12-1.慟哭

文字数 5,340文字

 閃光が走った。聴覚が飽和した。衝撃が衝き抜けた。
 閃光衝撃榴弾、その一撃。
 ユージーン・バカラック大尉は、その全てに成すすべもなく晒された。無重量状態にある倉庫区画のその一角、後ろ手に縛り上げられた挙句に閉じ込められた――そんな虜囚の身とあっては身の構えようなどあるはずもない。
 無様に頭から壁へ突っ込んだところへ音もなく殺気の塊が忍び寄り、バカラック大尉の拘束を確かめるや解放もせず去っていく。バカラック大尉は大尉で、その素っ気なさを咎め立てする余裕もない。
 害意があったなら意のままにされていたところ、そのつもりが相手になかっただけ――そのことにさえ、気付くまで数秒を要した。
『全員動くな!』
 そして侵入者の第一声は、冗談にも好意的とは言いかねた。
 宇宙港〝クライトン〟は中心部、軌道エレヴェータ区画の貨物倉庫。見付けた端からという体で、〝ハンマ〟中隊は警備中隊員という中隊員を後ろ手に縛ってひとまとめに閉じ込めて去っていった。もっとも、周辺部の居住区画に逃れ得た隊員は一人ならず存在していて、強襲揚陸艦〝イーストウッド〟陸戦隊の進攻を少なからず手助けしてもいる。
『ここに……』警備中隊長ユージーン・バカラック大尉は声を上げた――つもりが、意外なほど頼りない音が喉を通っただけだった。咳き込むこと数回、喉の通りを直したところで改めて声を張り上げる。
『ここに敵はいない!』
 視線と殺気が集まった。
『貴官らは第3艦隊所属の陸戦隊とお見受けする』努めてゆっくりと、バカラック大尉は首を巡らせた――侵入者の指揮官と思しき声の主へ。『ここには武装解除された警備中隊員がいるだけだ』
『貴官の姓名と所属は?』声の主が問いを向けた。
『ユージーン・バカラック大尉。空間警備隊〝クライトン〟管区、宇宙港〝クライトン〟保安本部所属!』
 相手がデータを照合する、それだけの間があった。
『了解、確認した』

〈ブリッジ、クリア!〉
 救難艇〝フィッシャー〟のブリッジ、シンシアが戦闘データ・リンクへ声を乗せた。気絶させた陸戦隊員――フェデラー兵長の両手を背後へ回し、プラスティック・ワイアで縛り上げる。
 と、そこで違和感。視界の隅、網膜に投影されたキースからの戦闘データ――戦闘自体は終わっている。
 なのにキースからは制圧の報せがない。
〈おい、どうした!?
 返事がなかった。
〈〝ウィル〟! 何があった!?
 戦闘データが逆スクロール、ことの経過を辿った〝ウィル〟が答えをシンシアの聴覚へ乗せる。
〈キースは医務室を制圧、死亡2――ただ、こっちにも損害が出てる〉
〈誰がやられた!?
 キースからの音声データに混じって、マリィの悲痛な声。聞き分けたシンシアが唇を噛んだ。
〈アンナ、か……!〉

「嫌あぁァァッ! アンナぁァッ!」
 マリィが狂乱の声を上げる。キースはマリィの肩を抱き寄せた。後ろ手に拘束されたまま、マリィが振りほどかんばかりに身をよじる。
「マリィ!」アンナの亡骸から眼を逸らさせ、キースは呼びかけた。「マリィ!!
 覗き込んだ瞳は、ただ激情に溺れていた。やむなくキースは当て身をくれる。暴れるマリィの身体から力が抜けた。
 眼を上げれば、イリーナもドクタも焦燥の眼をキースへ向けていた。キースはマリィの身体を抱いて壁を蹴る。ドクタへ身を寄せ、サヴァイヴァル・ナイフでマリィの拘束を解く。プラスティック・ワイアが切れる、その音が妙に耳についた。
 キースは今度はイリーナの方へと身体を流す。
「……ドクタ、彼女を頼む」
 ようやくそれだけ口にして、キースは室外へ向けて壁を蹴った。
「付いていてやらないのかい?」
 キースの背へ、イリーナが投げて声。
「……ブリッジへ行く」ハッチ際で身体を留めたキースが、振り返らずに答えた。「この艇をもう一回接舷させる」
 言い置いてキースはハッチをくぐる。
〈〝キャス〟、シンシアにコールだ〉
〈マリィに付いてなくていいの?〉
〈お前、気を回すようになったのか〉
〈興味あるからに決まってんでしょ。こういう時の振れ幅が大きいから人間って〉
〈――シンシアを出せ〉
 呼び出しの間。
〈オレだ……聞いたぜ〉
 データ・リンクに乗って来たシンシアの、それが第一声。
〈ああ……〉沈む声を意識しつつ、キースは続ける。〈アンナがやられた〉
〈乗組員は解放した。今データ・リンクの復旧にかかってる〉
〈そっちへ向かってる〉ことさらキースは感情を削いで、〈1分で着く〉
〈人手なら足りてる。それよりマリィに付いててやんな。以上〉
 それきり視覚の隅、データ・リンクの状態表示が替わる――〝通話終了〟。キースは気密ヘルメットのヴァイザに手をかけた。頬に消毒液の匂いが触れる。
〈……ったく、どいつもこいつも……〉



