第1話 メイドロボ來たる

文字数 8,736文字


衣良田志功(いらたしこう)28歳は目つきが悪く大変怖い顔をしている。
学生時代、幾人もシコウを狙っている男女がいた程度には整った顔立ちだが、般若の目つきで言葉数少ないので、結婚どころか彼女なり彼氏がいた形跡も無い。

2074年の9月のことである。

シコウがメイドロボを入手しようと同僚に相談したとき周囲がざわめきたった。
シコウに執事服を着せれば完璧だとか、悪役の私生活が垣間見えるとか言いたい放題である。

シコウがメイドロボ購入を思い立ったのには理由があった。
同僚達は知らないが、彼は猫を飼っている。

シコウの<テックコーディネイター>という仕事は、普段は古いプログラムコードの解析を行うが、大口の仕事では半戦場や放射線量の高い地域でのロボット手配なども行う。
実用機械の開発は2050年には概ね終了していて、以降はすでにあるものをどう使うかのフェイズに入っているので、管理者のいなくなった機械を上手く使うことがあらたな産業となった。

時には危険が伴うことも有り、100%帰宅できるとは限らない。
万一の時は親族なりの引き取り手が見つかるまでは、支障なく健康に暮らして欲しいというのが願いであった。

結婚も考えなかった訳では無いが、目的が猫の世話なら人格あるヒト目ヒト科ヒト属を入手するよりもアシスタントロボットを手に入れる方が合理的だ。

中古市場で彼は運命的な出会いをした。

ノルテ105型A
メーカー倒産により104型を持って生産終了宣言したため、105型の市場に出る前のデッドストックが資産整理で売却されたものである。
彼は一目で気に入った、それは女性の姿への憧れでは無くノルテ型未使用品というカタログ動画でも見たことの無い機械ゆえであった。

基本の自律システムは入っているが、ネットワークとの接続は失われているため購入者は自分でシステムを組み上げることが要求される。
その点を販売員から念押しされたがシコウにはまったく問題が無かった。
普段から仕事としてやっているからである。

104型の価格はハイエンドスポーツカー1台分相当である。
ノルテ105型Aは、走ることすら怪しいハイエンドスポーツカーの中古市場相場の価格なので裕福でないシコウでもローンを組めば購入できないことはない。


ノルテ104番台はアートドロイドと呼ばれる外観重視タイプで、一般的には最後の人型メイドロボと言われている。 
アートドロイドはフェイスパーツがカスタマイズできるアシスタントロボットの中で、作家性を持ったシリーズである。
作顔作家によっては無可動でもオブジェとして高額取引されることがあるが、シコウの105型Aは作者不明なので中古市場でも思い切った値がつけられず、扱いが難しいものであった。


格安で入手できたが、購入手続きから納品までの1ヶ月は人格型自律ロボットのプログラムをデザインし続けることになったので、シコウの実働時間を時給計算すればかなり高額の部類になる。オブジェとしても人気の高い104型DJと同じ程度にはなっていた。

アシスタントロボットの搬入は極めて大事である。
鞄一つでやってきて「今日からお世話になるメイドです」という訳にはいかない。
市販のメイドロボ購入後に木造住宅の床が抜けたという事故は多々あった。

メンテナンスベッドは中型の医療機械なみでありこれが玄関を通るかが最初のハードルとなる。
住んでいる家の床面耐荷重も事前に搬入業者から聴かれることになるが、将来的に自宅で修理業を営むことを考えていたシコウはビルトインガレージつき、かつグランドピアノも搬入できるぐらいの床荷重マンションを選んでいたので、そこはまったく問題が無かった。
ガレージにはEV用のコネクターがあるので電源周りも支障が無い。

メンテナンスベッドに備え付けられた大きな人形。
業者の手によって梱包パーツが外されていく。
シコウ飼い猫がおそるおそる遠くから見ている。

顔の保護具が外された

「ほうほう、シコウくん良い趣味してるね」

シコウの2番目の姉、八伊香(ヤイカ)である。

「究極の美少女メイドロボと言われるノルテ104型を手に入れるとは、おぬしやるのう」

105型であることは面倒くさいので話していない。
美少女かどうかは個人の判断なので言及しないことにする。
外観は20歳相当なので、美少女と呼ぶか美女と呼ぶかは別れる。
ヤイカはアパレル業界では名をなしているので審美眼はうるさい。
ヤイカのお墨付きであれば相当なものだろうとシコウは思った。


