2/2

文字数 2,014文字

 ある朝登校すると、先生達が深刻な顔をしていました。学区内に通り魔が出たというのです。襲われた人は幸い大事無かったそうですが、とても恐ろしい事が起きたとクラスは騒然としました。

 その日は集団下校をすることになったのですが、私は一番遠くに住んでいたもので、同じ方向に帰る生徒は一人また一人と減っていきました。既に辺りは薄暗くなっていた為、最後に別れた子にはとても心配されたのを覚えています。

 誰もいなくなった後、私は懐中電灯を付けて歩きました。でも、あの妖怪と話したい気持ちがあったので、気楽な調子で歩いていました。その時ふと、後ろの方から物音が聞こえてきたんです。

 それは、踵を引きずるような足音でした。

 気付かれないように後ろを見ると、フードを目深に被った人がいました。私との距離は数メートル離れていましたが、薄暗い中でもその人の様子がわかるような距離でした。
 その人は片手を不自然にジャンバーのポケットに入れていて、もう片方の手はだらんと外に出していました。

 途端に通り魔の事を思い出して、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じました。自然と歩みは速くなります。すると、その男もまた早歩きで私を追いかけて来たのです。

 遂に恐怖が天井に達して、私は走り出しました。
 今思えば、助けを求めて近くの家にでも駆け込むべきでした。でもその時は必死で、ただ一刻も早く家に帰りたいとしか頭にありませんでした。家の近くまでは来ていましたから、逃げ切れるような気がしていたんです。

 でも、それは甘い考えでした。

 突然、背負っていた鞄が引っ張られ、気がつけば仰向けに倒れていました。混乱の中見上れば、フードを被った男が私の顔を覗き込むように見下ろしていました。その顔からは何の感情も読み取れず、ただ冷たく不気味だと感じました。
 
 男がポケットから手を出すと、その手にはカッターナイフが握られていました。

 もう駄目だ!
 そう思って、目をギュッと瞑った時でした。

「うわん!!」

 体を底から震わせるような大声が、闇夜に轟きました。怒声のような、威嚇のような、そんな力強い響きだったように思います。
 その声が聞こえた途端、通り魔の男は急に怯えだし、顔を真っ青にしてひっくり返ってしまいました。

 何が起こったのかすぐには分からず、私は周囲を見回しました。すると、私はいつの間にか、あの妖怪が住んでいる家の前まで来ていたのだとわかりました。
 私を心配した妖怪ガードレール弾きが、大声で男を怒鳴り付けて驚かせたのです。

「ありがとう……」

 そう呟くと、妖怪は得意げにガードレールを弾きました。

 その後、偶然にも軽トラで通りかかった近所のおじさんに助けを求めると、おじさんは酷く慌てた様子で私を家に送り届けてくれました。お母さんも大慌てで、私は怪我もしていないのに病院を受診することになりました。

 後から警察の方に聞いたのですが、犯人は気絶する直前、廃屋から身を乗り出すお歯黒をした怪物を見たそうです。警察の方は何かを見間違えたのだろうと笑っていましたが、私は母の描いた妖怪の絵を思い出していました。

 それから、これは大人になってから知ったのですが、私の住んでいる地域には、【うわん】という妖怪が大昔から住み着いていたそうです。「うわん」と大声を出して、人を驚かせるのが好きな妖怪ですが、「うわん」と言い返すと逃げてしまうとか。

 なので、もし私が彼の名前を口にしていたら、彼は逃げてしまっていたことでしょう。

 母も父もあの集落に昔から住んでいたので、きっと妖怪の正体を知っていたのでしょうね。なので敢えて【うわん】の名前を出さず、【妖怪ガードレール弾き】と呼んだのでしょう。そのおかげで、私は彼と友達になる事ができました。

 大人になって、私は一度集落の外に出ました。でも、住み慣れた土地が恋しくなって、最近になって集落に戻ってきました。だけど、いつの間にかあの廃屋は取り壊されてしまっていて、あの妖怪がどこに行ってしまったのか、わからなくなってしまいました。

 通勤には車を使うため、夜道を歩く機会も無くなってしまいました。だから彼は今もどこかで誰も通らない夜道を、一人寂しく眺めているのかもしれないなんて、切ない事を考えてしまいます。

 でも、もしかすると彼はまた、新しい友達を得られるかもしれません。

 昨日、近所で遊んでいた私の子供達が、大慌てで家に戻って来たんです。余程驚く事があったのか土足のまま、居間で仕事をしていた私めがけて走ってきました。子供達は私に抱き着くと、涙目で訴えました。

「誰かがガードレールを鳴らしてるんだよ」
「でも誰もいないんだよ! おばけ?」

 私は少し思案するような素振りをして、
「それは、【妖怪ガードレール弾き】だね。人を驚かせるのが好きなくせに、恥ずかしがり屋な妖怪だよ」

 そう言って、【うわん】の姿を子供達の自由帳に描いてやりました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み