〈データ・リンク確立!〉フリゲート〝シュタインベルク〟艦橋、航法席から報告。〈〝フィッシャー〟、接舷準備に入ります。相対座標指定、〝フィッシャー〟側が移動します〉
「で、」デミル少佐は艦長席から隣、身体を浮かせたロジャーへと声を向けた。「どうするつもりだ、これから?」
「知ってどうするよ?」
 訊き返すロジャーには、少佐の階級章に畏れ入る気配もない。咎めもせず、むしろ当然のような口振りでデミル少佐。
「この艦の進路を決めねばならん」
「進路、ね。こう言っちゃ何だけど、そっちこそどうするよ?」ロジャーに意地の悪い笑み。「後ろには敵が群れてるし、逃げようったって跳躍ゲートはあの有り様だしな」
「残る宇宙港は〝ハミルトン〟だがな、いずれ単艦では追い詰められる」正面モニタ、移動する〝フィッシャー〟の映像とそこに重なる相対座標、ヴェクトルを見やりながらデミル少佐が言葉を継いだ。「だから訊いている。貴官らはどうするつもりだ?」
「聞いてどうするよ?」ロジャーが片眉を踊らせる。
「聞いてから決める」決然とデミル少佐。
「ま、どうするも何もないんだがね」ロジャーは口の端を、不敵に歪めた。「〝サイモン〟へ殴り込むのさ」
「――そう来たか」デミル少佐の表情が、さすがに厳しさを帯びた。
 そこへ〝ネイ〟から声が届く。
〈ちょっといい?〉
〈随分と控えめだな〉ロジャーはよからぬ予感を眉に乗せて、〈どうした?〉
〈〝キャス〟と〝ウィル〟の通信を洗ったんだけど……〉
〈何かあったのか?〉
〈アンナが死んだわ〉
 ロジャーの口元、重く沈黙。
「何かあったのか?」
 デミル少佐から飛んできた、それは質問ではなく確認の言葉。
「まあ……」ロジャーの言葉が濁る。「こっちにも死人が出た」
「ただの死人ではないようだな」
「色々あってね」それ以上の追及を暗に遮り、ロジャーは高速言語で〝ネイ〟に訊く。〈今お姫様に付いてるのはどっちだ?〉
〈キースの方ね――シンシアからコールが来てるわ〉
〈繋げ――俺だ〉
〈……アンナがやられた〉シンシアの声にも焦燥の色。
〈らしいな〉さすがにロジャーも声を低める。〈キースはどうした?〉
〈マリィの方を見させにやった〉シンシアは釘を差すように、〈接舷はこっちで面倒見る。あいつは放っといてやってくれ〉
〈そりゃまた、随分と親切だな〉ロジャーの声に苦笑が乗る。
〈吐かせ〉返すシンシアの声も生気を欠く。〈素人にゃキツかろうって話だ〉
〈そりゃそうだがよ――まあ、〉ロジャーは肩をすくめた。〈今は何もできやしねェがな〉
〈手前が走り回るわけじゃないだろ〉シンシアの声が事務的な色を作る。〈フリゲートの身の振り方を報せろ。場合によっちゃ〝ハンマ〟中隊の連中を呼び寄せることになる〉
〈解った。確かめるから待ってろ〉ロジャーが眼をデミル少佐へ。「さて、今度はこっちが訊く番らしい――あんた達はどうするよ?」
「選択の余地はないように見えるが」言いつつデミル少佐は腕を組む。「――乗組員の意思を確かめる必要がある。返事は少し待ってくれ」
 脈はあると受け取って、ロジャーはデミル少佐へ言葉を投げた。「こっちはあまり待てないぜ。ただでさえ道草食っちまってるからな」
 続けてロジャーが〝ネイ〟へ問い。〈第3艦隊の方は?〉
〈こっちに増援よこす気でいるわ〉〝シュタインベルク〟のデータ・リンクを繋いで、〝ネイ〟が艦隊の動向を報せる。〈宇宙港から揚陸艇1隻とフリゲート引っぺがして〉
〈てことは、〉ロジャーは唇の端から舌を覗かせた。〈陸戦隊が来るってのか〉
〈間違いないわね〉〝ネイ〟の声が駄目を押す。〈宇宙港の〝掃除〟を遅らせてでもこっちを押さえる気よ〉
 宇宙港に残してきたトラップの数を思い出しながら、ロジャーは思い付きを口に乗せた。〈データ・リンク引っかき回してやれ〉
〈簡単に言わないでよ〉そこで〝ネイ〟の声が途切れた。〈……艦ごとにリンク切り分けられちゃってて、ガードが堅いったらないのよ。さすが電子戦艦繋いでるだけあるわ〉
〈てこたァデータ・リンクは電子戦艦に直結も同然じゃねェか〉ロジャーが思わず舌なめずり、〈連中、もうちょいのところに手札晒してるようなもんだぞ〉
