第4話 混乱しただけの会議
文字数 1,451文字
ここで立ち上がったのは第二ポットにラボを持つ研究員の西田だ。
彼の企業は出資額では第三位なのだが、管理会のメンバーには選ばれていない。出資額の大きさが管理会幹部の立場に結びついていないのは西田だけだ。
七十年前の月面開発プロジェクトにおいて、西田の所属する企業が他社を出し抜いて資源探索を強行した経緯があって、信用度が低いことが理由だった。
「櫓木 さん、まさかと思いますが、浦川 ラボの研究を簒奪 していないでしょうね」
「簒奪するわけがないだろう」
櫓木の顔から笑みが消えた。「お前のところとは違うよ」
「私のラボでは他社の研究を盗んだことはありませんよ」
気色ばむ西田に、茶野 が「座りなよ」と冷たく言った。「西田さん、あんたにはいろいろという権利はないのです」
「私だって本部会議の一員です。言うべきことは言いますよ」
西田は耳から長く垂れた髪を頭頂部に戻すと、下唇をパクパクと上下させる。宇宙線病の治療の副作用のため、顔の筋肉が動きにくいのだ。
「櫓木ラボと浦川ラボは研究テーマに関連がない。それなのにメンバーが移籍するなんておかしいと思いませんか?」
西田は一同を見たが、誰も口を開かない。すると茶野が手を叩いて、注目を自分に集めた。
「西田さん、座りなさいな。あんたの意見なんて、誰も聞く気がないようですよ」
「遠慮してはいけないんだ」西田が下がったままの唇から唾を垂らしながら言い返す。
「管理会がきちんと櫓木さんを正せないから、本部会議にまで迷惑をかける結果になっていることを反省すべきなんです」
「西田さんが今この瞬間に黙れば、迷惑はかからないよ。ここは管理会の運営について議論する場ではないですよ」
「この場を使わなければ、私の意見を表明する場がない」
茶野と西田の口論がエスカレートするにつれ、運行クルーや医療スタッフの参加者がうんざりした顔を見せた。医師の室谷 などは、小声で「帰っていいかな」と末木 に伺いを立ててくる始末だ。
「ちょっと落ち着きましょう」
末木が両手を上げて立ち上がる。意図しない素早い動きだったため、椅子が音を立てて後ろにひっくり返った。
「研究グループの方たちに改めてお願いするのですが、物事を穏便に進めてください。そしてあけぼのの安全な運行に御協力をお願いしたいです」
くくくっと笑い出したのは茶野だった。小馬鹿にされたと思った末木はむっとして、大きな体躯 を震わせている研究員に抗議した。
「茶野さん、失礼ではありませんか」
「これは失礼でしたか。申し訳ありません」
茶野は頭を下げたが、まだ笑いは納まっていない。
こういう時、末木の若さがマイナスになる。彼女とは親子ほど年の離れた茶野や櫓木は、あけぼの号船長の威厳というものをことさら貶めようとして、露骨な態度を取ることがあるのだ。
「船長には誤解してほしくないのですが、私たちは管理会でこの問題を真剣に話し合っています。まさに穏便に話を進めているわけで、ルールを守らない無法者の集団じゃありませんよ」
「その管理会に任せていても、研究者たちの平等な権利は守られないのです」
西田がテーブルを叩く。茶野が「あんた、黙れ」と叫び、また口論が始まった。
末木は怒りを通り越して虚しくなった。こんな状況で研究者の全体協議会を開いても、何の効果もないような気がしてきた。
「茶野さんも西田君も、もうそのへんでやめたまえ」
天野の張りのある声が響き、二人は口論を止めた。
結局、運行本部会議は研究メンバーによる醜悪な口論が繰り広げられただけで終わった。
彼の企業は出資額では第三位なのだが、管理会のメンバーには選ばれていない。出資額の大きさが管理会幹部の立場に結びついていないのは西田だけだ。
七十年前の月面開発プロジェクトにおいて、西田の所属する企業が他社を出し抜いて資源探索を強行した経緯があって、信用度が低いことが理由だった。
「
「簒奪するわけがないだろう」
櫓木の顔から笑みが消えた。「お前のところとは違うよ」
「私のラボでは他社の研究を盗んだことはありませんよ」
気色ばむ西田に、
「私だって本部会議の一員です。言うべきことは言いますよ」
西田は耳から長く垂れた髪を頭頂部に戻すと、下唇をパクパクと上下させる。宇宙線病の治療の副作用のため、顔の筋肉が動きにくいのだ。
「櫓木ラボと浦川ラボは研究テーマに関連がない。それなのにメンバーが移籍するなんておかしいと思いませんか?」
西田は一同を見たが、誰も口を開かない。すると茶野が手を叩いて、注目を自分に集めた。
「西田さん、座りなさいな。あんたの意見なんて、誰も聞く気がないようですよ」
「遠慮してはいけないんだ」西田が下がったままの唇から唾を垂らしながら言い返す。
「管理会がきちんと櫓木さんを正せないから、本部会議にまで迷惑をかける結果になっていることを反省すべきなんです」
「西田さんが今この瞬間に黙れば、迷惑はかからないよ。ここは管理会の運営について議論する場ではないですよ」
「この場を使わなければ、私の意見を表明する場がない」
茶野と西田の口論がエスカレートするにつれ、運行クルーや医療スタッフの参加者がうんざりした顔を見せた。医師の
「ちょっと落ち着きましょう」
末木が両手を上げて立ち上がる。意図しない素早い動きだったため、椅子が音を立てて後ろにひっくり返った。
「研究グループの方たちに改めてお願いするのですが、物事を穏便に進めてください。そしてあけぼのの安全な運行に御協力をお願いしたいです」
くくくっと笑い出したのは茶野だった。小馬鹿にされたと思った末木はむっとして、大きな
「茶野さん、失礼ではありませんか」
「これは失礼でしたか。申し訳ありません」
茶野は頭を下げたが、まだ笑いは納まっていない。
こういう時、末木の若さがマイナスになる。彼女とは親子ほど年の離れた茶野や櫓木は、あけぼの号船長の威厳というものをことさら貶めようとして、露骨な態度を取ることがあるのだ。
「船長には誤解してほしくないのですが、私たちは管理会でこの問題を真剣に話し合っています。まさに穏便に話を進めているわけで、ルールを守らない無法者の集団じゃありませんよ」
「その管理会に任せていても、研究者たちの平等な権利は守られないのです」
西田がテーブルを叩く。茶野が「あんた、黙れ」と叫び、また口論が始まった。
末木は怒りを通り越して虚しくなった。こんな状況で研究者の全体協議会を開いても、何の効果もないような気がしてきた。
「茶野さんも西田君も、もうそのへんでやめたまえ」
天野の張りのある声が響き、二人は口論を止めた。
結局、運行本部会議は研究メンバーによる醜悪な口論が繰り広げられただけで終わった。