無念

文字数 1,585文字

火曜日
私の勤務先は火曜日が定休日なので毎週火曜日は大体休みだ。平日が休みでも競馬メインに過ごす事が多い。この日も例外ではなく···
「お父さん今日は休みなんやしたまにはお父さんに保育所送ってもらう?」
「いや!お母さんがいいの!」
私が休みの日は絶対といっていいほど行われる妻と娘のやり取りだ。娘はどうしても朝はお母さんと一緒に保育所に行きたいらしい。この頑固な性格、誰に似たのか。結局今日も妻が娘を保育所へ送っていく。妻はその足で実家に向かい家業である農業の手伝いをする。今はレタスの収穫が忙しい時期だ。
そうこうしていると次は私の母も仕事のために家を出ていき、私1人になる。
まずは録画していた週末の競馬番組をコーヒー片手に観る。
その後は晩ご飯の買い出しにスーパーへ。休みの日の晩ご飯は私が作る事になっている。
買い物が終わる頃には昼前くらい。スーパーの敷地内のテナントに入っている、競馬好きの店主が経営している弁当屋、その名も「大穴次郎」でお昼ご飯の弁当を買う。この日も店主は先週の弥生賞の3連複を9番人気の馬を軸に買って、その馬が3着にきたのに1番人気の馬を相手に買っておらず外してしまったと悔しそうに話していた。弁当屋の名前にも納得がいく。
帰宅後はそのお弁当を食べる。今日はエビチリ弁当。エビチリはもちろん美味しいが、エビチリの隣にあるカレー粉をまぶした竹輪がたまらなく美味い。
昼飯後はちょっと時間があるので競馬ゲーム「ウイニングポスト」で遊ぶ。そして晩ご飯の準備、犬に餌をあげてからの散歩。ここで大体15時過ぎ。そろそろ娘を迎えに保育所へ行く。
「えー、お母さんはー?」
私が迎えに来たことに対し明らかに不服そうで隣にいた先生も苦笑い。
「もうすぐ帰ってくるからお家で待ってよう」
適当にあしらい帰宅する。帰ってきたら娘のリュックサックから弁当箱を出して洗う。
「ただいまー」
「あっ、お母さんや!」
娘が玄関へ走る。
「お母さんおかえりー!」
「あーんただいまー」
熱い抱擁···私と全然対応が違う。まだ4歳だぞ。思春期がきたら私はどんな扱いを受けるのだろうか。先が思いやられる。
妻が帰ってきたのでちょっと一息ついて何気なくスマホで広尾のホームページを開く。するとロディニアの情報更新されている。
(今日は火曜日やぞ···)
トレセンに入厩中の馬は木曜日に情報更新されるのだが··嫌な予感をしつつ読んでみる。

"先週末になって右前肢に腫脹が認められたことから念のため検査を行ったところ、右前浅屈腱炎との診断が下りました。なおこれを受けまして、調教師と今後の方向性について慎重に協議を進めていくことになりましたので、取り急ぎご報告いたします。"

ウソだろ···まだ一度も走ってないのに。よりによってロディニアが。
更新情報の続きを集中して読む事が出来なかったが、どうやら重度の屈腱炎のようだ。
とりあえずこのページをスクリーンショットし、真平にLINEを送る。
「まじか!俺たちのロディニアが···」
普段は短文で2〜3回立て続けに送ってくる真平もこのニュースには言葉が続かないようだ。
放心状態で家を見渡すと娘はおもちゃで遊んでいる。妻はそれを微笑ましく眺めている。平和な時間が流れているのに衝撃的。なんだかよく分からない感覚だった。
2日後、ロディニアの引退が正式に発表された。
「代わりを探すか!矢作厩舎のアメリカンファラオ産駒気になるなぁ」
真平はもう切り替えて新たな馬を探してる。私も次回の募集で複数頭出資するつもりだ。悲しい出来事もあるがそれ以上の喜びを味わえるのが一口馬主だ。申し合わせた訳ではないが2人共また新たな馬に夢を託す。
大逃げでターフを沸かせた個性派パンサラッサ。その弟ロディニアは表舞台に1度も立つ事なくひっそりと引退。しかしこの馬に夢を託した一口馬主には忘れる事の出来ない1頭だ。

終わり
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