「人格システムがまるまる無かったから安かったんだよ」
「お姉ちゃんは嬉しいよ お人形遊びしていたシコウくんがついにメイドロボだからね」

正確にはお人形遊びに強制的に付き合わされていたが正しい。
人形玩具のお話装置を自力で直したのが今の仕事に入るきっかけなので、感謝していないことも無い。
人形をバラバラにして人格が危ぶまれていた一番目の姉芽理江(めりえ)は医療方面に進み、着せ替えを楽しんでいたヤイカはハイファッションのデザイナーになっていた。

シコウがブレインユニットを取り付けようと出した手を、ヤイカがパシリとはたいた。

「なにすんだよ」
「シコウくん、日本には八百万の万物に魂が宿ると言われています。 ましては人形 ましてはメイドロボ いやさ美少女ロボです 裸ん坊のまま男に触らせてはロボット人権法に違反します」
「初期作動準備だろう どうみても」
「やかましい、お着替え終わるまで 出て行け」

ヤイカはしっしとシコウを追い払った

「110キロだから怪我するなよ」
「父さんの介護で慣れてるって」

介護用にアシスタントロボットは市販されている。
肥満体の介護用によりパワフルに進化した結果、アームのみの非人間タイプが主流となり、人形型は売れなくなっていった。
ノルテシリーズはメーカーが人型にこだわっていたので「最後のメイドロボ」と一般的に言われている由縁である。

シコウが部屋から追い出されると、階段の上から猫が覗いていた。

猫の名前はオウサマ。
シコウが動物型ロボット研究時に知古になった保護センターの紹介で、終生飼育で面倒を見ることになった。
独身のシコウは保護親対象では無かったのだが、シコウには懐いた いや正確には逃げなかったので特別に許されたのだ。
極端におびえる猫で、一般家庭の飼い猫に見られる王のようなわがままな振る舞いが無いので、王様っぽくなるようにとオウサマと名付けられたのだ。

「オウサマ」

シコウが呼んでも来ない。
家に来た当初は自分の顔が怖いせいかと思い家ではにこやかにするようにしているが、それでもフレンドリーにはなかなか接してくれない。
餌の金属缶を開けたときは走って飛んでくるが、それでも近寄るとスピードを落としてそっと皿に近づく。
気がつけばそばで寝ていたり、寝てから布団に潜り込んだりしているので嫌われてはいない筈だとシコウは思っている。

ナーナーと鳴き声を発している
おそらく不安を訴えているのだろう。
普段は平穏なマンションの部屋に何人も業者がやってきて大型の機械を備え付けているのでビビり猫は大変不安である。

「出来たよー」

2時間ほど経ってから部屋から声がかかった。

シコウが中に入ると人形素体のようなノルテ105型は服を着せられていた。
青のウィッグ、両肩にフラワーフリルの付いた白のエプロンドレス風のスタイルで、ヘッドドレスまで付いている まごうことなきザ・メイドロボの風情である。

「かわいいわー 作りがいあったわー」
「ここまで作りこんでたか」
「シコウちゃんにやらせてたら、作業ツナギで働かせかねないもんね」

実際そうしようと思っていたのでシコウは黙っていた。

「おっぱい柔らかくて良いわー もみがいあるぅ」
「それで、ロボット人権言うか」

ロボット人権法は通称アトム法とも呼ばれている。ロボットの安全基準を定めたロボット法とは別のものである。
憲法に保障された人権と同等では無く、あくまで虐待と認められる行為が禁止されているので動物保護法の延長にある。
シコウは胸の高分子素材が人間に近い弾力であることにしか興味が無い。

「耐汚素材で作ってるからお着替えいらないけど、脱がせるときはやさしくしてね」
「わかった」
「おパンツはシルク白にしたかったけど駆動部分だから丈夫なハイズックにしたの ロマンが無くて御免ね」
「事情を知らずに脱がせようとするやつに言ってくれ」
「じゃあ、いよいよ開眼式ねー メリエ姉ちゃん呼ぶから」

小型のスマートデバイスから、姉メリエの立体像が飛び出す。
ノルテ105型を見てテンションが上がっている

「これシコウのメイドロボ? かわいー
 ヤイカ グッジョブよ グジグジ」
「だしょだしょ」
「くー!今、シドニーじゃなかったら」

シコウはうるさいのがここにいなくて助かったと思っている。
メリエは難病手術の指導を仰ぐためオーストラリアにいる。
姉二人は子供の頃に戻ったようにメイドロボのかわいさについて語っている。

