第8話 5人揃えば
文字数 2,145文字
地球暦の元旦に当たる祝日の深夜、櫓木 ラボに移籍していた旧浦川 ラボの研究員二名が、パーテーションをさらに動かそうとして浦川ラボに侵入するという事件が起きた。
事前にその動きを察知していた浦川ラボでは、ラボの床下の重力場発生装置を最大にして、侵入者を捕獲したという。
急遽開かれた管理会では二名を不法侵入罪で裁こうとしたが、櫓木と茶野 が反対したために処分は見送られた。
その後の運行本部会議では、末木 船長から研究者グループに自律的な組織運を強く求めたものの、何ら改善策が出されないまま、ついに浦川ラボの入口通路が櫓木ラボによって封鎖されるという事件が起きた。
仲介のために櫓木ラボに入った西田が殴られ、進展しない状況に腹を立てた浦川が核融合炉を停止させるに至っても、管理会は櫓木の暴挙を止めることができなかった。
あけぼの号が地球に到着するまで、あと二年。このまま混乱が収拾されないと、いつか取り返しのつかない事態になる。
末木は苦悩するのだった。
**********************
目が覚めた。ウキタは夢を見ていたようだ。
彼は東京に向かう新幹線の車内にいた。今日は東京本社で午前十一時から取締役幹部会議が行われるため、金沢支社、福島支社、岡山工場、広島工場のトップが一堂に会すのだ。
ウキタは三年前から岡山工場の事業所長である。幹部会議のメンバーで最年少だった。
会議の議題は一つだ。二月前に突然逝去 した前社長の跡を継ぐ次期社長を誰にするのかである。
一代で大きくなった会社の二代目ということで、当初は先代の一人息子である大阪事業所のトヨダ総務課長が就任するものとばかリ考えられていたが、徐々に雲行きが怪しくなっていた。
副社長のトスガワが、社長への野心を露 わにしたからだ。
現在、社内はトスガワ派とトヨダ派に二分していた。
福島支社長のシモスギ取締役や広島工場のウモリ工場長はトヨダ課長を推すはずだ。二人の日頃の言動からもそれは窺 える。
ウキタは若手時代に先代社長から公私ともに世話になった恩義があり、心情的にはトヨダ派なのだが、旗色を鮮明にすることは控えてきた。
その理由は、明らかにトスガワの勢力が強いからである。メインバンクや大手取引先企業は押し並べてトスガワを後継者にすべしと進言していた。
一方、トヨダ課長は頭も切れ、人柄も良いのだがまだ若い。そこで前社長の信任が厚かった金沢支社長であり、常務取締役でもあるウシロダ氏を暫定社長にして、トヨダ課長を専務に据えてしばらく勉強してもらおうというのが、前回の幹部会議での結論だった。
ところが今月に入ってウシロダ常務が体調不良を理由に退任を申し出たため、一度は沈静化した後継者問題が俄 かにざわついてきた。
今日の幹部会議では、シモスギ、ウモリの二名はトヨダを推薦するのに違いない。トスガワはもちろん自分自身を推すだろう。そこまでは想像が容易い。
問題はウシロダだ。彼は自身の引退を公言して以降、トスガワと面会する機会が増えているという。会社の将来について相談していると本人が語っていたが、何やらきな臭い。
自分はどうしようか。ウキタは悩んでいた。
トスガワ、ウシロダ、シモスギ、ウモリ、そしてウキタ。
現状の五人のパワーバランスは一対四だ。だが力関係は数だけでは決まらない。
会議の場で言葉に勢いがあるのはシモスギ、ウモリで間違いないが、実行力では圧倒的にトスガワが強かった。
前社長時代は東京支社だったものを本社に変更し、大阪本社を事業所扱いにしたのもトスガワ。利益の出ない海外工場の撤退を決めたのもトスガワ。
ウキタがトヨダ課長を推せば、数の上ではトスガワは不利だ。そういう状況になったとしたら、彼が会社から出て行く可能性は高かった。外部に味方の多いトスガワを会社の敵にはできないから、頭を下げてでも引き留めなければならないだろう。
五人体制を何とか維持したとして、その先はどうするのだ?
