第7話 絵魔と灰人

文字数 3,364文字

ーハァハァー
私はずっと走っていた
声が鳴り止まないのだ
さっきの灰色の人のざわついたノイズの様な音声が

やっぱりこの館はおかしい
ずっと走っても無限にあるかのような廊下
廊下の壁には私が見かけた美術品の絵が飾られている
だけど、あの時とは違う不気味さを感じる

私は走り続けてもう体力がもたない
後ろを振り向く
ずっと奥を見るが、追いかけられてる感じはしない
ただ何故か、耳の奥、頭の中にぞわぞわとした感触だけが繰り返すのだ

(ぅぅ、嫌だぁ。怖いよう)
私は泣きながらその場にしゃがみ込んでしまう

(なんでこんな目にしか合わないんだろう。なんでいつもこうなんだろう)
(クレマ、どうしてるだろう。助けてよクレマ)
そうしてうずくまっていた時に、急に優しい笑顔が脳裏に浮かんできた

(お兄ちゃん?)
あの時の
お兄ちゃんが笑って私を見つめてる
ううん、あの時私の絵を褒めてくれた時の、そして私の「穴」を見てる
時の本気で心配してくれてる時の優しい目

お兄ちゃんも、あの後どうしたんだろう。
まさか
お兄ちゃん達も危ない目に今頃?
私は悔しくなった
涙を堪えて顔拭いて歩き出そう、そう思って顔をあげた瞬間だった


ーギョロッー


絵画の目だ
なんてことはない、美術館に置いてある絵
この絵こんな絵だっけ
ううん、やっぱりおかしい!
絵は、下を向く事なんて、ましてや私を睨むなんて出来っこない

「ふふっ」
声がした。それはいかつい男性の声
それでいて、人を黙らせる威圧感と力強い声

「ふふは、ひゃーははははははは」
それはかなり大きく粗野で下品な声

(絵が笑った・・嘘)

よく見ると目だけが笑ってない 笑ってないのに怖い瞳と
口だけがパラパラ漫画でも見てるかの様なタッチで動いていて
表情が絵だからか変わらないまま
威圧を押しつけてくるように嘲笑し続けていた

「くくく、ひゃーはははははは」
「ぐへーひひひひひひ」
周りを見ると数多の神々しかった装飾の絵や貴婦人、村人や悪魔の絵が一斉に笑い出す

ーボタボタ・・ジュッー

(痛いっ!)
私は咄嗟に身じろぐ
(何っ、今の・・この焼けるような痛みは)
私は驚いて服を見る
みると、服はまるで硫酸にでも落としたかのように
溶けて私の肌を露出させた
上を見るとさっきの男の絵が口から涎を大量に流し続けている
まさか、その涎で服が溶けたの?

急に腕がジクジクする
(熱ッ)
黒い熱が噴き出した
私は痛みに耐え兼ねながら腕を見る
さっきまでは肌色だった私の腕
それがみるみる私の腕を黒く染めていった

「きゃぁぁぁぁぁぁ」

私はありったけの絶叫をして、奥へ走った
走り抜ける間も、大音量で両方の壁から手が、下卑た叫びが、絵画達のあざけわらう嘲笑と
絵画に描かれた手が散々に伸び、私を両脇から毟り取ろうと迫る

「いや、いやぁ、いやぁぁぁ」
私は、必死に掴まれ、引きずり込まれないように走る
最悪だ!声も出せない惨めさ
ようやく外へ出れたのに、今度は怪物に追われて腕までも又真っ黒になった
誰もいない、いつも誰も助けてくれない
神様、そんなに私が嫌いですか?私は何もしてないのに

服はもうボロボロになり、貴婦人の絵からはグラスから何かを全身にかけられた
まるでそれは鮮血の様に私の全身に浴びせかけられる
なんなのもぅ
私に死ねっていうの?
私は転んでしまう。入る部屋もない、そして周りの嘲笑
(あぁ、あの時と同じだ・・)
(もぅどうでもいいや。死んじゃえ自分なんか)
もぅ、そう諦めかけたその時だった

ーシンー

(・・え?)
私は顔を上げる
絵はみんな普通の表情に戻っていた
いや、違う
どこかブルブルと緊張しているかのような
何かを畏れているような目

(何だろう)
私はボロボロになった服のまま足を引きずりながら進む
まるで何かに呼ばれているような感覚

絵画の横をすり抜け、貴重な美術品のショーケースの脇を通り抜けて
青い天幕が綺麗だったのでその奥を何の気無しにくぐり進む

(わぁ・・綺麗)
天幕を抜けた先には、光る青いツリーと星がキラキラと光り装飾を放っていた
(あれ、ここは何故か通路が小さい?それに)
見ると目の前に大きなひまわりのオブジェが道を塞いでいた
ひまわりはまるでクリスタルの結晶で作ったかのような見た目だった

