?」
「ヨウコ・・・・マジで誘ってごめん!!」
「いまさら何いってんの!泣いてる場合じゃないから!!とにかく逃げるよ!!!」
「無理だよ!どうせまた先回りされちゃうよ・・・・」
少女たちは後づさりからダッシュに移行して、一階下の五階フロアへ辿り着いて、その勢いままに四階へと降りようとしたが、レイカの怯え切った身体が動かなくなってしまい、もはや次の一歩が踏み出せないほどだった。恐怖と衝撃がレイカの正気を奪い、ついに限界を超えてしまったようだ。

とそのとき!・・・階段の下の方から誰かの低い声が聞こえた。それは成人男性の声のようだった。
「おい!誰かいますか?」
「あっ!?・・・・います!!ここにいます!!!」
「警察だ!なにかすごい物音が聞こえたが、大丈夫か!?」
「はい!・・・いや!!・・・たたた大変なんです!!!」
「一体どうなっているんだ!?ここは立ち入り禁止だぞ。登ってくる途中もベニヤ板がめちゃくちゃ散乱しているし、あれは君らがやったのか!?」
ヨウコとレイカはそれに返事をする前に、恐る恐る首を出して階段下方を覗いた。そこにはやはり制服を警官がいて、ゆっくりと慎重に登ってくる姿があった。警察官は半身になって警棒をてにしながら、彼女らの元へと近づいてきた。
「警察がどうして・・・?」
「このビルから何者かが身を投げたという通報があったんだ。君たち目撃者か?」
「いや違います!私たちはただ入ってみ、み、見てみようかってお、お、思っただけで・・・・あれが・・・」
「いずれにせよ勝手に入れば不法侵入だし、若い女の子ふたりでこんな廃墟へ来ちゃ危険だ。こういう場所はトラブルの元だよ!好奇心だったとしてもダメだ!」
警察官は警棒を収めて、二人をそんな感じに叱りつけながら彼女たちの表情をうかがってここで起きてる状況を正しく把握をしようとした。
「それにしてもさっきの音は一体何だったんだい?大きな物音がしたみたいだが・・・」
「えっとそれは・・・」
そう尋ねる警官の背後に、人影が立っている。少女二人の目に再びあの二つ赤い目が光が映る。
「あっ!!」
「お巡りさん!!うしろ!」
「ん?なんだ・・・?」
警察官は声に反応して振り返った。

「何だ・・・!?」

警察官はとっさに銃に手をのばした。しかしそれを取る前にもうそこに誰も立っていなかった。
「消えた!?」

次の瞬間、警官の視界ぎりぎりに消えた女の姿が見えた。


それはすべての星が潰えた後に残ってしまった宇宙を思わせるような黒さの服装で、それよりもさらに濃く長い黒髪はぼさぼさに乱れ左右に浮き立っていた。そして何よりも赤い目がはっきりと二つ光って見えていた。


警官がとっさにそっちに首を向けると、すでに彼から二三メートルほどの距離の場所にその女は近づいていて、赤く血走ったような光る二つの目が警官を捉えていた。女は無言のままゆっくりかつ素早く物理法則をまったく無視し他動きで警察官の側へ移動した。


「動くな!撃つぞ!」
拳銃を向け、警察官は女に警告した。しかし女は止まらない。警官は威嚇のつもりで拳銃を空にむかって一発発砲した。大きく乾いた炸裂音が廃墟空間に響いた。
「次は本当に撃つぞ!!」
その警官の短いセリフが終わる間もなく、赤い目の女は、僕の猫の肉眼でも捉えられない動きで警察官に襲いかかっていた。
「うおおおぁぁあああ!!!」
警察官は今度は狙いをつけながら拳銃を一発発砲したももの、的を得たはずの弾丸は命中せずにそのまま一直線上の先へむかって突き当りの壁に当たってそこに一つの穴を開あけてめり込んだ。
「い、いったいどうなっているんだ!?」

次の瞬間、赤い目の女の左手は警察官の首を捉えていた。そしてその手はさらに尋常でないスピードで伸びると、外へ向かってまるで鋭いパンチを繰り出すように動いた。その動きには全く躊躇する様子はなく、警官を頭をとらえた女の拳は窓ガラスをぶち割って警官もろとも外の空に突き出されていた。


警官の頭からずれ落ちた帽子と共に、割れたガラス片がバラバラになって地上へ落ちていった。赤い目の女の細い腕が、警官の体ごと6階の高さで宙吊り状態にしているのだった。

「やめろ!・・・・やめてくれ・・・・・たっ助けて・・・・」
警察官の叫び声がビルの外に短く響き渡った。しかし女の手が解かれると、そのまま警察官の体は下へ落下していった。
「ひっ・・・・」
警察官は、声にならない悲鳴と共にビルの下の暗闇へ消えていった。
「きゃぁぁぁああ!!」
「ああぁ・・・・!!」

レイカは恐怖に震えながら叫んでいた。ヨウコは赤い目の女の方を見た。その黒髪の中に伺えるその顔の口元はわずかに笑みを浮かべているように見えた。


そしてまるでひと仕事終えたかのような余韻を残す赤い目の女が再び二人の少女の方へと向き直った。

(《あなたがワタシと生きてくれるの?》)
「なに!?いやだいやだいやだよ!!そんなの!!!」
「な、なんで?殺したの?」


(《それともワタシと一緒に生きてくれる?》)

To be continued.
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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

コタロー。村山台の地域猫。ナレーションができる猫である。

赤い目の女。

イケメン警官

ヘリコプターのパイロット

レンジャー部隊のホープ。職務に忠実な若者。

赤い目の女の悪霊

謎の少年

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