「そろそろ動かしても良いかなぁ!」
「お坊さん呼んだ?」
「呼んでない」
「神主さん呼んだ?」
「呼んでない」
「ちゃんと安定駆動祈願に行かなきゃ駄目よ」
「考えておく」

背中のファスナーを下ろして、親指サイズのブレンユニットを差し込む。
胸につけた宝石のようなステータスランプが赤に変わる。

「シコウ、スタンバイに入ったよ」

104型のシミュレーターを使っているので作動に不安は無いとは言え、予定通りに進んでいることにシコウはほっとする。
安全装置起動後にメンテナンスベッドから水素燃料が注入される。
次に発電ジェネレーターが動き出してパワーチャージが始まる。小型の水素エンジンは直接動かす動力と、モーター用の電力を生み出している。
慣れぬ作動音に驚いたオウサマは飛び上がって、物陰に隠れた。

動作に支障の無いベースチャージまでは5分とかからない。
ステータスランプがオレンジ色にに変わる。これは音声認識を受け付けた状態だ。

「ノルテ 外部認識 作動」

ノルテ105型の大きな目が開いた。
目の開いた実働ノルテをシコウは初めて見た
今までには無い感情が湧き上がってきたが、それを口にすると隣にいる姉にしばらくネタにされることは黙っていた。

「<認識します 手を二回叩いてからノルテと発声してください>」

いかにも音声認識といった口調である。
シコウが手を叩く

「ノルテ」

ノルテ105型がシコウを見る。

「はい シコウ様 確認できました」

声が変わる。これが仕様にある本来のノルテの声だ。
この瞬間に正式に起動したことになる。
アシスタントロボット開発者の考えた起動セレモニーだ。

「はうー ロボ子が生まれる瞬間 たまらん」

ヤイカは動画を撮っている。

オウサマは動き出した165㎝の物体を目を見開いてみている。
シャーと威嚇する。

「はい、オウサマちゃんの初シャーいただきました」


ヤイカが猫の抱く危機感を余所にオウサマの動画を撮っている。
オウサマは逆立てた毛で横ステップしながら、一旦シコウの影に隠れる。
謎の動く物体を見た動物としては当然の反応である。

オウサマはシコウの影からノルテ105型を見る。
ノルテも目でオウサマを追っている。
オウサマもしばらくして、害意は無いと判断したのか近寄って匂いを嗅ぎ始めた

「はじめましてオウサマ」

「おお、ノルテちゃん、オウサマを一発認識した」
「事前にオウサマの画像は読み込ませてあるって 優先順位上位」
「わたしは?」
「知るか 認識はゲスト1 接待カテゴリーはB お客」
「なんで、肉親だからカテゴリーAでしょ」
「やなこった」
「うわ。メイドロボで姉弟の縁切ってるよこいつ
 メリ姉ひどいよー シコウがいじめる」
「お仕置きかしら」
「虐待で訴える 俺じゃ無くてノルテへの虐待容疑で」
「残念ね」

シコウの目つきが一層険しくなった。
笑っていれば好青年のシコウがこの顔になったのは、シコウで遊ぼうとする姉達のせいである。
姉弟間という密室で行われるねちねちといじられる陰惨な行為を忘れたことは無い。
アトム法はロボットへの虐待行為を禁止しているが、ロボットが虐待を学習する行為も禁止している。
ノルテがいる間は邪悪な姉たちはたとえ悪口であっても虐待行為として記録されるので、裁判になれば有罪に持ち込める。
これは思わぬ副利品だとシコウは喜んだ。

「あっ」と叫んでヤイカがノルテを指さしている。
ノルテがオウサマをなでている
オウサマも嫌がらずになでられている。

「何だと…ろくになでさせてくれないオウサマが」

シコウは震えている。

「さすがオスよねー かわいいメイドさんの方が良いよねー」

複雑な心境だが、ノルテの主任務はシコウの相手ではなくオウサマの面倒である。
だが、少し納得がいかない。
だが絵心の無いシコウでも、傾いた日差しの中でノルテになでられている王様の姿は良い風景だと思った。
ざわざわと街路樹の葉が音を立てるのが聞こえた。