ウキタはさっきまで観ていた夢を思い起こした。宇宙船あけぼの号の管理会では全会一致をルール化しているから、二対三のままいつまでも平行線の世界だった。
ウキタの会社でも、先代社長の「みんなでよく話し合って決めろ」とのありがたい社訓により、幹部会議は全会一致を原則としている。五人が同じ方向に意思統一しない限り、話は進まない。
先代が存命の頃は、実際にはワントップによる意思決定のみだった。今さら「話し合え」と言われても、皆が疑心暗鬼になっている。
トスガワが折れる見込みはほとんどない。となれば、トヨダ派が折れるしか道はない。
今日の会議では、思い切って僕がトスガワ側に立ってみるか。福島と広島の二人は激怒するだろうが、何がベストなのかを説明すれば分かってくれるかもしれない。
決まらないのも困るが、決まった結果が悪くても困る。幹部会議が空中分解すれば、きっと会社は内部からは破綻する。
新幹線は新横浜を通過した。タブレットのネットニュースでは、国連安全保障理事会が紛糾したことを伝えていた。
全会一致は難しいよ。ウキタはタブレットの電源を落とす。
東京駅までの短い時間、気持ちを静めておこうと思った彼は目を閉じた。
――(了)――
事前にその動きを察知していた浦川ラボでは、ラボの床下の重力場発生装置を最大にして、侵入者を捕獲したという。
急遽開かれた管理会では二名を不法侵入罪で裁こうとしたが、櫓木と
その後の運行本部会議では、
仲介のために櫓木ラボに入った西田が殴られ、進展しない状況に腹を立てた浦川が核融合炉を停止させるに至っても、管理会は櫓木の暴挙を止めることができなかった。
あけぼの号が地球に到着するまで、あと二年。このまま混乱が収拾されないと、いつか取り返しのつかない事態になる。
末木は苦悩するのだった。
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目が覚めた。ウキタは夢を見ていたようだ。
彼は東京に向かう新幹線の車内にいた。今日は東京本社で午前十一時から取締役幹部会議が行われるため、金沢支社、福島支社、岡山工場、広島工場のトップが一堂に会すのだ。
ウキタは三年前から岡山工場の事業所長である。幹部会議のメンバーで最年少だった。
会議の議題は一つだ。二月前に突然
一代で大きくなった会社の二代目ということで、当初は先代の一人息子である大阪事業所のトヨダ総務課長が就任するものとばかリ考えられていたが、徐々に雲行きが怪しくなっていた。
副社長のトスガワが、社長への野心を
現在、社内はトスガワ派とトヨダ派に二分していた。
福島支社長のシモスギ取締役や広島工場のウモリ工場長はトヨダ課長を推すはずだ。二人の日頃の言動からもそれは
ウキタは若手時代に先代社長から公私ともに世話になった恩義があり、心情的にはトヨダ派なのだが、旗色を鮮明にすることは控えてきた。
その理由は、明らかにトスガワの勢力が強いからである。メインバンクや大手取引先企業は押し並べてトスガワを後継者にすべしと進言していた。
一方、トヨダ課長は頭も切れ、人柄も良いのだがまだ若い。そこで前社長の信任が厚かった金沢支社長であり、常務取締役でもあるウシロダ氏を暫定社長にして、トヨダ課長を専務に据えてしばらく勉強してもらおうというのが、前回の幹部会議での結論だった。
ところが今月に入ってウシロダ常務が体調不良を理由に退任を申し出たため、一度は沈静化した後継者問題が
今日の幹部会議では、シモスギ、ウモリの二名はトヨダを推薦するのに違いない。トスガワはもちろん自分自身を推すだろう。そこまでは想像が容易い。
問題はウシロダだ。彼は自身の引退を公言して以降、トスガワと面会する機会が増えているという。会社の将来について相談していると本人が語っていたが、何やらきな臭い。
自分はどうしようか。ウキタは悩んでいた。
トスガワ、ウシロダ、シモスギ、ウモリ、そしてウキタ。
現状の五人のパワーバランスは一対四だ。だが力関係は数だけでは決まらない。
会議の場で言葉に勢いがあるのはシモスギ、ウモリで間違いないが、実行力では圧倒的にトスガワが強かった。
前社長時代は東京支社だったものを本社に変更し、大阪本社を事業所扱いにしたのもトスガワ。利益の出ない海外工場の撤退を決めたのもトスガワ。
ウキタがトヨダ課長を推せば、数の上ではトスガワは不利だ。そういう状況になったとしたら、彼が会社から出て行く可能性は高かった。外部に味方の多いトスガワを会社の敵にはできないから、頭を下げてでも引き留めなければならないだろう。
五人体制を何とか維持したとして、その先はどうするのだ?
ウキタはさっきまで観ていた夢を思い起こした。宇宙船あけぼの号の管理会では全会一致をルール化しているから、二対三のままいつまでも平行線の世界だった。
ウキタの会社でも、先代社長の「みんなでよく話し合って決めろ」とのありがたい社訓により、幹部会議は全会一致を原則としている。五人が同じ方向に意思統一しない限り、話は進まない。
先代が存命の頃は、実際にはワントップによる意思決定のみだった。今さら「話し合え」と言われても、皆が疑心暗鬼になっている。
トスガワが折れる見込みはほとんどない。となれば、トヨダ派が折れるしか道はない。
今日の会議では、思い切って僕がトスガワ側に立ってみるか。福島と広島の二人は激怒するだろうが、何がベストなのかを説明すれば分かってくれるかもしれない。
決まらないのも困るが、決まった結果が悪くても困る。幹部会議が空中分解すれば、きっと会社は内部からは破綻する。
新幹線は新横浜を通過した。タブレットのネットニュースでは、国連安全保障理事会が紛糾したことを伝えていた。
全会一致は難しいよ。ウキタはタブレットの電源を落とす。
東京駅までの短い時間、気持ちを静めておこうと思った彼は目を閉じた。
――(了)――