〈〝もうちょい〟どころか鉄壁の中よ〉〝ネイ〟は歯を剥かんばかりに声を返す。〈ヘタ打ったらこっちが黒焦げなんだからね〉
〈出し惜しみしてんじゃねェよ。うまいこと潜り込め〉ロジャーは空元気を声に含ませて、〈こっちの状況はどこまで洩れてる?〉
〈私達と白兵戦になったとこまで〉〝ネイ〟に即答。〈結果の方は嘘っぱち流しといたけど――〝監査局員の協力により抵抗勢力を排除、結果を確認中〟〉
 それを信じたかどうかは、艦隊側の動向が物語っている。つまり――、
〈時間稼ぎにしかならねェか〉ロジャーに苦笑い。
〈仕方ないでしょ、〉応じる〝ネイ〟の声はしかし重くない。〈送られちゃったものはいじりようがないんだから〉
〈眼の前にエサ転がってるんだ〉思考を巡らせつつロジャー。〈アタック続行。あとオオシマ中尉にコールだ――ちょい待ち、いま艦橋を出る〉
 ロジャーが艦橋後方へ身体を泳がせる。
〈言われなくとも――繋ぐわよ〉
 通路へのハッチをくぐったところで、〝ネイ〟は通話回線を開いた。
〈私だ。戦闘データは見た……〉救難艇とのデータ・リンクを経由して、ミサイル艇〝イェンセン〟からオオシマ中尉。〈……彼女には気の毒なことをした。それから礼を言う。負傷者を守ってくれたようだな〉
〈そいつはキースとマリィへ言ってくれ。それからシンシアに〉オオシマ中尉の苦い声を聞きつつロジャーが告げる。〈こっちの用件は別にある。〝シュタインベルク〟が味方に付く可能性が出てきた〉
〈そんなデカブツ連れてってみろ、集中砲火の的になるのがオチ……〉一言のもとに斬って捨てかけ、オオシマ中尉は沈黙を回線へと乗せた。〈……いや、防空能力次第、か〉
〈まあ下手に突っぱねて、敵に回しちまうよりゃマシだろうな〉ロジャーが指摘する。〈牽制に来る価値はあると思うね〉
〈しかし、よりによって連邦の兵と共闘か……〉眉間の縦皺さえ透けて見えるような呻き声が聞こえてきた。〈爆弾抱えて敵の真ん中に飛び込むようなもんだぞ。我ながらイカれてると思うがな〉
〈もともと裸で敵ン中突っ込むようなもんだったろうが〉気休めのつもりで、ロジャーは皮肉を口に上らせた。〈この上爆弾の一つや二つ、抱えてったって変わるもんかよ〉
 苦い笑いが返ってきた。〈――違いない〉
〈まあいつまでも内緒話ってわけにもいかねェ〉
 ロジャーが現実を告げた。交信はレーザ通信で艦と艇を直接結ぶデータ・リンクを通しているから、他艦に直接傍受される心配はない。ただ〝シュタインベルク〟艦内から第3艦隊へ洩れる可能性がないかといえば、そうも言い切れないのもまた実情。
〈護衛の2、3人も引き連れて乗り込んで来ちゃどうだ? ゲリラの方へ転ばれる心配はなくなるぜ〉
〈簡単に言うな。ちょっと待て……〉苦い声一つ、オオシマ中尉がしばし間をおいた。〈……第3艦隊に動きが出てるな。そっちでも見えてるか?〉
〈ああ――もう一つ、その話だ〉ロジャーは苦い息一つ、〈いま艦隊のデータ・リンクに潜ってるんだが、旗色が悪い。そっちの電子戦屋からちょっかい出せないか?〉
〈待て、いま準備させる〉オオシマ中尉が指示を飛ばす間。〈――救難艇が動いてるのはどう言い訳してる?〉
〈連中が制圧したことにしてる〉視界にスクロールするデータへロジャーは眼を通しつつ、〈さっきの爆発は小競り合いの締めくくりってシナリオだ〉
〈なら、今こっちから出向くわけにはいかんな〉
〈ああくそ、〉話の辻褄へ思い至ったロジャーが小さく舌を打つ。〈――そういうことになるか〉
〈場合によっては、艦隊を振り切るのが先決になる〉考えを巡らせるオオシマ中尉の声。〈加速には備えておけ〉
〈置いてきぼりはかんべんして欲しいぜ〉
〈最善は尽くす〉オオシマ中尉に苦い声――つまりは確約できない、ということ。〈――いまギャラガー軍曹が作業に入った〉
〈こっちでも確認〉
 〝ネイ〟の高速言語を聴覚に感じながら、ロジャーはオオシマ中尉に告げた。
〈〝ネイ〟をリンクさせる――頼むぜ〉
〈当面は艦橋を押さえておけ〉オオシマ中尉の突き付けた、それは事実。〈今のところ眼付け役はお前にしか任せられん〉
〈了解〉
 ロジャーは肩をすくめた。
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