第3話
文字数 4,506文字
一方、彼女たちの動きに反応して、赤い目の女も追いかえるかと思いきやその場に突っ立ったままだ。
僕は踵を返し後ろ足で思い切り床をけってヨウコとレイカを追った。
二人はなりふりか構わず一目散に階段を駆け下りると、七階のフロアを更に下へと降りようと階段の折り返しをターンした瞬間それを妨げるように廊下沿いの窓の外から影が飛び込んできた。
僕の目にそれは動きではなくて黒い影が恐ろしく高いところからその場所に落ちて来たかのように見えた。
それが人影になるまで、コンマ一秒間一瞬のことだった。それはあきらかに人間を超えた動きだった。
その影は彼女たちの前で、通せんぼするように立ちはだかった。
女は二人に向かって一歩二歩近づいていった。無言のまま、言葉としてなにも表明しない女は、若い少女たちに何かを求めるようにその長く細い手を伸ばしてきた。
そのときなぜか二人を掴んだ手が緩んでヨウコとレイカののつま先が床に着いた。赤い目女の表情が少しだけ柔和にわずか笑みも浮かんだ気がした。
そして遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音はだんだん大きくなってきて、この廃墟ビルの方へ近づいて来ていることがわかった。
突然肩を掴んでいた手の力が抜けて、ヨウコとレイカは雪崩が打ったように床に転がった。大勢を立てなおし床に手を突き起き上がったヨウコがそっちの方を向き直した時にすでに赤い目の女の姿は消えていた。
それに促されたかのようにレイカもその背中に続いた。
二人は横並びになって、それぞれスマホライトを再びかざし直して足元を照らしながら、七階からさらに一階下の六階のへ向かってゆっくり警戒しながら階段を降りていった。
そんなふうにささやき合いながら、自分の気配を最小限に消しつつ一歩々々足を運んでいった。そして六階に着いて、踊り場を通り過ぎていた途中、その脇にあるメインスペースへ通じる廊下の入り口を封じるためのバリケード用の大きなベニヤが突然勢い良くはじけ飛んだ。
「ダァオオオオン!!!」
その際のもの凄い風圧によって、僕の背中の毛も思わず逆立った。反射的に後ろへ大きくジャンプして二三歩分退いていた。
ベニヤ板は少女たちの肩口をかするように通過していき、反対側の壁にたたきつけられて真っ二つになり、下りの階段をその勢いのまますごい音を立てて落ちていった。
ヨウコとレイカは驚きすぎて言葉も出ずにその場にしゃがみこんだ。
二人からそう遠くない、吹き飛ばされ無くなったベニヤ板一枚分空いた空間の向こう側に、赤い目の女が立っていた。そして女は無言のままゆっくりと二人に近づいてくる。
とそのとき!・・・階段の下の方から誰かの低い声が聞こえた。それは成人男性の声のようだった。
次の瞬間、警官の視界ぎりぎりに消えた女の姿が見えた。
それはすべての星が潰えた後に残ってしまった宇宙を思わせるような黒さの服装で、それよりもさらに濃く長い黒髪はぼさぼさに乱れ左右に浮き立っていた。そして何よりも赤い目がはっきりと二つ光って見えていた。
警官がとっさにそっちに首を向けると、すでに彼から二三メートルほどの距離の場所にその女は近づいていて、赤く血走ったような光る二つの目が警官を捉えていた。女は無言のままゆっくりかつ素早く物理法則をまったく無視し他動きで警察官の側へ移動した。
次の瞬間、赤い目の女の左手は警察官の首を捉えていた。そしてその手はさらに尋常でないスピードで伸びると、外へ向かってまるで鋭いパンチを繰り出すように動いた。その動きには全く躊躇する様子はなく、警官を頭をとらえた女の拳は窓ガラスをぶち割って警官もろとも外の空に突き出されていた。
警官の頭からずれ落ちた帽子と共に、割れたガラス片がバラバラになって地上へ落ちていった。赤い目の女の細い腕が、警官の体ごと6階の高さで宙吊り状態にしているのだった。
レイカは恐怖に震えながら叫んでいた。ヨウコは赤い目の女の方を見た。その黒髪の中に伺えるその顔の口元はわずかに笑みを浮かべているように見えた。
そしてまるでひと仕事終えたかのような余韻を残す赤い目の女が再び二人の少女の方へと向き直った。
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