(凄く儚くて、綺麗)
私は、通路を塞ぐそのオブジェに、恐る恐る触れてみた
思えば美術品というものに、直に手を触れるのはこれが初かもしれない

(え?)
私はオブジェに触れた
なのに感触は、結晶の石を触る感触では無く、普通の花を触れたかのような触感だった

「驚いたかね?お嬢さん」

(誰っ!?)
私は肩に手を置かれて、急いで振り返る
触れられた手は妙にゴツゴツしていて冷たかった

「あぁ、これは失礼、驚いてしまったね」
見ると、窪んだ眼光の鋭い髭を生やしたおじいさんがいた
気のせいか、あまり表情が崩れていなかった気がするし、
いつの間に後ろにいたんだろう?

(あ、あなたはだぁれ?)
そう言いたいが声は出ない。ずっと繰り返すこの動作に私は
わかっていても悲しくなってしまい、涙が出そうになった


「あぁ、可愛いお嬢さん、どうして泣いているのかな、何か私はまた失礼をしてしまったのかな」

(違う・・そうじゃないんです)

久しぶりに暖かい声が聞こえたから、私以外の、私をいじめない誰かに話しかけて貰えたから
そう言いたいが言葉を出せない。身振り手振りでも伝えられない
そうしていると

「ふむ・・・」
「そうか・・そういうことか」
急に「失敬」と言って後ろを振り向きブツブツと何かを熟考している老紳士

「すまないなお嬢さん、実は私も人と話すのはとんと苦手でね。生きていた頃も散々だった」
「キミも、大変な人生を歩んでいるようじゃないかね、何か私に手伝える事はないかな」
急に、熟考を止めて振り返った人は名乗った

「私はゴッホ、フィンセント・ヴィレム・バン・ゴッホだ」
「こう見えて、死後もここで売れない孤独な画家をやらせてもらってる」

(ゴッホ!?)
私は目をぱちくりさせた
確かに、本で読んだ事がある
確かに、この美術館でも見た気がする

「ははは、光栄だねお嬢さん、私もお嬢さんがここへ来た時、少しだけ見ていたよ」
「よく覚えている。繊細そうで、何かを抱え、酷く複雑な色を纏っている」
「それでいて、可憐で可愛い女の子だったね。無論、キミの「苦痛」も知っているよ」


「その穴だね・・ふむ。まぁその前に、私は口下手でね。よければ私についてはきてくれないかね?」
「散歩途中に、お互い何者で、ここがどこなのか、星月夜を見ながら語ろうじゃないか」

全身から優しい雰囲気を醸し出す紳士
一瞬眼光が鋭くて、怖そうにみえたけど、慣れたらこんなに人なつこい人なんだ

一緒に暗闇の中を歩き出しながら考える
(嘘・・本当に今私、あのゴッホと話しているの?)

「はははお嬢さん、私の事を知ってくれているのなら話は早い。ただその前に」
「キミは何故ここにいるんだい?」

(あれ?なぜ私の言う事がわかったの?)

私は疑問に思った
するとゴッホは優しい瞳をしながらこう言った

「ははは、お嬢さん、ここがどういったところか、気付いてはいるだろう」
「ここは全ての真理と罪、世界の美が集う世界」
「この世界でお嬢さんみたく生身でいるのなら、罪の化身や荒ぶる神、そして」
「絵画の魔物である、絵魔供に、喰われてしまうよ」
「ここでは、何一つ信用してはいけない世界だ」
「そして何故私がキミの声を聴けるのか、そう、それは「画家」だからさ」

(画家?確かにゴッホさんは生前から画家だけどそれが一体どうして)

「ハッハッハッ、そういう意味ではなくてね。画家たるもの、風景も人も、今ある瞬きの瞬間すら、多角的に様々な角度から見なければ絵は描けない。要するに、人を見る着眼点もそうさ」

「だからキミを見た瞬間、キミが今どういう存在で、何に苦しんでるのか、私達にはわかるのさ」

「何故なら、私も「絵魔」であり、人を陥れる能力を持つ者だから」

(え?)

わかってはいたが、ゴッホさんが言っている事に、頭が上手くついていけない

「急に驚かせてしまってすまないね。ナニ、別にキミをさっきの絵画みたく傷つけようなんて
気は無い。私はキミの味方さ」

「あぁ、そろそろ、着くね。さぁ、共に幕を開けようか」

「さぁまずは、この綺麗な星月夜を眺めながら、その下でキミの知りたいことを語ろうじゃないか」
そういって、長かったような、短かったような道の終わりの幕を開いた
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み