シコウは美術館に迷い込んだような子供の目から、技術屋の目に戻る。
ノルテの手は動きはスムーズで対物センサーの異常は見当たらない
圧電センサーの情報を得たノルテは何度もなでる行為を繰り返しているが、カメラアイの視線をオウサマに向けている。

オウサマが人と認識しているのか、早くも動く物体として見ているのかは分からないが敵意の無いファーストコンタクトとしては申し分ない。
カタログスペックがすべて正常に作動している最初はこんなものだろうとシコウは思った。 初期不良が出ていないのは運の強さかもしれない。

「今日はノルテちゃんの誕生日だから、来年お祝いしようね」

ヤイカは今度はスチル写真を撮っている。

来年も再来年も いつまで駆動するだろうか。シコウに不安がやってくる。
理論的にはオウサマが生きている間は問題ない。
ノルテタイプの保証期間は3年だが、ノルテ105型は保証外の中古のメイドロボである。
シコウのメンテナンス次第では稼働状態で20年。動作の無い静物モードなら否応の無い経年劣化が出るまでの100年は大丈夫だろう。
だが自分は次の任地でおしまいかもしれない。
ノルテ105型の最後はいつものようにメンテナンスモードに入ってから復帰しないだけだ。

とりあえず 良いスタートが切れたことを感謝しようとシコウは思った。



スタートセレモニーが終わり、写真を存分に撮ったことに満足したヤイカはさっさと帰ってしまった。
「ご飯は冷蔵庫に5日分いれてあるからー」
「さんきゅー」

シコウの姉二人が両親の元に通って面倒を見ていて、食事の作り置きついでにシコウの分も作っている。
姉二人には手を焼いてはいるが、シコウが研究に没頭できるのは姉たちのおかげなので邪険には扱えない。
屈辱を上手にえぐってくる巧妙ないじめの数々を知らなければ、衣良田姉弟は仲の良い関係に周りからは見えている。

改めてシコウはノルテ105型を眺める。
今存在しているノルテ型は、最後の人型メイドロボといわれた104シリーズの幻となった後継機種である。
104の基幹システムはほぼ流用が出来たが、未知の部分もいくつかある。
プロジェクトリーダーを探し出して聴くことも考えたが、終了した駆体の情報は契約上守秘義務が発生しているであろうとシコウは判断した。
うかつには聞き出せない。

外観は頭の先からつま先まで人間同様である
日本製は未成年のロボットが多いと言われることがあり外観年齢は20歳でデザインされている。
ノルテの顔は微細分子の構造体で出来ている。表情筋がシミュレートされているので表情表現が可能である。
アートドロイドは普段は無表情だが時折笑った顔を作るので人気が高い。
フェイス固定で終始笑顔または無表情の他社とは一線を画している。
顔は定期的に再構成しなければ溶けた顔になってしまう。これはメンテナンスベッドにそのレシピがあるので、盗難に遭っても顔が壊れてしまえば商品価値は無くなってしまうのだ。

腕の上腕にはパワーボックスが付いている。外観を気にして外してしまうオーナーもいるが、パワーボックスのおかげで片腕持ち上げ重量が20キログラムから30キログラムにアップされているので、小学生ぐらいまでなら片腕で持ち上げることが出来る。
オウサマは体重4.5キロなので問題は無い。

股関節は球体可変ギアで出来ているので重いものを持ち上げる低トルクからほぼ走りに近い高速作動まで可能である。 110キロの駆体が転んだら大事故になるので走らせるノルテオーナーはまずいない。
ポーズのプロが監修した重量制御がアートドロイドの神髄とも言えて、ハイヒールを履かせても美しく立つ姿勢技術はノルテシリーズにしかない無二の技術である。

一般的にはメイドロボと雑に呼ばれるだけあって用途も
家のメンテナンス、オーナーの補佐を行うハウスメイドプロトコルと
観賞用に特化したパーラーメイドプロトコルの2種類があって対応が変わるため切り替える必要がある。
シコウのノルテ105型はハウスメイド仕様の設定だが、パーラーメイドのようなコスチュームを着せられてしまったので、家にいると終日コスプレイヤーがフルセットでいるようで違和感がある。

シコウはノルテ105型に初仕事を命じた。

「ノルテ、オウサマの餌やり カリッとマグロイン 金の缶」

オウサマにも今日は特別な日だと記憶してもらうために特別高い一缶を指定した。
明日からいつものカリカリフードなので不満を持つかもしれないが、それは諦めてもらうとしよう。

