2 アパルトヘイト

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2 アパルトヘイト
 「アパルトヘイト(Apartheid)」は1948年から1990年代初めまで南アフリカにおいて実施された人種隔離と差別の制度である。それ以前から数々の人種差別的立法があり、48年に誕生した国民党政権が本格的に法制化し、以後強化している。94年、全人種による初の総選挙が行われ、この制度は撤廃される。

 アパルトヘイトは白人を最上位とした人種隔離と差別の制度である。黄色人種を含む有色人種は総じて差別対象であるが、日本が貿易相手国として重要な位置を占めるようになったため、南アは日本人などが白人と同等の民族と見なせるという優遇措置をとる。

 南アフリカ政府は1961年1月から日本国籍を有する者を「名誉白人」と定める。国連は、創設期からアパルトヘイトを問題視し、1962年、総会はその検討を続ける目的で「国連反アパルトヘイト特別委員会」を設置する。1966年、国連はアパルトヘイトが国連憲章および世界人権宣言と相容れない「人道に対する罪」として非難する。以後、アパルトヘイト廃止まで国連総会の議題となり続ける。1971年、総会は南アフリカとのスポーツ交流をボイコットするよう呼びかけ、85年には「スポーツにおける反アパルトヘイト国際条約 」を採択している。1973年、総会は「アパルトヘイト犯罪の抑圧及び処罰に関する国際条約」を採択する。さらに、1985年、南ア政府が非常事態を宣言して抑圧をエスカレート、国連安全保障理事会は初めて国連憲章第7章の下に、南アフリカに対する経済制裁を実施するよう加盟国政府に要請する。ところが、日本は同国との関係を維持、1987年、最大の貿易相手国となっている。

 アパルトヘイトの非人道性は聞いているものの、その具体的な内容について名誉白人は必ずしも承知していないように思われる。アパルトヘイトを扱った文学作品として最も知られているのは小説『鉄の時代(Age of Iron) 』(1990)だろう。1980年代後半にアパルトヘイト体制が崩れようとしていた時期の南アフリカを舞台としている。作者は南アフリカ出身のJ・M・クッツェー(John Maxwell Coetzee)で、1986年から89年に亘って執筆している。この白人男性作家は2003年にノーベル文学賞を受賞している。

 主人公は元ラテン語教師のカレンで、70歳の彼女は末期ガンにより余命いくばくもない。一人娘はアメリカに渡り、彼女は、10代の息子がいる家政婦フローレンスに介助されて暮らしている。その広い邸宅の庭先にファーカイルというホームレスが住み着く。当初、カレンは彼を嫌っていたが、交流を続けているうちに、信頼するようになる。彼女は人生を振り返る長大な手紙を書き、それを娘に渡すことを彼に依頼する。そこに記されているのは恥や真実を失った「鉄の時代」の姿である。この小説はその書簡という形式をとっている。

 本作は登場人物の人種に関する属性にあまり触れていないが、その世界の中での扱われ方によってそれがわかる。主人公は末期ガンによる身体の痛みに苦しむだけでなく、恥を耐え難く思っている。だが、家政婦は冷淡で、その息子も不遜な態度をとる。黒人指導者は子どもを暴動に巻きこみ、白人警官はその子たちを標的にする。家政婦の息子も警官に射殺される。主人公は暴力を止めようと病身を押して奔走するが、なすすべはない。鉄のような重苦しさをアパルトヘイトは社会に及ぼしている。主人公はいつ息絶えてもおかしくない重病のみであるが、それは南アフリカ社会自体にも言えることだ。

 近代において個人は自由で平等、自立している。個々人は主体として相互に扱わなければならない。ところが、アパルトヘイトは社会を人種で分断し、一方が他方を客体として取り扱うことを合法化する。それは相互に客体として扱う状態をもたらす。アパルトヘイトの廃絶はこうした客体化の連鎖を止めることを必要とする。主体と客体の関係を逆転することを招かないように、近代の理念を共通認識と社会的コンセンサスとして確認しなければならない。それは新生南アフリカのアイデンティティとなる。

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