ノルテは駆動音とともに立ち上がった。
室内履きのキュッキュという音とともに広いリビングからキッチンへ向かう。
制御技術に興味ない人間には普通の行動だが、ノルテはカメラと各種センサーで間取りを把握して「キッチン」と呼ばれる場所に移動している。

(さて、猫缶はウォールキャビネットの上に置いてある)シコウは観察している。
戸棚を開けて確認するにしてもどこから開けるか。
キャビネットの上は165センチのノルテには高い。

「シコウ様 カリッとマグロイン 金の缶の場所はどこですか?」

開ける前に聴いてきた。正しい判断だとシコウは思った。

「教えない 自分で探す」

意地悪のようだがこれは学習である。シコウがいない時にどう対応できるかなのだ。片っ端から開けるならどこからいくかだ。

「シコウ様 オウサマをお呼びしても良いですか」

行動はせずにオウサマを呼ぶ?意外な問いにシコウは驚いたが許可をする。

「オウサマ オウサマ」

サンプリングしたシコウの声でオウサマを呼ぶ。 
口の形と歯、舌、声帯から発声するノルテの声とは違い 声帯をスピーカーにして直接発生される自分の声がシコウには不気味であった。
キッチンからの呼びかけに軽快にオウサマがやってきたが、何も準備されずがっかりした表情である。
(オウサマのカリカリはアンダーキャビネットにあるので、オウサマの動きから金缶を探し出すのは無理だ)そう思いシコウが観察しているとノルテは両手で胸元まで抱え上げた。

生体に直接触るのはロボットの禁忌である。
ただし介護目的の場合はこのリミッターは外される。
背中から抱え上げスムーズな動作で左手をオウサマの脚の下にさしだし左手で胸を圧迫しない程度に抑える。
(これが、基本動作に入っているのか)完璧な猫の抱き方にシコウはノルテシリーズの底知れ無さを感じた。

極端なビビりで手を焼かせてきたオウサマが素直に抱かれていることにも驚いた。
姉の弁では無いが、王様にメイドは自然な組みあわせなのか。

シコウが理不尽な遺伝子学を考察しているとオウサマの眼がキャビネットの上の棚を捉えて放さない。
(さすがだオウサマ、獲物の選別は出来ている 機会を狙っていたのだな 可能であれば飛び上がって狙ってくるだろう 油断ならぬ それよりも……)
シコウが試作してる間にノルテは猫の頭の向きから目的のものを特定した。
ノルテはオウサマを降ろして背伸びして戸を開ける。
瞬間つま先立ちになるがバランスの危うさは見られない。
中にはカリッとマグロイン 金の缶がある。

むやみに戸を開けることは中から何が飛び出すかは分からない。危険を回避した上に連係プレーで目的物を見つけ出したノルテの初仕事にシコウは感心する。
自律制御のコントロールはプログラミングの腕の見せ場だが、この一連の行動の半分は想定していない。
金缶をパカんと開け皿に盛る。缶を床に置くよりは良い。
唯一瑕疵(かし)があるとすれば人間用の皿に盛ったことだろう。これは後学習でどうにかなる。

我慢しきれずオウサマがキッチンテーブルに飛び乗る

「こらっ!」

シコウがテーブルから床に降ろす。
猫を叱る行動は作動禁忌に抵触する。
これは人間の役目だが警告にすればノルテに叱らせることも出来る。

メイドロボを思ったように動かすのはなかなかに面倒だとシコウは思った。
これが人間なら複数の命令で全部こなしてくれるので、学習コードを書き直す必要は無い。

オウサマが勢い早く餌を平らげてしまうのを見てシコウはどっと疲れてしまった。
シコウも腹が減ってきた。ロボット法で刃物をもてないが、温めとお湯を沸かす盛り付けすることまでは出来る。
人間相手のキッチンワークも試してみようかと思ったが、冷蔵庫にある何も書いていないかつ自分も知らないタッパーを指定し温め直しさせる指定行程にうんざりした。

「ノルテ ご苦労様 ベッドにお帰り」
「はい、シコウ様 おやすみなさい」

ノルテはメンテナンスベッドに戻った。

シコウはどっと疲れてしまい、かろうじて自分で沸かした湯でカップ麺を食べ、その日はすぐに寝ることにした。
オウサマも動かなくなったノルテには興味が無いようで、おきまりのベッドで丸くなるのであった。
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